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 紋章ギルド――料亭〝まるの木〟


 依頼達成の祝杯を上げる第21部隊。

 誠とバーバラは酒を飲み、未成年組はジュースを啜りながら、次々と運ばれて来る魚料理に舌鼓を打っていた。


「俺の奢りだ! 腹は膨れねえが味はある。たーんと食って、どっさりクソして、ぐっすり寝るんだぞお前ら」


「クソとか言うな。そもそも出んわ」


 顔を赤くした誠を、同じく顔を赤くしたバーバラが酒瓶で殴る。


 システムブロックの表示と、砕けた酒瓶がポリゴンを散らして消え去る様が子供達に異様にウケ、飲めや騒げやの空間が出来上がっていた。


 食に関しての満足度の低いeternityであるが、酒はどうかというと酔うことができる。ある種状態異常と同じことなので治癒魔法を使えば即座に酔いは醒めるのだが、《治療(キュア)》が使える聖職者(バーバラ)が物凄いペースで飲んでいるため、アテにできそうにない。


 そして時刻は22:36――


 ショウキチとケットル(お子様達)はそろそろ寝る時間である。

 見れば二人共、箸を持ちながら船を漕ぎはじめている。


「そろそろお(いとま)かしら」


「そうだな。ついつい話しすぎた」


 子供達を見ながら、バーバラと誠が言う。


 ミサキもキョウコと時間を忘れて話し込んでいたためか、時刻を聞いて「もうそんな時間!?」と驚く。自己鍛錬ばかりで落ち着いて人と話すことが無かったせいかもしれない。


 バーバラは目を伏せながらグラスを置いた。


「ミサキちゃんは行くのね。最前線」


 ミサキはグラスの氷を転がしながらどこか遠くを見つめ、小さく頷いた。


「はい……侵攻があった時、何もできなかった自分が悔しくて。だから今回の最前線行きは渡りに船でした」


「そう。第21部隊(うち)に勧誘しようと思ってたのに、残念だわ」


 すみませんと申し訳なさそうに呟くミサキに、いいのいいのと答えながら、一瞬――誠の方を見つめた後、バーバラは再び前を向いてため息を一つ。


「あーあ。これでうちも四人になっちゃうなぁ」


「四人? 五人じゃなくてか?」


「うん、四人。だって誠も行くんでしょ、最前線」


 今度は誠の目をしっかり見て言うバーバラ。

 体を跳ねらせ、誤魔化すように酒を飲む誠。


「……おいおい、酔いすぎだろ。なんで俺が最前線に行く話になってんだ?」


「酔ってなんていないわよ。こっちは《治癒(キュア)》りながら飲んでるんだから」


 しばらく見つめ合う形でいた誠は、吹き出すように笑いながら、残っていた酒を一気に飲み干した。


「酔ってないならクビ勧告かぁ? 寂しい事いうじゃねえの」


「クビとかじゃないわ。決めてるんでしょ、最初から」


 その言葉に、誠の手が止まる。


「侵攻が発生した時『全く力になれなかった。悔しい。次は足を引っ張るんじゃなく貢献したい』って言ってたよね。だから昼間にワタルさんの言葉を聞いて私、あーあ、これでお別れなんだなぁって思ったよ」


 寝息を立てるショウキチとケットルの頭を撫でながら、今度はキョウコが口を開く。


「この子達を放っておけない気持ちはわかります。でも、いつまでも私達のお守りで縛るわけにいきませんよね」


「……」


 口をつぐむ誠。

 バーバラは胸元で光る十字架のネックレスをいじりながら、懐かしむように笑ってみせた。


「これだって、今日の短剣だって戦利品(ドロップアイテム)なんかじゃない……誠が私達のためにお金使ってくれてたの、知ってた。変なお店に通ってた訳じゃないの、知ってた」


「えっ、そうなんですか?!」


 驚きの声を上げるキョウコは、自分の腰に収まった真新しい短剣を見る。


「そうよー。そんな都合よく適正装備ばっかりドロップするわけないでしょう? それにこの人、夜な夜な訓練場で朝まで自己鍛錬してるんだから。なんで娼館に通ってるなんてバカな嘘付いてたのかしらね」


 気まずいのか、乱暴に頭を掻く誠。

 それを聞いてミサキは、あの深夜の轟音は誠さんの訓練音だったのかな――などと考えており、暴露大会となってきた空気に耐えかね誠は「あーもう降参降参」と声量を上げた。


「……お前ら盾役()が居なくなったら依頼受けられないだろ。どうすんだよ」


「あら、こう見えて私顔が効くのよ。アテはあるわ。それに誠が丁寧に鍛えて育ててくれたおかげで、第21部隊の評価はかなり高いんだから」


 ありがとう。と、伝えるバーバラ。

 誠は何かを耐えるように一文字に口を固く結んだ。


「……悪いな、いつも苦労かけて」

「馬鹿、こっちのセリフよ」


 目頭に手を当て小刻みに揺れる誠の肩を、バーバラは優しく抱いた。

 キョウコの瞳にも涙が滲み、嗚咽が聞こえはじめる。


「これ、お返しになるか分かんないけど、今までの苦労賃とこれからの餞別」


 そう言ってバーバラが何かを送ると、誠の元へメールが届く。中には青を基調としたネックレスと指輪、獅子が刻印された両刃の斧(ラブリュス)が並んでいた。


 どちらもレベル36用の装備。

 驚きと戸惑いの表情を見せる誠を見て、バーバラはくすりと笑ってみせた。


料亭(ここ)に来る前に買ってきたの。盾だけ適正装備じゃ格好つかないもんね」


「バーバラ……」


「中途半端な装備でなんて行かせない。必ず生きて、たまに帰ってきてね――この子達もきっと喜ぶわ」


 寝息を立てる二人を愛おしそうに撫でながら、バーバラはミサキに視線を向けた。


「ミサキちゃん。この人があんまり無茶しないように見張りをお願いできる?」


「おい、ショウキチ(子供)みたいな扱いするな!」


「はい、見張っておきます!」


「ちょ、ミサキさーん?」


 笑いに包まれる料亭。

 誠もバーバラもキョウコも、何か吹っ切れたような表情(かお)で、その夜は大いに笑ったのだった。

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