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 大都市アリストラスでは、大規模な組み分けが行われていた――組み分けというと大層なものに聞こえるが、要するに大きく〝戦う気力があるか〟〝無いか〟の二つである。


 ワタルの決死の演説により、多くの人間が現状を受け入れたことで組み分けは驚くほどスムーズに進んでいた。


 まず、戦える者には物的支援を惜しまず、βテスターを軸にした戦闘指南に加え、一定の戦闘力を認められた者はパーティを形成し付近のmobを狩り、レベル上げとゴールドを集めてもらうことになった。


 戦う気力はあるが、勇気が湧かない者にはNPCが運営する〝冒険者ギルド〟のクエストを受けてもらい、戦闘に参加する決心がつくまで都市内でのおつかいでレベル上げとゴールド稼ぎを行ってもらうことになった。


 先立つものは金だ。

 これさえ得られれば極論〝死ぬことは〟ない。


 彼等にはβテスター時代、攻略サイトを運営していた《ヨリツラ》という男から分かっている範囲の情報をメールにて送信してある。これで彼らの自立の目処が立った。


 なにしろ難民の数が多すぎるのだ。


 まず必要なのは自立できる力と、知恵。


 残る非戦闘民だが、彼らにはメールではなく、ワタルや紋章ギルドのメンバーが避難所となっている施設へ直接赴き、生の声で生きる術を伝えてゆく。


 非戦闘民は心強い存在の真心に安心感を得られるし、紋章ギルドのメンバーは彼らに顔を覚えてもらえる――こうすることで、非戦闘民との繋がりは切れない。どの時代でも、対面での会話というコミュニケーションツールは大きな力を持っていた。



 * * * *



 アリストラス北門で、数人のプレイヤーが揉めていた。


 門を跨いだ外側に立つ三人を、鎧を着た二人が説得している。


「んじゃ、ワタルさんにもよろしく伝えといてよ」

「おいこんな時に競争してる場合じゃないだろう! 協力していかないと生き残れないんだぞ?! おい、戻ってこい!」


 鎧を着たプレイヤーの静止も虚しく、三人は足早にその場を去っていく。


「これで何人目だ……? 全部の門から流れている可能性を考えると、かなりの数が居なくなってるぞ」


 去っていったのは非協力的なβテスターをはじめ、自力でどうにかなる自信を持ったプレイヤー達。最初の混乱で飛び出した者も含めると、その数は既に5000人以上となっている。


 安全であるアリストラスから抜けるメリット――それは足手纏いのお守りからの解放と、プレイヤー密度の低い町での快適な生活、自分の強化、資源の独占、市場の独占、ギルド依頼の競争率の低さなど、挙げ出したらキリがないほどに多い。


 残れば待っているのは非戦闘民の保護や都市周りの警備で、都市を去る者が続出する理由はここにあった。


「またか」

「! アルバさん、すみません……」


 落胆する二人の騎士の背後から、初老男性の渋い声が響く。


 白髪をオールバックにした190cmの体躯を持つ屈強なこの男は《アルバ》といい、紋章ギルドでもトップ3に入る実力者だ。


 余談だが、ここeternityでの稼動当初からの不満点として挙げられていた〝ユーザーの容姿をアバターに反映〟させる機能により、プレイヤー達は現実世界そのままの見た目で存在する。


 見た目に良くも悪くもハンディを背負っている者からの不満は多かったが、運営は最後まで聞く耳を持たなかった――恐らくその頃からこのデスゲームは計画されていたのだろうと、察しのいい人間はそう推測している。


 このアルバというプレイヤーは、若かりし頃にラグビーで鍛えた肉体と、大手食品メーカーの部長にまで上り詰めた自信・人望・会話能力でもって紋章ギルドでも頼られる存在であった。


「全員を最初の都市に留める方が難しいさ。それに、将来的にはエマロの町とカロア城下町への経路も確保して、溢れた人口を分散させる必要もあるだろう」


「まじですか? エマロはともかく、カロアかぁ……」


 アルバの言葉に、騎士二人は複雑そうに顔を見合わせる。


 アイウエオ順の考えでいえば、エマロの町はアリストラス大都市からかなり近い位置に存在し、付近のmobもせいぜいレベル8〜12だ。


 しかしカロア城下町はここからでは相当遠く、βテスト時代では各町に存在する〝転移水晶〟に触れての移動が基本だった程で、加えて付近のmobもレベル15から居る。デスゲームになったこの世界では、かなり危ない橋に思えたのだ。


 とはいえ、二人が考える不安要素もアルバは承知済みだった。


「もちろん十分にレベルと戦闘経験を積んだ者達から順番に、だ。アリストラスの人口が減れば、その分こちらの支援が行き届く。カロア城下町もかなりの面積を誇る拠点だからな。それに――」


 少し言い淀んだ後、アルバは都市を振り返る。


 しばらく続いた混乱もようやく落ち着き、雑貨屋や紋章ギルドの物資から得た食事を取る人々が小さく見えている。


「あの場でワタルが言った物資は、かなり見栄を張った量だ。特別的な金銭収支が無い限り、初期ゴールドをうまく運用しても援助が必要なプレイヤーを1ヶ月以内にかなりの数減らさなければならないだろう」

「そんな……!」


 混乱を収めるため、ワタルは決死の呼びかけをした……しかし、βテスト時代に結束した紋章ギルドのメンバーはたったの14人で、一ヶ月本気で物資を集めていたわけでもなし、倉庫内はそこまで潤沢ではなかった。


 正式稼動――つまりデスゲーム開始日にメンバーに加わったのが2500と数人。短い期間で彼等を鍛え、自立できるプレイヤーを増やし、大きな町に移動させていかなければいずれまた混乱が起こる。


 もし、自分達が難民を御し切れなかった場合、怒りの矛先は紋章ギルド――ひいては大々的に演説をしたワタル個人に向くと、アルバは確信していた。


〝一ヶ月以内に戦闘可能プレイヤーの大多数をエマロの町、もしくはカロア城下町に送る〟これが紋章ギルドの最初の試練となる。


 二人の騎士は不意に、両肩にズシリとした重みを感じた。それは物理的なものではなく、その大きすぎる責任感からくる重圧だった。


「だからここから出て行く手練れのプレイヤーは、無理に引き留めなくていい。どの道紋章ギルド(我々)の勧誘を蹴った時点で協力は期待できないのだから。君達は、自暴自棄になった非戦闘プレイヤーの自殺だけを止めてほしい。いいかな?」


 紋章ギルドのトップに期待されている。

 肩の重みと共に芽生えた責任感に火が付くような感覚に、二人は迷いなく「任せてください!」と、力強く声をあげた。


 それを見たアルバは満足そうに「心強い仲間がいて助かる。任せたよ」と、その場を立ち去った。

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