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 古ぼけたカンテラが揺れる。


 岩を支える木の柱の軋む音と、どこかから滴る水の音。

 イリアナ坑道は視界こそ悪いが、出てくるmobはレベルの割に弱く、序盤に最適な狩場としてβテスターの中では常識だった。


 カツーン、カツーン、カツーン――

 坑道内に、複数の人の足音が響く。


 手に持った松明に照らされたのは、先ほどアリストラスから脱出した三名のプレイヤーだった。


「あそこはもう紋章の縄張りだもんな。好き勝手できないんじゃあ、せっかくの自由度も台無しだっつーの」


「かわいい女ならともかく、怯えた豚みたいな顔のおっさん共を助ける義理はないよね」


「おい声を抑えろよ。蝙蝠ならともかく、蜘蛛型に見つかったら面倒だ」


 会話を楽しみながら三人は坑道を進む。


 イリアナ坑道は狭く暗い。その上、どこからmobが降ってくるか分からないエリアのため大人数での移動には向かないが、エマロの町までの近道である事も、知る人ぞ知る、といったルートだった。


「どうよ、半分くらいは来た?」


「ちょい待ち。マップ見てみる」


 先頭の男の言葉に、二番目を歩く男が反応する。


 βテスト時代のマッピング記録は正式稼動後も健在で、自分達が順調に進めているのか否か、確認すればすぐにわかった。


「問題ない。このまま真っ直ぐ」


「了解。ほんと、βテスター様々だな」


 予定よりだいぶ進めている事に、返答の声もどこか弾んでいるように聞こえる。


 この三人はリアルでの友達だ。βテストは一人しか当選しなかったが、この度全員でeternityをプレイできる事になり、待ちに待ったサービス正式稼動日――悪夢が起きた。


 先頭の男は暗い気持ちを即座に霧散させる。


「カルヲはどうだ? 異常ないか?」


 二番目の男が最後尾の男に声をかけるも返事がない。

 気になった先頭の男が振り返り――絶叫した。


「カルヲ!!!!! なんで、な、どうして!!」


 最後尾を歩いていた男は、少し離れた所で見つかった。


 地面に転がる松明に、黒い何かに覆い尽くされた人の形が照らされている。


炎を纏いし刀フレイム・エンチャント!!」


 二番目の男が刀を抜き、刀身が火を放つ。


 一瞬で松明のところへ駆け寄ると、男の体に大量の蜘蛛がまとわりついている事に気付く。


 イリアナ坑道mob図鑑から引用すると、肉食系mobイリアナ・スパイダーは闇に乗じて動物を襲い、毒を用いて獲物を弱らせ、巣に持ち帰った死体(・・)を食べる。苦手な属性は火、光。レベルは3〜5。


「くたばれ!!!」


 一心不乱に燃える刀を振り回し、身を焼かれたイリアナ・スパイダーは、まさしく蜘蛛の子を散らすかのように坑道の奥へと逃げてゆく。蜘蛛が居なくなったことで、そこに横たわる正気のない男が現れた。


「カルヲ! おいしっかりしろ、おい!」


 パーティ一覧を見れば生死が解る――βテスト時代の知識が男を冷静にさせ、視界の端にあるパーティ一覧に視線を移した。


 毒、昏睡、麻痺の状態異常(バッド・ステータス)ではあるが、カルヲのLPは半分程残っていた。


 男が安堵の表情に変わる――そしてその下にある名前の欄が暗くなっている事に、遅れて気付くのだった。


「シンタ、?」


 振り返るも、そこにいたはずの温厚な盾役(タンク)の姿は無く、残っているのは転がる松明だけだった。


 パーティの名前が暗くなるのは、ログアウトした時――あるいは〝死んだとき〟だ。


 坑道内に嘆きの叫び声と、甲高い笑い声が響く。


「盾役ってのは固くて敵わんよ。盾役がいると、奇襲が成功しても残りの二人が態勢を整えて返り討ちなんて事も結構あったし、何事も経験は大事よね」


 闇の中から亡霊のように現れたのは、灰色のボロ切れを纏った男。


 炎の刀を握る手に力が篭る。

 この男がβテスト時代でも有名な《PK》であることを知っていたから。


 PKとはplayer(プレイヤー) killer(キラー)や、 player(プレイヤー) killing(キリング)の略で、主にプレイヤーをターゲットに攻撃を仕掛け、倒すことを目的としている者達の総称である。


 本来ならただの悪ふざけや、悪質プレイヤーで通報・警戒程度で済むPK行為も、ことデスゲームに関しては話が変わってくる。


 これはれっきとした殺人行為にあたる。

 そして男はそれを理解してやっている。


「覚悟しろよ黒犬(クズ野郎)。俺はお前とも対戦経験があるし、負けた経験はねぇよ」


 燃える刀を再び強く握り、構える。

 ボロを着た男は不気味に笑う。


「キッドくぅーん、僕らは初対戦だよ?」


「記憶にあるだけで5回斬ってる」


「それはゲーム(・・・)で、だよね? 今は命が賭かってるの、理解してる?」


 ボロを着た男が闇に溶けた。

 キッドが刀を振り上げると、炎が渦を巻き、坑道内を赤く染め上げる。


火炎竜巻斬バーン・サイクロンエッジ!!」


 凄まじい熱量が坑道内を駆け抜け、何もない空間が歪むと同時に、ボロ切れを燃やし、苦しむ男が浮き出てきている。


 キッドは再び刀に炎を纏う――と、背後からねっとりとした気配を感じた。


 侍の職業スキル、危険察知が反応したのだ。

 飛び込むように地面を転げ、すぐさま刀を構え直す。


 ボロ切れの男は不敵な笑みを浮かべ、先ほどキッドがいた場所に立っている。


「いい勘してるね」


「自分にしか反応しないのが悔やまれる……ッ!」


 これが個人ではなくパーティに及ぶスキルなら、シンタやカルヲが襲われた段階で守れたのに。キッドの片目からは涙が流れる。


「スキルって鍛えればどんどん効果が上がるの知ってた? 鍛錬を怠った自分のミスだよね、コイツら(・・・・)が死んだのって」 


 安い挑発だ。自分にそう言い聞かせるキッドだったが、男の発言に引っ掛かりを覚え、そして見てしまう。


 パーティ一覧に光が灯っている名前が、自分一人だけだという事実。そして、男の背後に横たわっていたカルヲの背中に、新しく二本の短剣が深々と刺さっている光景を。


 光の粒子となって消えゆく友人の体。

 それはボロ切れの男に吸い込まれてゆく。


「んー、ごち!」


「おまええええええええ!!!!!」


 友人を見送る余裕もなく、キッドは炎の刀で男を斬り伏せた。


 侍の特徴は高いSTRとAGI、そして豊富で強力な職業スキルにあるが、固有スキル《炎剣》を引き当てたβテスターのキッドはその中でも特に強く、ランカーに名を連ねるほどだった。


 半分にズレながらも笑みを崩さない男に、キッドは怒りのままに刀を振り回し、細切れにして冷静になる――なぜ死んだのに粒子にならないんだ? と。


 ズブリ。


 キッドは背中に強烈な熱を感じた。


「wikiにも掲示板にも書いてないけど、40での転職で素敵な職になれたんだよ。死体の偽装も分身作成もお手の物――って聞いてないか」


 顔から地面に崩れ落ちるキッド。

 刀を握る力も出ず、足にも、どこにも力が入らない。


 自分のステータスを見れば、そこには昏睡、麻痺、毒の文字が並んでいた。


「明るいとこだとすぐバレちゃうのと、やっぱこっちの生物には分かっちゃうのが今後の課題なんだよね。ち・な・み・にぃ、」


 もはや返答する力もないキッドに、男は不気味な笑みを向け、短剣を強く握りしめ……


「プレイヤーって結構いい経験値くれるんだぜえ」


 と、楽しそうに短剣を振り下ろした。

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