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第三十一夜 おっちゃんと漂流物

 第三十一夜 おっちゃんと漂流物

 

 翌日、おっちゃんは冒険者の装備を扱う店で安い装備を新調した。新しい装備として、薄手の革鎧を買い、上から白いシャツを着る。その上から、冒険者用の茶の革ベストを羽織った。ズボンは好きな色の青がよかったがなかったので、紫の厚手のズボンを買った。

 バック・パックと一般的な品を買って宿屋に一週間分の前金を払う。金貨は消えてなくなった。


 クロリスに勧められた海岸に行く前に魚市場に寄って、浅蜊の値段を調べる。

(売値が一㎏で銅貨五十枚。買い取ってもらおうとすると半値。四㎏とって銀貨一枚か。生活費が一日につき銀貨二枚だから、八㎏は採らないと生活できんな。浅蜊を八㎏も採取するって大変やぞ。となると、『岩唐辛子』がやっぱり儲かるな)


 さて、どうやって金を稼ごうか、と思案して浜辺を歩いた。

 浜辺では子供たちが浅蜊を取っていた。人がいる場所は避けた。そうして人がいない場所まで来ると街からかなり離れた場所に来た。


 試しに、砂を少し掘ってみる。すぐに大振りの浅蜊が顔を出す。

「ここらへんなら大量やけど、街まで帰るまで大変やな。それに、浅蜊がどれほど()つかわからん。死んでしまったら最悪ゴミを持って街に帰る事態になる。魚を採ればもっと金になると思うけど、おそらく漁業権の問題は必ずあるしな」


「さて、どうしたものかと」と思案していた。遠くに何かが流れ着いているのを見つけた。

「なんか、まさか、あれが噂の龍涎香か」


 周りに誰もいないのを確認する。急いで走り寄った。砂地で走りづらいが、文句は言っていられない。

(先に拾われたら、そいつの物になる)


 結論からいえば早合点だった。漂流物は大きな樽だった。

「なんや、樽か。走って損したわ」


 樽の表面にあった焼き印には『クール・エール』とあった。『火龍山大迷宮』は暑い。普通に動けば、一時間も経たない内に人間はへばってしまう。


 暑さから逃れる方法は、いくつかある。『放熱』の魔法、『耐暑の実』、『クール・エール』である。

『放熱』の魔法は一番に効果がある。火山地帯でも『放熱』の魔法を掛ければ寒いくらいに熱を奪う。だが、『放熱』の習得は『浮遊』の魔法と同じくらい難しい。効果範囲も一人で持続時間も二時間なので、冒険者には人気がなかった。


『耐暑の実』は効果時間が十二時間あり、保存も利く。だが、金貨二枚と高い。『耐暑の実』は『火龍山』の全域に自生している。自生箇所には危険モンスターも多く採取は困難であった。


『クール・エール』は飲むと暑さに強くなれる。効果は一時間と短いが、一ℓで銀貨一枚と安い。マサルカンドの冒険者は水筒に水やワインを入れる代わりに、『クール・エール』を入れておくのが一般的だった。


「『クール・エール』か。これ中身がちゃんと入っていても銀貨百六十二枚にしかならんな。漂流物やから、期待ができんけど」


 おっちゃんが期待せずに樽に手を掛けた。樽には重みがあった。感触から液体ではないと悟った。

「なんや」と思って、剣を使って蓋を開ける。中には人が入っていた。中の人間は水夫の格好をした三十歳くらいの男性だった。


 おっちゃんが男性を樽から引き出す。男性が「水」と呻いた。


「おい、しっかりせいや」

 おっちゃんは男の口にエールを含ませると男は目を覚ました。


 男はおっちゃんから水筒をひったくる。よほど喉が渇いていたのか、一気に中のエールを飲み干した。


 男は「はあはあ」と息をする。男はおっちゃんを見ると「何か食い物はないか」と訊いて来た。


「あるで」おっちゃんはバック・パックからパンと干し果物を取り出す。


 男は貪るように食った。喰い終わると男は笑い声を上げて「生きているぞー」と叫んだ。 

 男はひとしきり笑うと起き上がった。


「いや、すまなかった。つい生きているのが嬉しくてな。俺の名はポンズ。しがない船乗りだ」

「わいは、おっちゃん、どこにでもおるような、しがない、しょぼくれ冒険者や」


 ポンズはおっちゃんを抱きしめて感謝した。

「おっちゃんか、ありがとう。おっちゃんは命の恩人だな。今は手持ちがないが、この借りはいつか返すよ」


 ポンズがおっちゃんの財布を()ろうとしているのを知った。すぐに引き離す。ポンズの盗みに気付かないふりをして申し出る。


「いいってことよ。それと、金に困っているんか。少しなら貸すで」

 ポンズが驚いた顔で反応した。


「いいのかよ。こんな見ず知らずの人間に」


「ええって、困った時はお互い様や」

 おっちゃんはポンズに後ろ暗い臭いを嗅ぎ取っていた。


(面倒な事態になる前に別れたほうがええな)

「これ、とっとき」と銀貨二十枚を渡す。


 ポンズは手の中の銀貨を見つめてから、済まなさそうな顔をする。

「命を助けてもらって、金まで貸してもらえるとは恩に着る」


 ポンズは立ち上がると、街とは逆方向に向かって歩き出した。

「街は逆やで」と声を掛けるとポンズは軽く手を上げて「またな」とだけ答えた。


(街には入れん人間か。お尋ね者か、訳あり者やな)


 ポンズが立ち去った後に樽を調べるが、目ぼしい物はなにもなかった。

「浅蜊を採る気分でもないし、昼飯も飲み物もなくなったから、帰るとするか」


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