ディープキス
人が生活すると、どうしてもゴミが出る。
これは、縄文時代から変わらない。貝塚から理解できるように「食」一つをとっても、あれだけ膨大な量の廃棄物が発生するのである。生活とゴミの関係は、もはや切っても切り離せない。
人口増加と消費生活の中で、毎日大量に生まれてしまうゴミ。毎日の暮らしの中で邪魔なモノは、どこかに片付けてしまわねばならない。だから、大昔のよう に穴を掘って埋めてみた。海に投げ捨てて、島を作ったことさえある。それよりも効率的だとじゃんじゃん燃やしたこともある。 しかし、それらはやがて環境問題となり人類に大きくのしかかることになった。ダイオキシンだ、環境ホルモンだというように、いらないモノからさらにいらないモノが生じることが解ったのだ。
消却もやめ、海への投棄もやめた。環境団体は喜んだが、どんなキレイゴトを言おうとも、ゴミは毎日生まれてしまう。彼ら自身もゴミを生み出している一人ということを、論議で熱くなっているときには思い出せなかったようだ。
それらの問題から200年。爆発的な人口増加によって、居住スペースの確保が最大の焦点となった。8ヶ月に及ぶ国連討議の末に、『生命ないモノの保管よりも、生あるモノの居住が優先』という結論に合意したのは、まだ記憶に新しい。
この何とも合理的な意見により、全世界から「墓」が無くなった。民間人の墓はもとより、エジプトのピラミッドや日本の古墳までもが潰され、全て居住地になったのである。
だが、ここでもゴミが発生してしまった。人骨や死体が、恐ろしいほど多量に。
骨は潰して海にまけばいいと、大昔の人が言っていたような気がする。今現在の海は、これでもかとばかりに汚れきっており、そこにさらにゴミなどまいてしまえば、環境団体が黙ってはいないだろう。核廃棄物という存在を超越したゴミの問題に至っては、誰もが頭を抱える状態だった。
地球にはもはや、ゴミを捨てる場所がない。そこでわたしは、この広告を出した。『あなたのゴミを、わたしが代わりに捨ててきます。どんなものでもかまいません』 一見無謀な商売文句だが、わたしは地球に捨てるつもりなどカケラもない。月に捨てるのだ。
その昔俺の爺様が、全財産をはたいて月の土地を買い占めたときには、わたしもあきれかえってしまったものだが、今なら感謝しようではないか。これは、わたしはもとより人類全ての希望になっているのだから。
ただ問題があるとすれば、月の重力が地球に比べると弱いということ。大きなゴミを月の表面に積み重ねて行くには、少々心もとないところがある。
しかし、その問題ももう解決した。わたしの開発した重力派生装置「アボットⅢ」で。これを月のコア付近に埋め込むことで、月の重力を現在の5~3000倍にすることが可能だ。これでもう、完璧だ。
それからわたしは、ロケットを使って月にゴミを運んだ。一応慈善事業と称してはいたが、多額の礼金を受け取りながら。わずか半年で、月の表面に1〇〇 メートル以上の高さにまでゴミは積み上げられ、重力も従来の500倍となっていた。そんなある日、わたしは「アボットⅢ」の管理者と会話を持った。
「調子の方はどうかね」
「ええ、最高ですね、この装置は。でも一つだけ問題が」「ほう、なんだね」
「重力の調整ですよ。これが意外に大変で、だいたい早くて5日はかかりますね」
「そんなにかかっては、業務に支障をきたすな。よし、いっそ最初からMAXにしてしまおう」
「そうですか?では早速調整いたします。そう言っていただけると思いまして、最終調整の段階に装置をセットしておいたんですよ」
管理者は、いそいそとこの場を去っていく。わたしは彼の背中を見送りながら(準備のいい奴め)と心の中で呟いた。
「わ」
突然わたしは、したたかに顎を床に打った。急に体が重くなり、立っていられなくなったのだ。原因の想像は付く。重力が500倍から3000倍になったことで、この事務所内の重力緩和装置が故障してしまったのだろう。修理に行こうにも、床に体が貼り付いて全く身動きできない。
わたしの耳に地鳴りが響いてきた。何とか目を窓に向けると、そこには地球があった。いつもと同じように宇宙にあるが、異様なほど大きく見えていた。
(そうか)
月の重力が強くなりすぎたことで、衛星と惑星の関係が崩れてしまったのだ。今は、地球が月に引き寄せられている。例えこの状態で装置を解除しても、月は地球に近すぎて、地球の重力に逆らえず、二つは間違いなく激突する。「ずいぶんと大きなゴミだ」
わたしは月と地球のディープキスの瞬間にそう呟いた。
終わり
現代の日本では、放射性物質関連のゴミ問題が深刻だ。もういっそ、この小説のように宇宙に捨てるしか方法はないのではないだろうか。
将来が不安な今日この頃である。