092
いざ対峙すると、巨人と小人のよう。
ガルボの持つ剣に比べれば、修太郎の剣など爪楊枝のように見える。覇気や体格の差は、それほど顕著に現れている。
「前のMAPはキレン墓地か。今回もそれにするか?」
「諸々、お任せします!」
「そうかそうか。ならMAPはデフォルトで、形式は一本先取でどうだろう?」
ガルボは手慣れた動きで設定をいじる。
先の試合で怜蘭を打ち負かしていなければきっとギャラリーの誰かが止めていただろう試合。しかし、体格の差を気の毒に思う者はあれど、戦うことを止めようとする者はいなかった。
見ていたからだ――
怜蘭との〝次元の違う試合〟を。
「
怜蘭が呟く。
恐らくまだ自分の中だけに芽生えている〝確信〟が、この場にいる全員にも共有されるだろう、と。
「一本先取のルールはシンプルだ。先に致命傷を与えた者が勝ち。MAPをデフォルトにしたのも小難しくなく分かりやすいから。俺は難しいことが苦手なんだよ」
そう言って豪快に笑うガルボ。
修太郎も釣られて笑みを浮かべる。
修太郎はガルボが纏う強者の雰囲気を感じ取っていた――それは一本先取のルール然り、何もないまっさらなMAP然り、彼から滲み出る〝自分への自信〟が伝わってきたからだった。
恐らく怜蘭に近い実力者。
修太郎は心の中でそう目測を立てる。
試合開始の声が響き、金属音が轟く。
「っと、これは凄まじい……!」
一度の鍔迫り合いを経て、ガルボは修太郎の〝強さ〟を感じ取っていた――同時に、自分の認識を即座に改める。
彼は本物だ、と。
「《大断剣》」
ガルボの戦闘スキルが唸る。
盾受けや武器受けを貫通する鋭く重いその攻撃は、まるで陽炎のように姿をくらます修太郎の残像を穿ち、地面を破壊した。
今回は十本先取ではなく、一本勝負。
致命的な一撃が入ればその時点で終わり。
つまり短期決戦で攻めるのが最善手である。
「消えたッ?!」
姿を見失うガルボの背後から、修太郎が剣を振り上げる。
「修太郎がとった――!」
ラオの歓喜の声が響く。
しかしその刃は分厚い剣の腹で阻まれる。
床に写る僅かな影から位置を読み取り、超人的反射速度でガルボは攻撃を防いでいた。
「MAPが
ガルボが吠える。
「!?」
修太郎は自分の剣に違和感を覚えた。
まるで磁力を帯びたように動かないからだ。
「うおらぁ!!!」
ガルボは力任せに修太郎ごと剣の腹を地面に叩きつける。
彼の使った《磁力の剣》は、主に盾役が重要mobを逃さないために用いる戦闘スキルだ。特に素早さを武器とする鳥型mobなどを物理的に動けなくする目的で使われる。
地面に足がつくその刹那――
修太郎は屈伸運動の動きで衝撃を和らげながら、着地と同時に戦闘スキルを発動した。
「《断頭剣》」
上空に跳躍し急速落下する遠心力で威力の高い斬撃を放つこのスキル――システムアシストが働く力強い跳躍が、ガルボの筋力を押し返すように拮抗、そのまま弾き返す!
「ぬぅ?!」
大きく姿勢を崩すガルボ。
しかし、修太郎の跳躍は攻撃前のモーションに過ぎない。そのままガルボの上空へと飛び上がった修太郎は、勢いそのままに剣を振り下ろした。
「《鋼の魂》」
ガルボの体が鉛色に変わる――
怜蘭がやってみせた強力な防御スキルだ。
赤色の線を帯びた修太郎の剣から色が消え、ガルボに着弾する一瞬前に捻りを加えるように回転、着地と同時に斬り払う。
眩い光を帯びたそれは《三連撃》
断頭剣のスキルを解いていた。
新たなスキルを放ったのだ。
それは、防御スキルの効果が切れる瞬間に着弾するよう緻密に計算された攻撃であった――
「人間の動きじゃねえよ……」
誰かが呟く。
ギャラリーは皆、言葉を失っている。
修太郎の剣先がガルボに触れる寸前、受付時間を超過した《鋼の魂》が解かれ、ガルボの体は元の色へと戻ってゆく。
「
ガルボの大剣が修太郎の剣と同じ軌道を描くと、修太郎の《三連撃》を単純な剣術で弾いてゆく――研ぎ澄まされた修太郎のスキルを寸分の狂いなく弾き返す様は、まさに神業的動きであった。
今日一番の歓声が沸き起こる!
修太郎の最後の一撃が弾かれると同時に、ガルボは満足そうな笑みを浮かべた。
「その技量を疑わなかったからこそ、次のスキルに俺も対応できた! 最高だ修太郎君!! これは俺も全身全霊をもって挑まなければなるまい!」
雄叫びを上げ、突進するガルボ。
意外にも無策なその攻撃に身構える修太郎。
鬼神の如き形相で大剣を振り下ろす。
修太郎はそれを受け流す形で剣を滑らせ、ガルボの胸目掛けて叩き込んだ!
「!?」
今度は修太郎の目が見開かれる。
その剣は、まるで残像を切り裂いたように手応えがない。
とっさに辺りに目をやる修太郎。とはいえ今のは避けたというよりも、まさしく消えたように見える。
「待って、今ガルボさんが
「ちょ、黙ってて! いいとこ!」
バーバラの声を遮るショウキチ。
視界の先では、修太郎に斬られた
着地に失敗し、少しだけ体のバランスが崩れていた修太郎は、片足で器用に斜め上へと跳ぶ。
ブォン!!!!!
コンマ数秒後にその場を通過する大剣。
ガルボの表情が驚愕に染まる。
(これも避ける、か)
スローモーションに流れるその世界の中、ガルボは何かを察したように、少年の一挙一動を目に焼き付けるように眺めていた。
斜め上に跳んだ修太郎は身体を180°捻りながら、勢いそのままに戦闘スキルを発動させた。
「《回転斬り》」
パン! という音と共に、ガルボの顔がズレた。
「あっ……」
ギャラリーの誰かが声を漏らす。
訓練場から一切の音が消えた。
鋭い角度から放たれた回転斬りは、斜め上から下へと円を描き、その線上にあったガルボの頭から胸へとかけてを真っ二つに切り裂いた。
試合、終了――!