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 しばらく進んだミサキが足を止めたのは、紋章ギルドのホーム内に存在する巨大な〝武具屋〟。


 ここには大勢の生産職プレイヤーが属しており、その全てが紋章のメンバー。メンバーは税収の対象から外れる上、彼らが作る生産品は紋章のメンバーなら安く買うことができるのである。


 向かい側には同じように〝防具屋〟〝装飾品屋〟〝雑貨屋〟〝薬屋〟〝料理屋〟〝宿屋〟などなど、ギルドホーム内で全てが完結できるようにあらゆる施設が揃っていた。


 ミサキの鼻に芳ばしい肉の香りが運ばれてくる。

 ミサキは料理屋の方へと視線を向け、すぐに興味を失ったように歩き出す。


〝五感に働きかける〟も謳い文句だったeternity。料理を食べれば味覚も嗅覚も働くが、プレイヤー達はそれで〝満腹感〟を得る事はできない。


 かといって空腹感も覚えないため、食事という行為は専ら〝簡易的な強化(バフ)効果や娯楽〟の一つとして認識されている。


 飢えや渇きという概念のない世界――

 それが示すのは、ここにいる全員が精神だけの存在であり、プレイヤーの肉体は現実に取り残されているという裏付けにもなっていた。


 とはいえ、疲労感や痛みなどは現実のそれと変わりなく、眠気も普通にやって来る。それについて〝すぐにゲームをクリアさせないためMotherが一手間加えたのだろう〟というのがプレイヤー達の見解であった。


 奥行きのある大型武具屋へと入るミサキ。

 多くのプレイヤーで溢れる店内を見渡しながらパーティーメンバーを表す黄色点が固まる場所へ向かうと、ある武具の前で難しい顔をする男性を囲むように若者達が集まっていた。


「誠、買いだって!」

「しかしだなぁ。俺の娯楽代まで消えるのは……」

「娯楽って、あっちのお店でしょ? 不潔だから辞めてって言ってるのに!」

「まぁまぁ」


 あーだこーだと言い合いをする五人組の後ろから、笑みを作ってミサキが声をかけた。


「第21部隊の皆さん、こんにちは!」


 それに気付いた五人が振り返ると、そこには紋章でワタル、アルバ、フラメに次ぐ〝有名人〟が立っている事に気付いた。


「み、ミサキさん? あえっ、パーティーにミサキさんの名前がある!」


「そうだった、申請許可してたの忘れてたわ」


「誠さんナイス!」


 誠と呼ばれた男性以外の四人はひどく驚いた様子でミサキを見る。ミサキは少し困ったように頭を下げた。


 ミサキの固有スキル〝生命感知〟は、今や紋章メンバーなら誰もが知るほど有名となっており、都市壊滅の危機となった侵攻を早期に発見し侵攻討伐に大きく貢献した内の一人として名前や顔も知れ渡っていた。


 今でこそ魔導結界で安全となったアリストラスだが、毎日自分達が安全に過ごせるのはミサキが見守ってくれているからだ――そう考える者も少なくない。


 その端正な顔立ち含め、天から見守る銀色の弓使いである彼女のことを、密かに〝銀弓の女神(アルテミス)〟と呼ぶ者もいるという。


「何かお探しですか?」


 この反応は一度や二度ではなかったミサキが何食わぬ顔でそう尋ねると、同じ弓使い職であるキョウコが緊張した面持ちでそれに答えた。


「り、リーダーの盾を新調するかって話をしてたんです! 盾は盾役(タンク)に必須ですし、積極的に更新すべきではないかと……」


 弓使い(キョウコ)の言葉を遮るように、中年男性が口を開く。


「その考えは分かるけど、俺だって散財する訳にはいかないのよ」


「だから私達がお金出すからって!」


「ガキ達に借り作るのいーやーなの!」


「だー! もうっ!」


 彼の主張にメンバー達が噛み付いていく。


 盾役はパーティの要――


 盾役は何よりも貴重な存在である。

 デスゲームになった今は、特に。


 LP0=死 であるこの世界における盾役は、最も死に近い存在といえるだろう。盾役は敵からの攻撃を一手に引き受ける役目であるし、複数の敵や巨大な敵から〝直接殴られる〟という精神的苦痛も他の職の比ではない。


 たとえステータスが誰より高くとも、一撃受けたら死の危険がある後衛職より、常に殴られる盾役は最も死にやすいイメージが強い。


 しかし――

 盾役が居なければパーティは成立しない。


 紋章所属のプレイヤー総数は、今や4000名を超えているのに、戦闘部隊が僅か40に留まっているのにはここに理由があった。


 事実、紋章だけに限らず、デスゲームに伴う盾役の減少はプレイヤーの中でも大きな問題・課題となっている。


 かといって、最も死に近い盾役への転向を強要するのも人道に反するし、しかしそんな役割を自分達は担いたくない――盾役の減少は、ある種必然といえた。


 そんな中で盾役を続ける誠というプレイヤーは、休日は娼館に通うという素行に目を瞑れば、年の差を感じさせないムードメーカーでパーティからの信頼も厚い存在。


 そして誠は、あの侵攻に参加していた数少ないメンバーの一人でもあるのだった。

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