第十三夜 おっちゃんと凄腕冒険者
二階から下りて行くとアリサが声を掛けてきた。
「あれ、おっちゃん、もう帰ってきたんですか」
おっちゃんは見てもいない内容を臨場感たっぷりに話した。
「館やけど。もう、むっちゃ恐ろしいところやった。地下にダンジョンがあってな、恐ろしい化け物が仰山いてるねん。おっちゃん怖なって、ほうほうの体で逃げ帰ってきたんや。いやあ、思い出しただけで震えてくる」
アリサが深刻な顔をした。
「そんなに酷いところだったんですか。だとしたら、対策を立てないと」
「あかんって、そんな悠長な話やない。今すぐどうにかせんといかん。なので、おっちゃんが、もう依頼を出すわ。指名依頼で、『雷鳴の剣』か『黄金の牙』に、お願いするわ」
『雷鳴の剣』と『黄金の牙』はサバルカンドで一、二を争う冒険者だった。その実力は倍の数のグレーター・デーモンをものともしないといわれる凄腕だった。もし、『雷鳴の剣』や『黄金の牙』に倒せないモンスターがいたのなら、サバルカンドでは対処できない事態になる。
アリサが困惑した顔をする。
「『雷鳴の剣』か『黄金の牙』ですか、依頼するなら、金貨三十枚が最低ラインですけど」
「おっちゃんが金貨二十八枚を出す。残り金貨二枚はギルドで負担して。どうせ、おっちゃんが失敗したら、報酬を積んで冒険者に依頼を出す話やったんやろう。今なら、たった金貨二枚の持ち出しで、確実に事件解決やで」
おっちゃんが大金を出す理由は三つあった。
一つ、おっちゃんの指名依頼を失敗の扱いにして評判を下げる。
一つ、有名な冒険者の活躍劇を作り、胡椒で大儲けしたおっちゃんの話を掻き消す。
一つ、アルベルトに煮え湯を飲ませる娯楽が楽しい。
好条件が出ているが、アリサは難しい顔をして「うん」と口にしなかった。
「引き受けるが良い」
振り返ると、冒険者ギルドのギルド・マスターが立っていた。
アリサが困惑した顔で確認する。
「いいんですか。ギルド・マスター」
「『黄金の牙』が帰ってきておる。ワシの名前で指名依頼を出すのじゃ」
ギルド・マスターは命令を下すと、カウンターの奥に消えていった。
(やったで、ギルド・マスターの指名依頼なら、断らんやろう。最強の冒険者ゲットや)
「ほな、わし、『黄金の牙』が移動する馬車を用意してくるか、依頼の手配、よろしくね」
アリサが表情を曇らせて申し出る。
「でも。おっちゃん、いいの? せっかく稼いだ大金なのに」
「ええねん、ええねん。おっちゃんは、できない仕事はしない主義や。『黄金の牙』なら、まだ生きているかもしれん冒険者を救えるやろう。なら、ここが金の使いどきや」
おっちゃんが馬車を用意してくると『黄金の牙』のメンバーが揃っていた。
『黄金の牙』は六人パーティ。全員が強力な魔力の武器と防具で武装していた。おっちゃんの『魔力感知』の持続時間は続いている。おっちゃんには『黄金の牙』が放つ装備品の魔力の光が強すぎて、まともに『黄金の牙』の姿を見られなかった。あまりの眩しさに目を逸らした。
(どんだけ凄い装備を持っているねん。これ、半端やないぞ。こんなん、ダンジョンで出会ったら、おっちゃんなんか、いちころや)
眩い光から目を守りつつ、リーダーのコンラッドに金の鍵を渡した。
「この鍵で、屋敷の地下にあるダンジョンに入れます。中には逃げられんかった冒険者もいるかもしれないので、見つけたら救助をお願いします。迷宮の奥に箱があったら壊してください。箱を壊したら、館は元に戻ると思います」
ひときわ眩しい光を放つリーダーのコンラッドが「わかった」と真摯な顔で鍵を受け取った。
おっちゃんは『黄金の牙』のメンバーから顔を背けて馬車を走らせる。
操縦する馬車が洋館に着いた。
洋館に光の一団が入っていく。ちょっと神秘的な光景だった。
「間違いないと思うけど、どうなるんやろう」
『黄金の牙』が館に入って五分後、地面が揺れた。
「なんや、地震か」
三度目の揺れが来た時に悟った。揺れは地震ではない。『黄金の牙』が戦っている余波だと感じた。
四度目の揺れは大きかった。馬が怯えた。
どうにか馬を制御すると、洋館が爆破解体されるように瓦礫へと戻った。
「戦うだけで大地が震え、建物が倒壊する。これが、『黄金の牙』の実力か」
建物が瓦礫に変わったが、誰も出てこなかった。やむなく、冒険者ギルドへ戻った。
アリサが明るい顔で親しげに話し掛けてくる。
「お帰りなさい、おっちゃん。『黄金の牙』の方なら、行方不明の人を回収して、もう帰ってきましたよ」
「先に帰ってきたん。どこで休んでいるん」
酒場に姿を探すが『黄金の牙』らしき冒険者の姿はなかった。
「肩慣らしは終わったと言って、ダンジョンに潜りに行きました」
(はは、もう、少し、下のランクの奴でよかったんかな。アルベルトは悔しがる暇もなかったやろう)