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第二十五夜 おっちゃんとマスター権限

 冒険者ギルドから一時間を掛けて、アルベルトが住んでいた館の跡地に移動する。

 館の跡地や畑は長期間に亘って放置されていたので、原野と全く変わらなくなっていた。


「ギルド・マスターさん。おられますかー。おっちゃんです。迎えに来ましたー」


 おっちゃんの声だけが原野に響いた。返事はなく、ただ虫の声だけがする。

 一時間ほど粘った。返ってくる音は虫の声だけ。おっちゃんは、草の上に座り込んだ。風が気持ちよかった。


(あと、三日か。『黄金の牙』や『雷鳴の剣』は確かに強い。だが、相手は祖龍や。勝てんやろう。ダンジョンにもモンスターはおるが、蟲型や獣型で、どうにか対処できるとは思えない。八方塞がりや)


「困ったな」と思っていると、強い風が吹いた。視界を向けると風は逆巻き、ザサンが姿を現した。

(ダンジョン・マスター代行のザサンが、何でここにおるん?)


 草叢に隠れて、様子を窺った。

 ザサンが口笛を吹く。口笛が長く原野に響くと、ザサンの前に光る物体が現れた。光る物体から光が消える。


 光の正体は小柄な紫のローブを着て、捩れた金属の杖を持つ、人間だった。


(あれ、うちの冒険者ギルドのギルド・マスターやん。なんで、ザサンと会っているん)


 ザサンが膝を突いて頭を垂れた。

「探しましたよ。ダンジョン・マスター。ダンジョンの一大事です。ダンジョンが暴走を開始しております。私では手に負えません。すぐお戻りください」


(冒険者のギルド・マスターとダンジョン・マスターが同一人物やと)


 おっちゃんは黙って草叢で成り行きも見守った。


 ダンジョン・マスターがしわがれた声で喋る。

「そこに、隠れておるの。出てきなさい」


 ザサンが身構えた。どの格好で出ていくか迷った。

 冒険者のおっちゃんの姿のまま出て行くと、ザサンが険しい顔で、怒鳴った。


「冒険者か、この場を見られたからには生かしてはおけぬ」


「わあ、待ってください。ザサンはん。わしです。おっちゃんですよ」


 ザサンが眉を吊り上げて、怒声を上げる。

「おっちゃんは、トロルだ。人間ではないわ」


「間者として冒険者に入り込め命令した人物は、ザサンはんでしょう。これがおっちゃんの人間バージョンの姿ですねん。化けていますねん」


 ザサンが思い出したように右手で拳を作って左の掌を打つ。

「そういえば、そんな命令していたな。そうだった。つい、うっかり」


「うっかりで、殺されそうなったら、堪りませんよ」


 ザサンがダンジョン・マスターにおっちゃんを紹介する。

「こちらは、おっちゃんです。管理職がダンジョンの暴走により全滅しましたので、新しく雇い入れたモンスターです」


 ダンジョン・マスターは頷く。

「おっちゃんなら、よく知っておる。採用は問題ない」


 ダンジョン・マスターがザサンに向き直った。

「ザサン。ワシはまだ戻れぬ。戻れるようになるまで、まだ六日は掛かる」


 ザサンが険しい顔で、強い口調で意見した。

「なんと、それはダンジョンが保ちませぬぞ」


「うむ。そこでじゃ。おっちゃんよ」


 急に呼ばれたのでビクッとした。


 ダンジョン・マスターは言葉を続ける。

「冒険者と魔物を動員して、祖龍を討伐し、サバルカンドを救うのだ」


 無茶振りだ。できたら、こんなに悩まなかった。

「そんな、無理ですやん。おっちゃんの言葉で冒険者を動かすいうても、限度があります。モンスターかて、ネタ切れです」


 ダンジョン・マスターが杖を軽く振った。おっちゃんの前に一枚の紙が現れた。紙には『委任状』と書いてあった。


 中を読むと、祖龍討伐に関して、冒険者ギルド・マスターの権限の一切を委譲すると書いてあった。


「おっちゃんよ、その委任状で冒険者を動かすのだ」


 ダンジョン・マスターが杖をもう一振りする。おっちゃんの前に、二十㎝四方の箱が現れた。

「それは、パンドラ・ボックスというモンスターじゃ。パンドラ・ボックスは、モンスターを生み出せる。それで、モンスターを生み出して戦うのじゃ」


 パンドラ・ボックスが幼女のような声で喋る。

「私は、パンドラ・ボックス。どんな願いも叶えてあげるよ。本来なら人を喰わせてくれたぶんだけ、働くんよ。でも、今回は特別サービスで願いを叶えてあげる」


(うわ、これ、アルベルトを破滅に追い込んだ箱やん。こいつ、破壊されたんやなかったんか)


 ダンジョン・マスターが威勢よく命令した。

「さあ、おっちゃんよ、冒険者と魔物を使って祖龍を討伐するのじゃ」


 命令を下すと、ダンジョン・マスターは光と共に消えていた。


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