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三章を読む前に、二章までを読んでいただいた方に向けた「あらすじ+人物紹介」を用意してあります。内容を忘れてしまった方はぜひ読んでからお楽しみください
それは、違う形の救済だった――
第三章 開幕
ウル水門を抜け修太郎達はエマロの町へと到着した。
エマロの町はアリストラスに比べれば極々小さな拠点で、広い牧草地と風車が目印の、農業や畜産が盛んな町である。
「とりあえずここで一度休憩して、各々準備ができしだい出発するわ。今日中にカロア城下町に着いておきたいし」
エマロの町はプレイヤー達の第二の拠点ではあるが、中堅攻略勢の拠点はその先にあるカロア城下町である。ここに移住する目的でもなければ、ほとんどのプレイヤーにとって単なる通過地点に過ぎない場所となっていた。
といっても、ここには
ここまで人口が膨らんだ背後には、紋章のマスターであるワタルがプレイヤー達の生活環境を必死に整えた努力がある。
プレイヤー達の生活拠点である
大都市アリストラス
エマロの町
カロア城下町
にはそれぞれ紋章の支部と本部があり、紋章に所属するプレイヤーも、そうではないプレイヤーも支援や宿の提供などで恩恵を受けていたのだった。
背中に身の丈ほどある斧を背負った赤髪の女性――ラオは、周囲を見渡しながら申し訳なさそうに言う。
「あー、悪い。ここに昔からの知人がいるもんで、挨拶だけして行きたいんだけど、いいかな?」
「ええ、構わないわ。というか新しくパーティを組むことになったわけだし、私も代表として同行したほうがいいかしら?」
そう尋ねるバーバラ。
ラオは首を横に振った。
「うーんまあそんな固い挨拶でもないし、顔見に行くだけだからお構いなく」
十字架を模した大剣を背負う、色素の薄い女性――
足早にその場を去る二人の背中を見送り、残った第7部隊の面々が視線を合わせた。
「カロアまではmobも出ないけど、一応私達は予備の回復薬を補充しておこうと思う。修太郎君はどうする?」
バーバラにそう聞かれ、修太郎は少し考えた後、笑顔で答える。
「僕もここに知人がいるはずだから、散策がてら訪ねてみようかな!」
修太郎が言う知人とは、かつてパーティを組んだ第38部隊の
話したいことはいくつもある。
自分が召喚士になったこと。
召喚獣に綺麗な銀色の狼を呼び出せたこと。
今日中にカロア城下町まで進むこと、など。
「(流石にアイアンの事は言えないけど)」
全てを話せないことに一抹の罪悪感を抱き、修太郎は一瞬だけ笑顔に影を落とす。
それを聞いたバーバラは頷き「じゃあ1時間後にね」と答え、その言葉を合図に、残りの第7部隊もその場から去っていった。
『主様、私が探してみましょうか?』
『あれ、シルヴィアは種子田さん達と会ったことないんじゃない?』
『あ……そうでした』
修太郎は「とりあえず、町をぐるっと周ってみようかな」と呟いた後、2組とは別の方向へと歩き出したのだった。
* * * *
一時間後。
修太郎は集合場所に駆け足で向かっていた。
「(フレンド登録しておけば良かった)」
結局、キイチとヨシノと種子田を見つける事ができなかった修太郎は、早々に町観光に切り替えた。
一瞬しか来たことのないエマロの町並はどれも新鮮で、約束の一時間をほんの少し過ぎてしまっていることに気付く。
約束の場所には既に六人の姿があった。
「ごめんなさい、遅れちゃって」
シルヴィアを腕に抱きながら合流する修太郎。
ショウキチ辺りからお怒りの言葉が来ると予想していた修太郎だったが、そこで初めて、第7部隊の様子が変であることに気付く。
「修太郎。知り合いには会えたか?」
不安げな表情でラオがそう尋ねてくる。
「ううん、会えなかった」
「そう。もしかしてその知人の方は、オフライン……になってたとかじゃないか?」
オフライン。
つまりは、死んだ――ということ。
ラオは修太郎に「知人に会えなかったのは、死んだのが理由ではないか?」と、そう聞いていたのだった。
「ううん! 正確にはフレンド登録し忘れてちゃったから、連絡する手段が無かったというか……でも、きっと生きてるよ」
とはいえこんな世界だ。
ひとたびセーフティエリアの外に出れば人なんて簡単に死んでしまう――
ラオはハッと我に返ったように「ご、ごめん! 不安になるようなこと言ったよな」と頭を乱暴に掻き毟る。
「ごめんね、こっちがちょっと動揺してしまっていて。というのも、実は私達の共通の知人がいつも居た工房に居なくてね、色々探してまさかと思って調べてみたらね――」
そう言って、修太郎にフレンド画面を見せる
修太郎がそれを覗くと、そこには軽く100を超えるフレンドの名前がズラリと並んでいた。彼女が指差す先の『春カナタ』という名前が、黒くなっている事に気付く。
黒い名前はオフラインの意味を持つ。
つまり、死亡したという意味を持つ。
落ち着いた様子のラオが続ける。
「でもおかしいんだ。コイツは生粋の生産職で、エリアに出る事はおろか、自分の工房から出たこともほとんど無いんだよ。私達が同行できなければ移動を諦めるくらいに慎重だった奴が――死んだなんて」
そう言って、ラオと
「私達は早々に連絡を受けて一緒に手掛かりを探してみたんだけど、なかなかね」
バーバラも暗い表情でそう続けた。
しばらくの沈黙の後、ショウキチが声を上げる。
「ここで塞ぎ込むより、先に進んで1日でも早くクリアする方が大事だよな! 死んじゃった奴らも、きっとそう思ってるよ」
年相応で真っ直ぐな鼓舞が、皆を元気付ける。
死んだプレイヤーが生き返るわけではないが、それでも生き残っている数十万のプレイヤー達が解放されれば彼等の無念もきっと晴らせるだろう――第7部隊の全員がそれに頷き、予定通りカロア城下町へ続く道へと足を進める。
「mobは出てこないけど、念のため警戒は怠らずにね」
バーバラの言葉に全員が改めて気合を入れ、アーチ状の門をくぐった。
ここからカロア城下町までは、途中のオルスロット修道院を抜けてすぐ。修道院はセーフティ扱いであるためmobはおらず、ひたすら進めば二時間もしないうちにカロアに到着する計算だ。
「春カナタさんは、どんな方だったの?」
暗い表情で進むラオに、バーバラが優しい口調で話しかける。ラオは彼女の優しさに気付きつつ、それに甘えるように語り出す。
「アイツはな、元はβテスターでバリバリの攻略勢だったけど、最前線に行くよりも初心者支援を選んだ――そういう意味ではワタルと同じ気持ちを持って、エマロの町を通過する危なそうな駆け出しの初心者に無償で装備を提供してたんだよ」
バーバラは黙って頷いている。
修太郎も悲しげな顔でそれを聞いていた。
善人でも簡単に死んでしまうこの世界。
日を追うごとに、プレイヤーの人数は減っている。
「難病を抱えていたってのに弱音は一切吐かなかった。自分が一番大変な状況にあるっていうのに人助けなんて、ほんと……」
ラオの瞳にうっすらと涙が光る。
修道院の鐘が遠くから響いていた。
永らくお待たせいたしました
今日より第三章開始いたします
三章は現在50話まで書けております
以前と同様に毎日1話投稿する予定です
今回はお詫びと感謝を込めて本日5話更新します
随時書き溜めをするので50話目が投稿される頃には三章完結まで書いておく予定です
○毎日12:00予約投稿