第二十二夜 おっちゃんと善意の裏側(前編)
目が覚めた。おっちゃんが借りている部屋のベッドの上だった。
「やっぱり、あの魔力回復薬は体に良くないな」
水を飲むために下の階に下りた。アリサが心配そうな顔をして駆け寄ってきた。
「大丈夫なの、おっちゃん」
「心配ない。年も考えずに無理したせいや。もう、大丈夫や。それより水を一杯、貰えるか」
アリサがすぐに水を持ってきた。
「すまんな。おっちゃんは、どれくらい寝ていた」
「丸三日よ」
思いの外、魔力回復の薬は体に負担になっていた。
「それは、ちと寝すぎやな。街のほうは、どうなっている」
「加工場のある地区はモンスターの掃討が終わったわ。加工場も稼動し始めているわ。モンスター素材の買い取りと日用品の販売をする商隊の第一陣も、こっちに向かっていると報告を受けているわ」
復興が早すぎる。街の人間からすれば良い話だが、ダンジョン側が困る。
「復興のスピードが、早くないか」
街が元通りになれば、冒険者は金を稼ぐために、ダンジョンに潜り始める。
「『黄金の牙』が帰ってきたからね。さすがは『黄金の牙』だわ。半日と掛からずに、加工場のある地区からモンスターを一匹残らず駆逐したのよ」
(まずい時に、厄介な奴らが戻ってきよった。『黄金の牙』は要注意やで。『黄金の牙』がダンジョンに入ったら、ザサンでは止められん。おっちゃんの仕事は『黄金の牙』をできるだけ、引き留めることや)
「『黄金の牙』に会ったら、頼みたい仕事があると伝えてくれ」
おっちゃんは水を飲むとすぐに、二階の部屋に戻ろうとした。
アリサが心配そうな顔をして、おっちゃんと引き止めた。
「おっちゃん無理しないで。おっちゃんはダンジョンのモンスターを止めたんだもの、休んでいていいのよ」
休んではいられない。このままでは、ダンジョン側の態勢が整う前に冒険者が来る。すぐに、次の手を打たなければ。
「皆が働いておるのに、休んではおられん。それに、モレーヌの安否がちと気に懸るから、見てくる」
おっちゃんは三十食分の食糧を銀貨で買って袋に入れる。食糧の入った袋とダミーの金の首飾りをバック・パックに詰めて冒険者ギルドを出た。
足早にモレーヌが所属する大地の神を祭る教会に急いだ。
商売の神と法の神の教会は旧市街にある。大地の神を祭る教会は新市街にあった。大地の神の教会がある地区では、モンスターの危険性がなくなったせいか、通りに人が出ていた。
街の人は協力して荷車にモンスターの屍骸を乗せて運んでいく。本来なら、モンスターの屍骸なんて触りたくないだろう。だが、モンスターの屍骸を冒険者ギルドに運んでいけば、食糧と交換してくれる。加工場に持っていけば、お金になる。利益は人を動かす。
教会の前には、モンスターの屍骸はなかった。教会は頑丈な石造りだった。多少は壊れているが、建物は無事だった。
「御免ください」と声を掛けて、教会の玄関の扉をそっと開ける。
昼前だが、中には誰もいなかった。
「誰かいませんか」と声を掛けて、不在を確認する。教会の中に入る。
さて、侵入しようとしたところ。背後でドアが開く音がした。
ビクっとして振り返ると、モレーヌがいた。
「なんや、モレーヌはん、おったんか」
モレーヌがほっとした声を出す。
「おっちゃん、無事だったんですね」
「おお、無事よ。声を掛けても、誰も出てこんかったけど、どこか行ってたん」
モレーヌの顔が悲しみに曇った。憂いを帯びた声で、モレーヌは言葉を発した。
「モンスターに襲われた人を埋葬していました。大勢の人が亡くなりました。今、信者の方と一緒に亡くなられた方の埋葬をしています。ですが、まだ埋葬が追い付かない状況です」
おっちゃんはバック・パックから食糧が入った袋を取り出した。
「そうか、大変やな。これ、おっちゃんから、少ないけど差し入れ。信者の方と一緒に食べて」
モレーヌが心底、安堵した表情をした。
「食糧の喜捨は、何よりも助かります」
「どうした、モレーヌ、何か困った問題があるのか」
モレーヌが泣きそうな顔で、苦しそうに語った。
「今回の件で、大勢の人が教会に救いを求めてやってきました。ですが、救わなければいけない人は多い。でも、教会には蓄えがないんです。生き延びた信者の方も、他人に手を差し伸べる余力はありません。私に、もっと力があれば」
「よし、わかった。おっちゃんが一肌脱ごう。前に手に入れた黄金の首飾りがどこにあるか、わかる?」
モレーヌが怪訝そうな顔で確認する。
「でも、あれは呪われている品ですよ」
「おっちゃんが、呪いを解こう、今なら、できる気がするんよ。きっと神様も力を貸してくれる」
モレーヌが鍵を持ってきた。モレーヌに教会内を案内してもらう。半地下へと続く階段を下りた。
階段の先にあった扉をモレーヌが鍵で開けた。おっちゃんは『光』の魔法で空間を照らした。
三畳ほどの空間に、大きく頑丈そうな箱があった。箱を開けると、鈍く光る黄金に光る首飾りがあった。
おっちゃんがバック・パックを背中から下ろす。黄金の首飾りを前にして、モレーヌに指示を出す。
「さあ、目を閉じて、強く神様に祈って。祈りが届けば、呪いは解ける」
モレーヌが目を閉じて祈り出した。
おっちゃんは『解呪』の魔法を掛ける。黄金の首飾りに掛かっていた呪いが、一時的に姿を消す。
「あかん、ダメや。モレーヌさん、もっと強く祈って。恥も外聞もない。助けてくださいって、神様に救いを求めるんや。真摯な祈りはきっと伝わる」
モレーヌが身をぎゅっと縮めて、祈りの言葉を呟く。おっちゃんは、そーっと、バック・パックから、ザサンが作った、ただの金の首飾りを取り出した。箱の中の呪われた金の首飾りとザサンが作ったただの金の首飾りを交換した。
おっちゃんはもう一度、『解呪』を仰々しくかつ大声で唱える。魔法を唱える時に、おっちゃんは、さも苦しく、辛そうな演技をした。最後に「ハアハア」と息をする
「できたで。モレーヌはん。これで、こいつはただの金の首飾りや。もうすぐ、街に商人が来るから、お金に換えたら、ええ」
おっちゃんの声を聞いて、モレーヌが目を開けた。モレーヌは信じられないといった顔で確認する。
「本当ですか」
「司祭様に確認したらいいよ。呪いはない、と仰るはずよ。あと、今回はたまたま上手く行ったけど、奇跡が簡単に起こると思うたら、あかんよ。今回は神様が特別に助けてくれたと思わんとダメよ。ほな、わし、まだ行くところがあるから」
さっさと立ち去ろうとモレーヌに背を向ける。モレーヌが真摯な声で確認する。
「おっちゃん、本当に、これ、貰っていいんですか」
(貰う? やと。ああ、こればれたな。こっそり侵入して交換すればよかったかな)
だが、今さら、交換した品を返そうと思わなかった。
(ここまで来たら、白を切り通すまでや。なるようになれ)
おっちゃんは、首だけ軽く振り返ると、とびっきりの笑顔を繕う努力をした。
「貰う、なんの事や? 首飾りは前からあった。今、呪いが解けて、ただの金の首飾りになった。それだけやで。感謝するなら、神様に感謝しいや」
モレーヌの頬を涙が伝わる。
「ありがとう、おっちゃん」
(あ、この子なんか誤解している。せやけど、チャンスやわ。さっとと立ち去ろう)
「ほな、おっちゃん、行くからな」