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第二十八夜 おっちゃんと祖龍戦(後編)

 祖龍が来る。逃げなければ殺される。だが、逃げれば、もうダンジョン中枢を守る存在はいない。おっちゃんがサバルカンド迷宮の最終防衛ラインのモンスターになっていた。


 今なら、ザサンのように『瞬間移動』で逃げられる。おっちゃんは逃げなかった。


「冒険者も大勢が犠牲になった。モンスターもや。ここで、おっちゃんだけ逃げるわけには、いかん。初志貫徹や。勝ち目はゼロではない、祖龍とて冒険者と戦い、強いモンスターと戦い、消耗しているはずや」


 願望でしかない状況は理解している。だが、願望に縋る決断をした。


 おっちゃんが祖龍に攻撃できるとしても、出会いがしらの不意を突いた一撃が限界。


 祖龍の反撃に遭えば、どんな攻撃であれ、おっちゃんは一撃で即死する。

「一撃で祖龍を倒すしかない」


 おっちゃんは剣を抜いた。おっちゃんの剣は、長さ百十㎝。先端に行くほど細くなる突き用の剣だった。(ちまた)でクランベリー・エストックと呼ばれるものだ。


 クランベリーは街の名前で。クランベリーで作られるエストックは品質が良い。クランベリー・エストックは突きを得意とする、中級冒険者によく愛用されている武器だ。


 言い換えれば、上級冒険者を満足させる威力がない、弱い武器ともいえる。普通なら祖龍に傷一つ付けられない。だが、おっちゃんには祖龍に通じるかもしれない技が存在した。


 ダンジョン流剣術『金剛穿破』


 ダンジョンに住むモンスターにも、剣術を使うモンスターはいる。狂王の城と呼ばれるダンジョンにいた時に、おっちゃんは十年ほど、剣術を習った。ダンジョンで使う剣術はダンジョン流剣術と呼ばれていた。


 おっちゃんが伝授された技の中に『金剛穿破』は存在する。『金剛穿破』は決まれば鉄の剣で金剛石ダイヤモンドに穴を空ける威力がある。甲冑に身を包んだ。冒険者でも、決まれば一突きに殺せる。


 言うは簡単だが、実行は難しい。きちんと技が決まった過去など、両手で数えるくらいしかない。トロルになれるようになってからは、トロルの豪腕で殴ったほうが成績がよかった。なので、剣術はほとんど使っていなかった。


 おっちゃんは祈る気持ちで、剣を両手で握った。

「お師匠さん、今だけでいいです。どうか、力を貸してください」


 パネルを確認する。⑯の部隊が消えた。これで、サバルカンドを守る存在は、おっちゃんだけになった。


 剣を構えて。祖龍を待ち構えた。遠くから何か大きな生き物が足を引きずる音がした。


 少しだけ、希望が見えた。

(やはり、祖龍は傷ついている。おそらく、ダンジョン中枢を目指している行動も、ダンジョン中枢から魔力を吸収するためや。ひょっとしたら、行けるもしれない)


 いつでも、『金剛穿破』を打てる状態で待つ。

 段々と音が大きくなる。気配を消す。リラックスを心懸ける。それでいて、細心の注意を巡らす。


(チャンスは、一度きり)


 部屋の入口から、祖龍の真っ白な顔が姿を現した。祖龍の顔は、二m。真っ白な髪はあるが、髭はない。ぎょろりと光る黒い目。突き出た口から白い牙が覗いていた。


 祖龍は、気配を消して待ち構えていたおっちゃんに気付かなかった。


 おっちゃんは強く踏み込む。龍の眉間に目掛けて『金剛穿破』を打ち込む。手答えがあった。


 金属が折れる音がする。おっちゃんの剣が祖龍の眉間に刺さって、折れた。

「あかん、かったか」


 祖龍が目に怒りの色を浮かべた。祖龍の口に光が見えた。必殺のドラゴン・ブレス。

 祖龍クラスのドラゴン・ブレスなら、消し炭すら残らない。「やられる」と、おっちゃんは思った。


 剣の刺さった祖龍の眉間にヒビが入った。ヒビが祖龍の顔全体に広がった。祖龍の顔が爆発した。

 ドラゴン・ブレスが暴発した。傷付いた祖龍の体では祖龍自身のドラゴン・ブレスに耐えられなかった。


 おっちゃんは、祖龍の肉片と血を浴びた。暴発の衝撃で部屋の中央まで吹き飛ばされた。暴発の威力が強過ぎた。


 おっちゃんは意識を失いそうになった。

(あかん。体が動かん。これ、まずいかもしれん)


 ぼやける視界の中、祖龍の血肉が光に変わっていく。返り血を浴びた。おっちゃんの体からも光が立ち上る。


「綺麗やな」と正直に感じた。体がぽかぽかと暖かくなる。


「やったで、アリサはん、サバルカンドは守ったで」


 おっちゃんの意識が途切れた。その後は、夢の中の心境だった。

 ぼやっとした意識の中で誰かが、おっちゃんを背負う。


「誰や?」と小さく声を掛けた。


「おっちゃんには以前、村で世話になったからな。冒険者ギルドまで運んでやるよ」


「おおきに」


 おっちゃんを背負った背中は人間のものではなかった。獣の臭いがした。

 だが、人型モンスターはダンジョンには、もういないはず。誰やろう、とぼんやりした頭で考えた。が、すぐに、意識は再び途切れた。


 気が付くと、冒険者ギルドにある自分の部屋だった。体の調子は悪くなかった。


 一階に下りる。全員がおっちゃんの姿を見て、ひそひそと話をする。

(なんか、感じ悪いな)


「ちょっと、いい」とアリサが複雑な顔をして寄ってくる。

 アリサと一緒に密談用の個室スペースに移動する。アリサが困った顔で躊躇(ためら)いがちに聞いてきた。


「おっちゃんが、祖龍を倒したって本当?」


「おっちゃん一人の力ではないよ。皆で力を合わせて、倒したんよ」


 パンドラ・ボックスの働きが大きかったが、伏せておく。

「あのね、おっちゃん、気を悪くしないで聞いて。実は、祖龍は本当にいたのか、話題になっているの」


 人は、何かしらの証拠の品を欲しがる。祖龍は全て光になって消えた――では。納得しない。


「冒険者で帰ってきた人間は、おっちゃんと、おっちゃんを運んできた『蒼天の槍』のアベルさんだけ。アベルさんは、おっちゃんが祖龍を倒したと言い残して、どこかに行ってしまった」


「なるほど、おっちゃんしか祖龍に遭った人間がおらんくなった訳や」


 祖龍がいなかったとなっても、おっちゃんは困らない。

 別に手柄が欲しかったわけではない。ただ、街を救うため成り行きで、祖龍と戦っただけ。


「おっちゃんの働きに関しては、好きに言わせておけばええ。ただ、祖龍と戦って散っていった冒険者がいた事実は、忘れてはいかんよ。コンラッドさんたちがいなければ、街は救われんかった」


 アリサが表情を曇らせて、躊躇いがちに訊いてきた。

「おっちゃんは本当に、それでいいの? 祖龍を倒して街を救ったとなれば、お城から報奨金が出るかもしれない。有名な冒険者パーティから誘いが来るかもしれないわよ」


「ええねん。おっちゃんは、胡椒やダンジョン・ウィスプを採取するしかないしょぼくれた中年冒険者でええ。そういうわけで、飯を喰ってくる」


 おっちゃんは個室スペースを出て、ビーフ・シチューを注文する。


 その後、他の冒険者から祖龍の討伐について、あれこれ聞かれた。

 おっちゃんは「祖龍は確かにいた」「倒すと光になって消えた」「最後の一撃だけおっちゃんが入れた」「他の冒険者の功績が大きかった」と言うだけで、詳しい内容を口にしなかった。


 おっちゃんが余りに祖龍について語らないので、だんだん「おっちゃんが祖龍を倒した業績は嘘ではないか」との噂が立ち始めた。


 おっちゃんは、黙って評判が落ちていく事態を甘んじて受けた。

(ええ感じに、評価が下がっている。しばらく、すれば「嘘吐きのおっちゃん」と呼ばれるやろう。それでいい。業績があやふやになれば、静かな生活に戻れる。そしたら、また虫網を持って、ダンジョン・ウィスプでも採って暮らそう)


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