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第十五夜 おっちゃんと不吉な予兆 

 おっちゃんは、十日ほど自堕落な生活をして金が少なくなってきたので、再びダンジョンに潜った。


 ダンジョンに入ってダンジョン・ウィスプと遭遇する。次もまた、すぐに見つかった。そのまた次も見つかった。三匹目までなら運がいいと考えたが、四匹目、五匹目もとなると、考えが変わった。


(おかしい。地下一階程度で、ダンジョン・ウィスプがこんなに短時間で、見つかるわけない。これは、ダンジョン・ウィスプが明らかに前回より増えとるで。下の階に行ったら、大変な状況になっているんちゃうんか)


 ダンジョン・ウィスプはダンジョンの魔力に反応して自然生成される。異常発生は、ダンジョンで何かが起きている事態を示す。


 ダンジョン・ウィスプはダンジョンの異常に比較的に影響を受けにくい。ダンジョン・ウィスプに影響が出れば、ダンジョンで既に深刻な何かが起きている可能性も示す。


 おっちゃんは六匹目のダンジョン・ウィスプを捕まえる。


 誰も人間が見ていない状況を確認してから、ダンジョン・ウィスプを口に入れた。

 冒険者たちの間では、ほとんど知られていないが、ダンジョン・ウィスプは喰える。


 おっちゃんの口の中に濃厚な甘みが広がった。おっちゃんは背筋が寒くなった。

「あわわわ、酸っぱいはずのダンジョン・ウィスプが激しく甘なっとる。これ、暴走の前触れやで」


 おっちゃんはダンジョンの暴走に遭遇した過去があった。なので、暴走寸前の予兆を知っていた。


 ダンジョンが暴走すると、どうなるか。異常な数のモンスターが、ダンジョンで生まれる。生まれたモンスターに押し出されるように、次々とモンスターが地上に大量に出てくる。


 サバルカンドは迷宮の出入口が街の中にあるので、町中がモンスターだらけになる。恐ろしさで足が震えてきた。


「地獄絵図や」


 モンスターの異常発生を乗り切っても、問題はあった。モンスターの異常発生が止まらないとダンジョンの魔力は、やがて枯渇(こかつ)する。サバルカンドのダンジョンは魔力によって構造物を支えられている。魔力が枯渇して構造物を支えられなくなったダンジョンは、下へ向かって一気に崩落する。


 上にある街は運が良くて半壊、最悪は街一つが地下に消える。


 おっちゃんは、仕事を切り上げて冒険者ギルドに帰った。

 冒険者ギルドの前で深呼吸をして、気分を落ち着かせて報告窓口に行く。


「アリサはん、ダンジョン・ウィスプを買い取って」


 アリサが数を確認する。

「五匹ですか。銀貨四十五枚ですね。おっちゃん、顔色が悪くないですか」


 愛想笑いで誤魔化す。

「今日は体調が悪いから、早よ引き上げてきたんねん。それと、なんぞ、ダンジョンで異常が起きている報告が入ってないか」


「特にないですよ」とアリサが不思議そうな顔をする。


「そうか」と短く口にして、報酬を受け取ると部屋に戻った。


「どないしよう。誰もダンジョンの暴走の前触れに気づいとらん。深層階に行った冒険者なら何かに気づいているかもしれんけど、情報は冒険者ギルドまで上がってきとらんで」


 ダンジョン・ウィスプの味は、暴走は今日にも始まりそうなほど甘かった。


 おっちゃんは荷物を纏めに掛かった。

「あかん。ここにいたら、溢れ出たモンスターに殺される。乗り切っても、崩落に巻き込まれたら助からん。今日中にサバルカンドを出な、死んでしまう」


 荷物を纏めていると、冒険者になってから知り合った人間の顔が浮かんできた。

 おっちゃんは頭を振って、考を追い出す。


「いかん、いかん、ダンジョンの暴走なんて話を喋ったところで誰にも理解してもらえん。どう足掻(あが)いたって、誰も助けられへんねん。ここは、一人で街を去るのが正しいんや」


 おっちゃんの荷造りの手が止まった。


「そやけど――」


 最後は言葉にならなかった。


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