061
難なくウル水門のボス部屋までたどり着いた一行。
開けた空間をぐるりと囲うように立てられた棒の上、陥没した頭蓋骨が並んでいた。
そこかしこから聞こえる
広場の中央には木と蔦で作られた玉座に座る大きなゴブリン――ゴブリン・リーダーと、その付近にたむろする十数匹のゴブリンの群れが確認できる。
基本的に次のエリアに向かうには、それに面したエリアのボスを撃破することで先への道が開かれる。
「さっさと終わらせて依頼完了させましょ。ほら、囮になってきなさい」
他の面々も特に気にすることなくそれに続くが、唯一修太郎だけが異変に気付いていた。
「――アイアンの目の色、赤かったっけ?」
すでに戦闘が始まろうとしていたためか、修太郎の呟きに誰も気付くことはなかった。ゴブリン達が立ち上がり、ボス戦が始まる。
《boss mob:ゴブリン・リーダー Lv.10》
薄紅色の一際大きなゴブリンが唸る。
周囲のゴブリン達が武器を掲げた。
「なにモタモタしてんのよ。アイアン、行きなさい」
重い足取りで進むアイアンの後頭部を杖で殴るリヴィル――そして、
「ッ!?」
アイアンの赤い瞳が激しく光る――
その体をぐりんと回し、錆びた腕を伸ばして
「〜〜〜ン〜〜!!!!?!」
リヴィルの叫び声
猛烈な勢いで減少するLP
他の面々は動けない
修太郎がエルロードに念話を飛ばしたその刹那――何かが潰れる嫌な音が、周囲に響き渡った
弾けるように鮮血が飛び散った
「いやあああああ!!!!」
ヨシノの絶叫がこだまする。
アイアンの右手からは赤色の液体が滴り落ち、頭部を失った女性の体が力なく崩れ落ちた。
召喚獣や従魔は元を正せばmobである。
契約は信頼関係――システム的にはNPCとは別の《カルマ値》によって保たれている。
カルマ値がマイナスになるとどうなるか。
NPCの場合、町で見かけただけで会話を拒否したり襲ってきたりする。これは〝自分達に害を成す存在〟だと認識しているからこその防衛本能であり、そしてmobの場合も同様のことが言えるのである。
パーティ欄の〝リヴィル〟の文字が黒化
それが意味するのは、死――
「なん、え、どうして……?」
「出ましょう!! いや、ここはボス部屋だから出られない、皆固まって!!」
口をパクパクさせる
目の前で突然起こった〝人の死〟
デスゲーム開始直後と違い、平和になるにつれ死から離れつつあったプレイヤー達は、いざ死を目前にするとなにもできなくなる。
血を見て興奮するゴブリン達。
歓喜の声と威嚇する声が入り混じり、ヨシノの絶叫をかき消す程の大合唱が響いた。
《mob:アイアン Lv.33》
召喚獣が主を殺した場合、召喚獣は自分を縛る契約から解き放たれ〝野生〟を取り戻す。個体が優秀だったのだろう。アイアンのレベルは主のレベルを大きく上回った33である。
アイアンは主だった塊が光の粒子に変わり、それが溶けて消えるまで何も言わずに見届けていた――それが終わると、赤色の目を光らせプレイヤー達を見据えた。
凄惨な光景による動揺は収まらず、泣き喚くヨシノとへたり込む種子田。部屋に張られた結界を悔しそうに叩き続けるキイチ。
そして修太郎はというと――
『主様。ご気分はいかがですか?』
『ありがとう。落ち着いた……』
エルロードによる《聴覚保護》《視覚保護》《精神安定》《状態の回復》という
はじめて見た人の死――
しかし今は、その死に嘆くよりも、この状況をどう打破すべきか……それだけに修太郎の頭は働いていた。