005
巨大な世界地図型の机を囲うように、ずらりと並べられた七つの椅子。そのうちの一つ、真新しい椅子に腰掛けた修太郎は居心地の悪さを感じていた。
「ダンジョン生成……聞いたことがありませんね」
机を挟んだ正面に座る
意図していなかったとはいえ、六人が暮らす城ごと勝手に支配下においてしまった修太郎。せめてもの誠意として、三人に自分の使ったスキルについてを話したのだ。
「確かにここは地下ですが……主様、この地図上のどの場所で、そのスキルを使用されましたか?」
隣に座る
修太郎は立ち上がり、広大な世界地図を眺める。
かつて
βテスターが一ヶ月で開拓できたエリアは、スタート地点である大都市アリストラスから始まり、イリアナ坑道、ウル水門、エマロの町、オルスロット修道院、カロア城下町、キレン墓地、クリシラ遺跡、ケンロン大空洞の十箇所だったはず――余談だが、修太郎は好きな分野なら記憶力がいいと、この時初めて自覚したという。
初期に考察されていたのが、eternityの主要マップはどうやら〝アイウエオ順〟で名前が付けられており〝ン〟に近いほど、初期地点からは遠いエリア――高難易度エリアと考えられていた。
攻略掲示板ではそれについて〝合理的といえば合理的だが考え方が安直すぎる〟と、現代技術の結晶であるmother AIを
「
やっと見つけたアリストラスを指差しながら、修太郎は三人の反応を伺う。
修太郎は三人を警戒していたから、恐らく未だに沢山のプレイヤーで溢れているであろう場所を〝初期地点〟とは教えなかった。膨大な量の人命を、自分が握ってしまっているように感じていたから。
「アリストラス、か」
「う、嘘じゃないよ?」
ちょっとした小細工をしただけに、気が弱くなっていた修太郎は分かりやすく動揺してみせる。それでもセオドールには深く追求する様子はなく、ある一箇所を指差した。
「ここが魔境ロス・マオラ。この最深部に、我々のいるロス・マオラ城が存在する。ここからアリストラスとなると――」
そのまま、指をスイィーと動かし、ずいぶん進んだ先でピタリと止めた。
地図の端から端ほどの距離がある。
「遠すぎる」
そう言って、セオドールは修太郎を見た。
黄金の瞳は全てを見透かしているようで、本当に嘘を言っていない修太郎だったが、反射的に謝りたい衝動に駆られていた。
誰も知らない真実はこうだ。
デスゲーム開始のタイミングと修太郎がスキルを発動したタイミングは、コンマ1秒の狂いもなく一緒だった。その結果、大規模なマップ変動による座標の乱れが起き、将来的に実装される予定の未実装マップ――ロス・マオラ城と繋がってしまったのである。
もちろんそれは修太郎にも、魔王達にも、全てを仕組んだmother AIにさえ予想できなかった事態であった。
「主様のスキル概要と食い違ってはいますが、事実、ロス・マオラの我々とアリストラスの主様は出会った。それにシルヴィアが感じた強い力の気配も、今回の件と何か関係するのかもしれません」
取り繕う形でエルロードが補足し、分厚い白紙の本を開く。
「主様、そのダンジョン生成という固有スキルは、他にどんなことができますか?」
三人から視線が集まり、素直な修太郎はメニュー画面からスキルを呼び出し、初めて使う〝ダンジョンメニュー〟という欄を開いた。
所持ポイント:1000 P
○開拓
○建築
○召喚
修太郎はその中の建築・召喚なら、即効性があり見せ物的に効果がありそうだと判断し、建築の欄から1ポイントを使って〝岩〟を取り出す。
ズゴン!!!
物凄い音と共に、椅子一つを吹き飛ばして床から岩が生えてきた。
落下の衝撃でグシャリと砕ける椅子。
修太郎は操作した指もそのままに固まっている。
「ただの土属性魔法?」
「いえ、これはすごいですね……!」
胡散臭そうにするバンピーとは対照的に、エルロードは感動したように岩を見ている。
障害物は文字通り、ダンジョン内に障害物を作るだけを目的とした項目で、道を塞ぐ以外の特別な効果が無いためポイントは少ない。ちなみに1000Pは最初に必ずもらえるものである。
「バンピー。この城は家具含めた全てが〝コジッド鉱石〟で造られ、一切の魔法・スキルは干渉できません」
「! そうだった」
白紙の本に何かを書き込むエルロードと、妙に納得したように岩を見つめるバンピー。
障害物の消し方が分からない上に、誰かの大事な椅子を破壊してあたふたする修太郎の前で、セオドールが背中の大剣を抜いた。
細かい装飾の施された、禍々しい刀身。
刀身からは黒の湯気のようなものが立ち込めており、妖しく光っているようにも見えた。
「ひっ……!」
死。そう考える間もなく轟く斬撃音と共に、粉々に切り刻まれた岩が崩れ――椅子の形だけが綺麗に残っていた。
セオドールは満足そうに自分の席に腰を下ろす。
単に椅子を彫刻しただけだったようだ。
「主様、他にはありますか?」
「えっ、あっ、はぁ」
エルロードの声で我に帰り、止まっていた指を動かして、今度は召喚の項目を選ぶ。
○スライム Lv.001 [5P]初回無料!
○
○
○
一番上にいるスライムが最初に呼び出せるmobなんだなと把握する修太郎。実にRPGらしい、最初のmobともいえる。
ダンジョン生成は世にも珍しいスキルであり、その目的はダンジョンに迷い込んだ生物を、配置したmobや罠を用いて殺し、経験値とポイントを得て巨大化していくことにある。
最初こそ設置できるのは頼りないスライムや罠だが、数をこなして屍を増やしていくにつれ様々な物が解放され、より攻略困難なダンジョンへと成長していくのだ。
しかし、スキル所持者が討たれるとダンジョンは崩壊しポイントも拠点も初めからになってしまうため、デスゲーム化した現在の環境では、初期のセキュリティで敵を待ち構えるにはあまりにリスクが高く、死にスキルといっても過言ではない。
修太郎は何気なしに下へとスクロールしていく。
召喚可能なmobが上詰めではなく名前順に存在している可能性を考慮しての行動だったが――一番下まで来たとき、彼は有り得ない欄を目にする事となる。
○
○
○エルロード Lv.120 [0P]
○ガララス Lv.120 [0P]
○シルヴィア Lv.120 [0P]
○セオドール Lv.120 [0P]
○バートランド Lv.120 [0P]
○バンピー Lv.120 [0P]
「ひゃくに……!?」
動揺が声に出てしまい、慌てて口を押さえる修太郎。
愛読していた攻略サイトでも、eternityのレベル格差は過去のゲーム群と比べても異常といえるほど大きいとあったのを思い出す。
たとえばレベル10のプレイヤーが十人とレベル20のプレイヤーが一人では、レベル20のプレイヤーの圧勝となる。
その上、レベルを上げるための要求経験値量もかなり多く、職業によって左右されるが、トッププレイヤーでも最終日をまるまる一日費やしても40から上がらなかったという。
デュラハンを例にしてみても、レベル30のboss mobな上に不死属性を持っているため、少なくともレベル31以上のパーティ且つ、半数は弱点属性持ちでなければ勝負にならないとされている。
100人しかいないβテスターでその条件を満たしつつ、パーティ上限の六人を集めなければならない――攻略がキレン墓地のデュラハンを皮切りに滞り、その後二つのエリアまでしか開拓されなかったのは必然とも言えた。
修太郎は無言でスライムを選択、召喚する。最初の召喚は初回ボーナス特典として無料らしく、ポイントは減っていない。
小さな青の魔法陣が現れたと同時に魔法陣はゆっくりと回転、そして中心に現れた半透明の物体が元気よく動き出した。
三人の魔王がそのスライムを覗き込む。
「一般的なスライムですね」
「でもこの子、主様と同じように私の固有スキルが効いていない」
修太郎は、現れたスライムを愛でる事で現実逃避をしている。スライムも主に撫でられご満悦のようで、ゲル状の体を踊らせていた。