062
ここが勝機だと襲いくるゴブリン達。
荷車を押し倒し踏み壊しながら、波のように第38部隊の方へと群がってくる。
『他の人達に同じ事はできそう?』
『できますが、恐らく〝自分の混乱が解かれた〟説明が付かないかと。それよりもまず雑魚共を抹殺しますね』
『ううん、それは僕にやらせて――』
そう言いながら、修太郎は剣を抜く。
ゴブリン達の数はおよそ17体。
それに加えてゴブリン・リーダー。
そして未だ沈黙する
『危険と判断した場合、速やかに救助に入ります。加護はいかが致しますか』
『それも平気だよ。ありがとう』
短い念話ののち、修太郎は剣士のスキル《疾走》で一気に加速すると、ゴブリン達の真ん中に飛び込み《回転斬り》を発動させる――!
高速回転する修太郎。
その刃に斬り付けられたゴブリン達は体を分解させ、勢いよく弾き飛ばされたのち爆散する。
さらに残った数体を、勢いそのままに回し蹴りで吹き飛ばすと《三連波》を発動――緑色に光った剣先から放たれた三本の斬撃が飛んでゆき、空中でゴブリン達を断ち切った。
瞬く間にゴブリン達を倒した修太郎。
ゴブリン・リーダーが大剣を持って飛び上がる。
巨大な刃が差し迫る刹那――修太郎の体が残像と共に
ゴウッ! という凄まじい風切り音が修太郎の耳元を掠めたと同時に、ゴブリン・リーダーの背中に白銀の刃が飛び出した。
(《見切り》を何度も練習しておいてよかった)
体を爆散させるゴブリン・リーダーを見送りながら、バートランドとの特訓の日々を思い返す修太郎。
最後に残った鉄塊に視線を向け、寂しそうに剣を構える。
「嫌いだったのに、いなくなって悲しくなったんだね」
赤い瞳を妖しく光らせ修太郎を見るアイアン。
その錆びた腕を振り上げ、一気に振り下ろした。
修太郎が飛び出す――
元いた場所に岩のトゲが生えたと同時に、修太郎の刃がアイアンを強襲した。
けたたましい金属音、飛び散る火花。
(流石にかなり硬い)
削れたLPは3割ほど。
そのままアイアンが腕を振り上げる初動を見て《見切り》を使い、避けたと同時に返す刃が炸裂した。
たまらず吹き飛ばされるアイアン――
そのLPの5割が削れ、残り2割となる。
修太郎は《疾走》により距離を詰める。
反撃の拳を《見切り》で避けながら、怒りや悲しみを帯びたその赤い瞳に剣を突き立てた。
アイアンの動きが止まった。
「ちょっとだけお休み」
修太郎が手をかざすと、アイアンはそのまま溶けるように消えた――
* * * *
一連の事件から数十分後……
修太郎達はエマロの町の喫茶店にいた。
エマロの町――
アリストラスに比べれば極々小さな町である。特徴として広い牧草地と風車が目印であり、農業や畜産が盛んな土地だ。
荷車を破壊され当然ながら任務は失敗。
そして
しばらく沈黙を守っていた全員だったが、目を伏せながら
「まずは修太郎君、守ってくれてありがとう」
深々と頭を下げるキイチ。
残る二人も申し訳なさそうに俯いた。
「人の死に動揺して戦意喪失だなんて、やっぱり俺達に〝命のやりとり〟は無理だったんだなって強く実感したよ。曲がりなりにも最前線にいたのに不甲斐ない……」
そこからキイチは懺悔するようにポツリポツリと語り出した。
キイチと
彼等の組んでいたパーティの盾役が戦死した事による喪失感で、彼等のパーティは解散に追いやられ、激化する最前線の戦場に付いて行けなくなったというのもあり、それを機に戦線を離脱していた。
そしてアリストラスに戻り、
「しばらく悩んでたけど、私達は紋章で町防衛の仕事をすることにしたわ。恐らくもう、パーティ依頼は受けられそうにないから……」
憔悴しきったヨシノが力なくそう言った。
修太郎は黙ってそれを聞いている。
今度は甲冑を脱いだ
両手で目を押さえ項垂れるように肘をついている。
「僕が……僕が強く言えなかったから……彼女の傲慢さに拍車をかけ、召喚獣へのケアもできなかった。僕さえしっかりしていれば……彼女の理解者になれれば……彼女が死ぬことはなかったんじゃないかと思うよ」
鼻をすすりながらそう語る種子田。
彼もまた、パーティ依頼はこれっきりにしようと決意していた。
最前線や前線にいたプレイヤーには、様々な理由でアリストラスに戻ってくる者がいる。
仲間を求めて。
置いてきた親しい人と会うため。
恋人のために出稼ぎするプレイヤーもいる。
中でも親しい人の死によって戦意を喪失し、先に進むことを諦めるプレイヤーは少なくない。
わずかに残っていた希望や正義感も、暴力の前には無力だ。他の勇気ある者に希望を託し、武器を置いて引き篭る者も多い。
「僕が責任を持って今回の件を報告しておくから。召喚獣が暴走して主を殺したことについても、この前例を広めるだけで次の悲劇を防げるはずだからね」
そう言って、立ち上がる種子田。
修太郎に視線を向け、頭を下げた。
「色々迷惑をかけたね、君は命の恩人だよ」
そう告げたのち、彼はゆっくりとした足取りで店内から去って行った。