第二夜 おっちゃんと香辛料
迷宮都市サバルカンドはダンジョンの上に立っていた。サバルカンドができて百年くらいと歴史は浅い。
サバルカンドはレガリア王国の南端に位置する自治都市であり、周りが湿地やジャングルに囲まれた都市である。
ジャングルで採れる香辛料が主な特産品だったが、五年前に都市の下にダンジョンが発見されると、出土品を目当てに大勢の人が訪れるようになった。
サバルカンドには城壁で囲まれた旧市街と城壁の外にある新市街に分かれている。冒険者ギルドはサバルカンドの新市街にあった。
冒険者ギルドの建物は直径が百mある木造の大きな丸い二階建ての建物で、宿屋と酒場が併設されていた。酒場はカウンター・テーブル席を合わせて百二十席あり、二階の宿屋スペースには個室が二十室ある。中々大きな施設だった。宿は素泊まりで銀貨一枚(一銀貨は百銅貨)。
サバルカンドの庶民の食費が銅貨二十枚なので宿は中々よい値段がする。もっと安い宿はあるので、ギルド併設の宿屋を使わない冒険者は多かった。
おっちゃんは冒険者ギルドの報告窓口に向かう。窓口の女性に依頼番号を伝えて小さな袋を渡した。
窓口の女性はアリサ。アリサは色白の肌をした、小柄で気立ての良い女性だった。アリサは薄いグリーンの麻のチュニックにクリーム色のチノ・パンを愛用している。
「アリサはん、採取依頼の胡椒を採ってきたで、確認してや」
様々な薬草や香辛料がサバルカンドの南のジャングルで採れた。
おっちゃんはよく知った品物の在り処がわかる『物品感知』の魔法が使えるので、胡椒の群生地を簡単に見つけられた。
ジャングルには毒虫、毒蛇、猛獣がいる。ここ最近はモンスターが出るために、危険な採取作業は冒険者の仕事になってきていた。
アリサが秤で胡椒の重さを量る。
「全部で銀貨八十五枚と銅貨六十二枚になります」
前回とってきた時の倍の量を採取してきたが、買い取り価格が二倍以上になっていた。
「あれ、金額また上がったん。前回は、もっと安かった気がするんよ」
窓口の女性が表情を曇らせて教えてくれた。
「ジャングルが、それだけ危険になってきたんですよ。冒険者の中にもジャングルに入ったきり、帰ってこない人が出始めているんです。あまりにも危険なんで、香辛料の採取を専門にやっていた人も、今では見合わせる人が多いんですよ」
あまりよろしくない状況だ。香辛料の値段が上がれば、危険を冒してジャングルに入る人間が増える。
現状では素人が入れる状況ではなくなってきている。このまま行けば、もっとジャングルで命を落とす人間が増えて犠牲者が話題になるだろう。そうなれば、いつも無事に帰ってくるおっちゃんの存在が目立たないはずがない。
おっちゃんは、うだつのあがらない中年冒険者でなければならない。下手に目立てば、人間の中で暮らす生活ができなくなる。
おっちゃんは、もう一つ厳重に封をしてある二十ℓくらいの皮袋をカウンターに置く。
「あと、これ依頼の香辛料とは違うけど、トリカブトを買い取ってもらえんかな、いっぱい見つけたんよ」
袋を開けてアリサが中身を確認する。
「いいですよ。ただし、価格は安いですよ。トリカブトなら、それだけあっても、銀貨四枚です」
「ええよ、取ってきたの、ついでやし。でも、ジャングルって色々な植物が生えていておもろいな」
「植物だけではないですよ。動物やモンスターも多様です。最近ではジャングルでは見られなかった、トロルを見たなんていう人間もいるんですよ」
(それ、たぶん、おっちゃんやね)
人間には危険に満ちている場所でも、モンスターなら問題ない場所は多い。特に生命力が強いトロルは毒にも病気にも強い。トロルの肌は並の剣を通さないほどに硬い。蛇が噛んでも傷がつかず、蟲に刺されもしない。トロルの肌は蛭もよせつけない。
大蛇や鰐が脅威といっても、襲われる対象が人間サイズだから脅威なのである。身長三mの岩の塊のようなトロルであれば、威嚇された過去はあっても襲われはしなかった。トロルに変身できるから無事に帰ってこられる事実は機密事項だ。
「そうか、バイソンやクロコダイルも怖いけど、トロルも怖いな。気をつけるわ」
適当に話を合わせておく。決して強そうに見える態度は取らない。
(どうしよう、せっかく、楽して、稼げる思うとったのに、これでは迂闊にジャングルに行けへんぞ。胡椒の稼ぎはほんまに美味しかったんやけどな)
おっちゃんは金遣いが下手だった。人間の生活に慣れないせいか、倹約ができない。安い宿を探せばあるのだが、おっちゃんは冒険者ギルド併設の宿屋を使っていた。食事も良い物を飲み食いしている。なので、一日に銀貨二枚は使っていた。
(まあ、いいか、とりあえず、銀貨八十枚あれば、四十日は暮らせる。金がなくなってきたら、考えよう)