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 修太郎達がリングに上がると、会場内にどよめきの声が上がる。中には修太郎の姿を見て感極まり泣き出す者までいるほどで、日に日に神格化されている現状に修太郎は再び居心地の悪さを感じていた。


 試合はアイアンの圧勝。

 修太郎はまず労いの言葉を送る。


「強くなったんだね、アイアン」


 無言で頷くアイアン。


 今やレベルは78までに上がっており、修太郎は盾役として申し分ないと感じていた。


(ここで自分を鍛え続けていたんだ、彼ならきっと僕らの力になってくれる。あとはダンジョンの機能を使って進化を……)


 しかし、修太郎が提案する前に待ったをかける者がいた――バートランドだ。


「足りねェな……」


 ため息と共に、バートランドが項垂れる仕草をする。


「すみません主様。俺ァやっぱり今の(・・)コイツを召喚獣として同行させるのは賛成できません」


 そう言いながら、アイアンに視線を向けた。


「確かに、俺とガララスの旦那が稽古を付けた時よりも格段に強くなってはいる。教えた事も忠実に守っているし、今日まで最大限に自己研磨していたことはよく分かる」


 ただ――と、バートランドは続ける。


「いまのお前では、いくら魔王二人が同行するとはいえ主様のパーティメンバーとしてはまだ未熟すぎる。特にお前は盾役として直接的に主様をお守りしなければならない重要な役割を担う。ならその実力は俺達に勝るとも劣らないくらいじゃなきゃ、俺ァ託せない」


 厳しいように聞こえるかもしれない。


 しかし、この程度の実力でアイアンが修太郎の盾役として召喚獣になったとしても、いつかどこかで足を引っ張る事になる――アイアンの努力や想いが報われない日が来る。


 バートランドはそれを見越していた。


 ある種親心のようなものを、この悲しい過去を背負うアイアンに覚えていたから。


 誰よりも彼の努力を側で見てきたからこそ、〝親殺し〟という悲しい大罪を犯し、心に大きな穴が空いたアイアンが再び傷付くのを見ていられなかったのだ。


「主様に同行できないからといって弟子に当たるのはいただけんな」


「ちょ、旦那は黙っててくれ!」


 ガララスに冷やかされながらも、真剣な表情でアイアンに語りかけたバートランド。そしてアイアンもまた思うところがあるようで、その言葉に大きく頷いてみせた。


「そうかなぁ。もう十分だと思うんだけど」


 困ったような笑みを浮かべる修太郎。


 プレイヤー基準で考えれば、レベル70に到達した盾役など皆無である。現在の最前線で戦う上では十分すぎるほどの強さだ。


「俺も主様の考えを否定するつもりはありません。ただ次の召喚がセオドールの旦那で、次の召喚がプニ夫の旦那なら、こいつの出番までまだ時間があるでしょう」


 バートランドの言う通り、修太郎のレベルは現在25であるため、召喚可能数は2。次にセオドールを召喚しても次回30レベルの際に召喚するのは実力的に考えてもプニ夫が妥当。


 そしてアイアンの出番の時には、修太郎はレベル40である。すぐに上がるレベルではない。


 するとシルヴィアが口を開いた。


「なら、私の世界で玉座を取るっていうのを同行可能の条件にしたらどうだ?」


 何気ない一言――

 しかし魔王達の顔色が明らかに変わる。


「おいおい、消えてなくなるぞ」

「そ、それはちょっと……」


 動揺した様子で擁護するガララスとバートランド。二人だけでなく、バンピーやセオドールの表情も明らかに強張っているのが分かる。


(シルヴィアの世界……どんな場所なんだろ)


 修太郎の脳内には、何もない荒野にアンデッドが徘徊するバンピーの世界と、豊かな自然に囲まれ少数のエルフ族が住むバートランドの世界の風景が再生されていた。


 アイアンは強い意志で頷く。

 鋭い視線を送るのはエルロードだ。


「本人が了承したなら我々外野がとやかく言う権利はないでしょう」


「でも姉御の世界って言ったら――!」


 焦るバートランドに、エルロードが厳しい視線を向ける。


「貴方が言ったのですよ? 主様が条件を満たすまでの間に、アイアンには我々と同程度まで強くなってもらう必要があると。たとえ闘技場で何勝しようとも、何年経とうが我々の領域にはたどり着かない。その点、シルヴィアの世界ならば希望はあります」


 エルロードの言葉に、バートランドは押し黙る。

 そしてアイアンに向き直り、諭すように言う。


「今の会話で分かっただろうけど、今から行こうとしている世界はそういう場所だ。強くなる希望はあっても、それ以上にそこは絶望に溢れている。それでも行くのか?」


 変わらず力強く頷くアイアン。

 バートランドは深くため息を吐いた。

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