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第十四夜 おっちゃんとダンジョン・ウィスプ

 胡椒の採取で生計を立てていたおっちゃんだが、胡椒の採取を自粛(じしゅく)すると決めた。

「胡椒の採取は止める。でも、生きていれば、金は掛かる。別の飯の種が要るな。やっぱり、ダンジョンに行くしかないんかな」


 前職がトロル・メイジだっただけに、モンスターと戦う仕事には抵抗があった。ダンジョンには入りたくなかった。

 だが、ダンジョンでしか働いた経験がないおっちゃんに、まっとうな人間の仕事は無理だった。


 モンスターと戦いたくはないので、ダンジョンでの採取依頼を探す。ダンジョン・ウィスプの採取依頼に目が止まった。


(なに、人間の世界って、ダンジョン・ウィスプが売れるの。あんなの、どこにでもおるで。それが銀貨になるとはねえ。世界が変われば、価値観も変わる言う状況もあるねんな)


 ダンジョン・ウィスプとは、空を飛ぶ直径五㎝ほどのぼんやりと青白く光る玉で、ダンジョンの至る所に出没する。群れになると危険だが、単体では無害の存在だった。


 ダンジョンで暮らしていたおっちゃんには、ダンジョン・ウィスプはありふれた存在であり、揚羽蝶(あげはちょう)のような存在。揚羽蝶が銀貨に化けるのだから、ちょっとした、カルチャー・ショックだった。


 詳しい内容を訊くために、依頼窓口のアリサに話し掛ける。

「アリサはん。ダンジョン・ウィスプの採取をやりたいんだけど。これって常時、買い取って貰えるの」


 アリサがニコニコした顔で、元気よく教えてくれた。

「ダンジョン・ウィスプは魔法薬や魔道具を作る材料になるので、常に需要があります。ダンジョン・ウィスプの採取には、魔法の掛かった虫網と専用容器が必要ですよ。道具は貸し出しています」

「ちなみに、借りると、おいくら」


「虫網と容器をセットでレンタル費用は金貨二枚。掛かっている魔法の持続時間は十二時間なので。十二時間以内に帰ってきてください」


「ほー、なかなか、いい値段するんやな」


 冒険者パーティで、ダンジョン・ウィスプの採取依頼を受けたとする。黒字にするためには、数が必要になる。ダンジョン・ウィスプはサバルカンドのダンジョンには必ずいる。だが、低層階では、ダンジョン・ウィスプは群れをなさない。


 深層階まで降りれば、群れを成している状況はあるが、深層階まで降りられる冒険者なら、モンスターと戦ったほうが遙かに儲かる。


(これ、一般的な冒険者には不人気な仕事やな。裏を返せばライバルがおらん仕事や)


 おっちゃんは基本的に、独りで活動する。虫網に掛ける魔法も容器に掛ける魔法も、自前で使えた。初期費用を抑えられ、少ない数で利益を出せる。おっちゃんにはダンジョン・ウィスプの採取はおあつらえ向きな仕事に見えた。


 冒険者ギルドから魔法の掛かっていない虫網と三ℓの透明な専用容器を銀貨五枚で購入する。ダンジョンに行くので、いつも着ている革鎧を着て、腰に剣を提げて、準備を整えて、ダンジョンに向かった。


 旧市街にあるダンジョンは新市街がある冒険者ギルドから歩いて三十分の場所にある。道順は大きな道、通称・ダンジョン通りを真っ直ぐ進むので、迷う状況にはならない。ダンジョンの入口の二百m手前まで、商店が出ている、ダンジョンの入口付近は(さび)れた場所ではなかった。


 ダンジョンの入口は高さ四m、幅八mの大きな長方形の石造り。地下壕への入口のようになっていた。


 近くには衛兵の詰め所があり、常時四人か五人が詰めているが、基本的には何もしない。


 ダンジョンの入口を潜る。天井までの高さは四m、道幅は八mの石畳でできた通路が、おっちゃんの目の前に続いていた。


 中は暗いので『暗視』の魔法を使う。次に、虫網と透明な専用容器に魔法を掛ける。魔法の掛かった虫網を片手に、ダンジョンの地下一階を、おっちゃんは徘徊する。


 ダンジョン・ウィスプが空を飛ぶ現場に遭遇した。おっちゃんは魔力の篭った虫網を優しく振って、ダンジョン・ウィスプを捕まえる。腰に下げた透明な専用容器にダンジョン・ウィスプを収容する。


「簡単な作業やね。この調子で、さくさく行こうか」


 作業の途中で五回ほど、大きな蟲型モンスターや蝙蝠(こうもり)に遭ったが、初歩的な魔法で遠距離から撃退できた。


 四時間後、透明な容器に十二匹のダンジョン・ウィスプが入っていた。

「とりあえず、こんな物でええか」


 ダンジョンから出て、冒険者ギルドの報告窓口に向かった。


 報告窓口のカウンターでアリサに報告する。

「依頼のあったダンジョン・ウィスプを捕ってきたで、換金してや」


 腰に提げた透明な容器の中をアリサが確認する。

「全部で十二匹ですね。金貨一枚と銀貨八枚になります」


(四時間で銀貨百八枚。時給に換算すると、銀貨二十八枚か。胡椒より、こっちのほうがええね)


 酒場で温かい食事を摂りながら、独り北叟笑(ほくそえ)む。


(地下一階なら、モンスターも強くない。知り合いと遭う状況もない。虫網を持って一時間ほど歩き回るだけで、十日以上も暮らせるなんて、ええ仕事を見つけたな)


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