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第十二夜 おっちゃんと不思議の館

 簡素な革鎧に剣が一本。バック・パックには五食分の保存食とロープを入れる。腰に水筒を提げて宿を出る。


 恐怖の館に挑戦するには軽装だが、おっちゃんは館の謎を解明する気は毛頭なかった。

(館の中をちょっと見て報告するだけにしよう。解決は他の冒険者の仕事や)


 歩いて一時間で問題の屋敷が見えてきた。屋敷は二階建ての洋館。敷地は百m四方。敷地は背の低い生垣に覆われていた。敷地の半分は庭だったが、それなりに大きい洋館だった。

 庭は荒れてきているが、全く手入れされていないわけではなかった。


(人の手が入らなくなって二週間言うところか。最近までは人が住んどったようやな)


 敷地に入らず、洋館の周囲を廻ってみる。


 洋館の周囲は畑が広がっていた。畑は小麦畑だった。小麦畑も二週間くらいまでは手が入っていたようだった。現在は手入れされている様子はなく。荒れていた。


(畑が荒れとて来とるな。畑は洋館の持ち主の物だった。何かの理由で小作人が皆、逃げたな。または、全員を追い出したパターンや)


 近くに人影を探すが誰もいなかった。


「近所の人がいれば、話を聞きたかったんやが、これは無理やね」


 洋館の門の前に立つ。洋館の門は開いていた。


 足跡を調べた。洋館の中へ入って行く人の足跡が複数あるが、戻ってきた足跡はなかった。

 鉄の門を潜って玄関ドアの前まで進む。玄関ドアは開いていた。


 ドアをそっと開けて声を上げる。

「ごめんください。冒険者ギルドから来ました」


 洋館の広いエントランスの正面壁には六十インチの大きな洋館の風景画が飾ってあった。

 風景画の他に物はなく、エントランスは静まり返っていた。


 エントランスからは右へ伸びる通路。左へ伸びる通路。二階の右側へ伸びる通路。二階左側へと伸びる通路があった。


 おっちゃんは一歩下がって。ドアを閉めた。

「あかん、これ、ダンジョン化しておるで」


 普通の人間にはダンジョン化しているかどうかわからないが、おっちゃんには理解できた。

 おっちゃんはダンジョンをいくつも渡り歩いてきた。おっちゃんは、一目ちらっと見ただけで、目の前の場所が、普通の洞窟や廃墟なのか、ダンジョンなのかが勘でわかる。


 ダンジョンと廃墟や洞窟との違いとはなにか。細かい内容はいくつもあるが、簡単に言えば、管理者がいるかどうかだ。


 モンスターが雇用されている場所以外のダンジョンで働くとする。その場合はダンジョンの顔役に仁義を切るか、ダンジョン・マスターに挨拶をするのが普通。礼を欠けば最悪、縄張り荒らしと看なされ袋叩きだ。


 転職を繰り返す場合は、物件を一目見てダンジョンかどうかわからないと、やっていけない。


「どうしよう、仁義を切るか。でも、おっちゃんは冒険者やしな」


「おひけえなすって」と仁義を切って中に入れば攻撃されないかもしれない。だが、冒険者が生きていた場合は仲間として助けられない。普通に入れば冒険者を見つけても救助できるが、妨害を受ける。


 ずるい考えとしては、仁義を切って中に入る。一通り情報を集めて外に出て、冒険者の情報を流す。

 だが、「モンスターです」と中に入って「実は冒険者の手先でした」は筋が通らない。

 最悪、ダンジョンからも冒険者からも敵と看做(みな)される。


 おっちゃんは今の自分の立場を傭兵だと考えていた。時にはモンスターと敵対し、時には冒険者と敵対する。

 人間だって、同じ種族同士で、敵味方に分かれて戦争する。昨日の敵が今日の味方、今日の味方が明日の敵になる。


 おっちゃんだけが例外で、どちらかだけの味方をしなければいけない、とは考えない。

「でも、やっぱり、ダンジョンの中に入ってモンスターとやりあう仕事は気が引けるで」


 冒険者ギルドのギルド・マスターの依頼で来ているので、冒険者スタイルで行くと決めた。

 ドアを開けた。静まり返ったエントランスを眺める。


 エントランスに入る前に『魔力感知』を発動させる。館ではなく、館の空気から魔力を感じた。

「魔力が、だだ漏れやで、館のどこかに、強力なマジック・アイテムがあるな」


 おっちゃんは館に一歩を踏み出し、ドアを閉めた。階段を上がって二階に進み、右側の通路から探索する。


 まず二階を一周してから、主の部屋らしき場所を探した。

(意図的にしろ、意図しなかったにしろ、館の主がなんの情報も、知らん状況はない)


 明らかに豪華な造りの扉があった。館の主の部屋だと思った。館の主の部屋は鍵が掛かっていなかった。


 扉を開けた。扉の向こうは十二畳ほどの空間になっていた。窓にはカーテンが付いていた。

 部屋の中には、ベッドと本棚と机とイスがあった。ベッドには誰かが寝ていた。ベッドの人物から魔力を感じた。


(ベッドに寝ている人間はアンデッドで、館の主ぽいな)


 扉の中に入ると、勝手に扉が閉まった。カーテンが閉まり、部屋が不自然に暗くなる。

 次の瞬間、ぼんやりと青白く光る人影がイスに腰掛けていた。青白く光る人影が話し掛けてきた。


「私の名はアルベルト・ハイゼンベルグ。この館の主である。どうか、冒険者よ。私を助けて欲しい」


 襲ってくる気配がなかった。武器から手を放すが、警戒は怠らない。

「なんや、訳ありのようやな、おっちゃんでよかったら、話を聞こうか」


 アルベルトが背中を曲げ、腕組みして語り出した。

「ありがとう。冒険者よ。私は大変な過ちをしでかした。そう、あれは三月前になろうか――」


 すぐに口を挟む。

「おっちゃん、話が長いの駄目やから、短く要点だけにしてや。話が長いと、話の途中でも帰るで」


 アルベルトが咳払いをして背筋を伸ばす。

「私は寿命を延ばそうとして儀式に失敗して、アンデッドになった。原因は、願いを叶えてくれる魔法の箱だ。魔法の箱は屋敷の地下にある。ただ、屋敷の地下は魔法の箱の力で迷宮化している。頼む。箱を探して破壊してくれ、もう時間がない。あと、二時間以内に箱を壊さないと、箱から怪物が溢れて、街を襲う」


(よう、ぺらぺらと喋りよる。おっちゃんが初めての話し相手ではないな)


「二つほど確認していいか。箱を破壊したときの報酬って、あるの」


「魔法の箱がある部屋は、屋敷の宝物庫だ。私は、もう死んでいる。箱を破壊した暁には、なんでも好きな品物を持って行くといい」


「おっちゃんは品物より、金が好きなんよ。金貨とかある?」


「百枚くらいなら蓄えがある」


(アルベルトは嘘を吐いとるな。金貨を百枚も持っていたら、債権の取り立てに冒険者が来るか言うねん)


「もう、一つ確認な。ここにアリサいう子が来たやろう。アリサも箱を壊しに行ったんか」


「そんな、名前の冒険者がいたはずだ。アリサは私の願いを聞き、迷宮に入った。まだ、生きているかもしれないが、魔物が溢れ出たら助からないだろう」


(アリサはギルドの受付嬢で冒険者ではない。迷宮に入るわけがない)


 おっちゃんは推測した。

(儀式に失敗いうのは嘘やな。望んでなった。魔法の箱と契約して、魔法の箱に人を喰わしているんやろう。小作人がいない理由も、きっと箱に喰わせたせいや。そんで、食わせる人間がいなくって冒険者が来るようになったから、今度は冒険者を喰わせよう、いう腹や。あと、二時間と煽っているのも、街に戻らせんためやな)


 アルベルトを痛い目に遭わせたろうと、おっちゃんは決心した。


 本心を隠して、自信たっぷりな演技をする。

「わかった、おっちゃんが、どうにかしたろう。それで、屋敷の地下に、どうやって入ったらいいん」


「この鍵を使ってくれ。この鍵で地下の封印が解ける」


 おっちゃんの本心を知らないアルベルトが金の鍵を差し出したので、受け取った。

 心の中で、おっちゃんは悪魔の笑みを浮べていた。


 おっちゃんが、屋敷のエントランスに戻ると、玄関扉が施錠され、閉鎖されていた。エントランスにあった窓を叩いてみるが、魔法で施錠され、開かなくなっていた。


 おっちゃんは『瞬間移動』魔法を唱えた。次の瞬間、おっちゃんは冒険者ギルドの宿屋にいた。

「さあ、クソ腹の立つほど腕の立つ冒険者を送り込むで。なにせ、今のおっちゃんには、金があるからの。ククック」


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