第二十一夜 おっちゃんとお城
冒険者ギルドに飛んで帰った。帰る途中に南門を見る。まだ、門は閉まっていた。空から見ると、新市街にはモンスターはいるが、数はかなり少なかった。
冒険者ギルドの周りには、モンスターの影はなかった。冒険者ギルドも、陥落した様子はなかった。
冒険者ギルドの二階の窓から中に戻った。
「ただいま、戻ったで。皆、聞いてくれ、街へのモンスターの流入は、止まった」
おっちゃんの声に冒険者ギルド内でどよめきが起こる。
アリサがすぐに、顔を綻ばせて寄ってきた。
「おっちゃん、無事だったんだね」
「無事も、無事。ぴんぴんしとるよ」
おっちゃんは二階から号令を掛ける。
「今度は、こっちから討って出る番や。街をモンスターから取り戻す。街のモンスターを掃討するで。ハンスはん、おるか?」
「ここだ」とハンスが一階で声を上げた。
「ギルドの建物を防衛する部隊と掃討する部隊の編成を頼む。おっちゃんはお城に行って話を詰めてくる」
ハンスが自信もたっぷりに、胸を叩いて発言した。
「わかった。街を取り戻す準備は任せておけ」
「ほな、ちょっとお城の人間と、話してくるわ」
おっちゃんは空を飛んで、旧市街にあるお城に向かった。
城壁に囲まれた旧市街の中心に、お城はあった。お城の広さは直径二㎞、周囲を幅二十mの空堀と高さ十の壁が囲んでいる。正門の左右に一ずつと、四方に高さ十四mの見張り塔があった。
旧市街を囲む城壁は人がすれ違えるほどの幅がある。お城の城壁は人が乗れないほど薄い。それでも、大型の獣の侵入を阻むくらいの効果はあったのか、城は落ちてはいなかった。
(これ、巨人とか出てきていたらアウトやったな)
おっちゃんは弓矢の届かない位置から、『拡声』の魔法を唱えてから叫んだ。
「冒険者ギルドの使いで来ました。ダンジョンの情報を持っています。攻撃しないでください」
同じメッセージを三度、叫んで、『拡声』の魔法を切った。ゆっくり攻撃をされない状況を確かめながら進む。
矢は飛んでこなかった。お城に近づきながら下を窺う。モンスターの屍骸が空堀を埋めていた。
正門の向こう側に下りた。門の向こう側には兵士が大勢いて槍を向けてきた。攻撃はしてこない。警戒はされていた。
警戒される状況はわかっていたので、驚きはしなかった。
「話のわかる方おられませんか。ちょっと、明るい将来について話をしませんか」
兵士たちが道を空けた。高そうな銀色の甲冑を着て、マントを羽織った、壮年の男性が現れた。
男性の身長は百八十㎝。太ってはおらず、痩せてもおらず、適度に筋肉が付いていた。年齢は四十代くらい、赤みがかった髪をして、口髭を生やしていた。
壮年の男性に挨拶をする。
「わいは、オウルと言います。冒険者の間では、おっちゃんの愛称で呼ばれている、冒険者です。冒険者ギルドを代表して来ました」
男性が険しい顔で「サバルカンドの領主のエドガーだ」と名乗った。
(お城は、お偉いさんがおるんか。しかも陣頭で指揮を執っていたようやね。好感が持てるわー)
「領主さんですか、実は冒険者ギルドで、ダンジョンから溢れてくるモンスターを止めました」
兵士たちが顔を見合わせた。エドガーの眉が跳ねた。
おっちゃんは言葉を続けた。
「冒険者ギルドでは、新市街を奪還するために、これから掃討作戦を開始します。それで、お城の兵隊さんも、城を出て、旧市街の奪還を始めてもらえませんでしょうか」
おっちゃんは、エドガーが提案を受け入れるとは思っていなかった。だが、今後の話を持って行き方もあるので提案した。
エドガーは難しい顔をして、よく通る声で確認してきた。
「ダンジョンから溢れ出る魔物が止まった状況は本当か」
「しっかり、止めました。モンスターはこれ以上ダンジョンから出てこられません。それで、話を先に進めます。新市街を奪還する行為はいいんですが、うちらは冒険者です。報酬が欲しいんですわ」
エドガーの顔が曇り、唸るような声で訊いてきた。
「この、非常時にか、いくらだ」
「そんな構えんくてもよろしいがな。大してお城の懐は痛みません」
おっちゃんは指を一本すっと立てる。
「報酬その一、モンスター素材の所有権です。街に溢れるモンスターの屍骸から剥ぎ取った素材は、剥ぎ取った者の物と認めてください。税金は、もちろんなし。そのほうが、討伐も屍骸の処理も進みます」
おっちゃんは二本目の指を立てる。
「報酬その二、冒険者ギルドに備蓄してある食糧と武器をください。食料があれば新市街で困っている人間の救済に使えます。武器は掃討に必要なので、使用を認めてください」
おっちゃんは、笑顔を作って畳み掛けた。
「どうでっしゃろ、たった、これだけで、新市街が戻ってきます。安い買い物だと思いませんか」
エドガーは難しい顔をしていたが、凛とした声で決断した。
「あい、わかった。その報酬で新市街奪還の依頼を出そう」
おっちゃんは少々意外だった。
(なんや、もっと迷うとか、値切るとかすると思うとったけど、決断は早いな)
おっちゃんは冒険者ギルドに戻った。一階に冒険者を集める。酒場で座っての説明会を開いた。
「お城から、新市街復興の仕事を取ってきたでー。報酬はモンスター素材の所有権。素材は剥ぎ取った者のもんや」
誰かが愚痴った。
「それだけ」
「アホ。街が危ない時に欲を掻いたらあかん。それに、ダンジョンに入っても。金は貰えんやろう。モンスターを倒して、素材を売って稼ぐ。それが冒険者や。ただ、今回はモンスターがいるのが、ダンジョンじゃなくて、街なだけ。稼ぎたければ、ガンガン倒して、じゃんじゃん、剥ぎ取ったらええ」
他の誰かが疑問を投げ掛ける。
「でも、買い取りは、どうする。店が閉まっている状況じゃ、素材が売れないぞ」
「冒険者ギルドで買い取る」
アリサが表情を曇らせて、声を上げた。
「おっちゃん。そんなに大量の素材を買い取る資金は、冒険者ギルドにはないわ」
「そこでや、モンスター素材の、買い取りは、食糧や武器との現物交換や。冒険者ギルドに備蓄されている食料と武器は、冒険者ギルドで使っていいと許可を貰った」
周囲の顔を確認して、不満がない状況を確認してから話を続ける。
「次に、ギルドに素材が溜まったら、隣の街まで売りに行く。品物を仰山持って行って安く売る。安く買えるとわかれば、商機を見た商人のほうから、サバルカンドにやって来る」
冒険者を見回すと、全員が頷いた。
「商人が金を持ってサバルカンドにやって来れば、冒険者ギルドに資金も溜まる。サバルカンドに金があるとわかれば、生活必需品を売りに他の商人も来るやろう。そうなれば、街の復興は早くなる」
冒険者の一人が威勢よく発言する。
「そうとわかれば、さっそくモンスターを狩りに行こうぜ」
「掃討は素材の加工場がある地域からにしてや。加工場が早く使えるようになれば、モンスター素材の付加価値も上がる。職人も仕事ができる。さあ、復興の始まりや」
おっちゃんが立ち上がった。急に立ち眩みがした。そのまま、視界がブラックアウトして、気を失った。