<< 前へ次へ >>  更新
48/159

048 s

ミサキ編全10話構成です

第57話までミサキの話が続きます


 修太郎が紋章ギルドに来る一日前――


 キリリという張り詰めた音が、無人の訓練場に響き渡る。つがえた矢を頬につけるように引いた刹那――射抜かれた案山子(かかし)が、光の粒子を散らして爆散する。


 その矢は確かに、人型を模した案山子の眉間部分を貫いていた。矢を射た彼女(・・)もまたそれを弓越しに確認していたようで、安堵の表情と共に矢を放った後の形(残心)を解く。


「ふぅ」


 時刻は夜中の3:15


 遠くから運ばれてくるNPC達の酒盛りの音を聞きながら、ミサキは大きく息を吐いた――


 大都市アリストラスのプレイヤー達が、キング・ゴブリンが率いる侵攻という大きな脅威を乗り越えてから一ヶ月が経っていた。


 都市内はあの日から今日まで、平和そのもの。

 まるでここが単なるゲームの世界(・・・・・・・・・)に戻ったかのようで、塞ぎ込んでいた非戦闘民達にも笑顔を見せる余裕が出てきていた。


 石造りの訓練所の隅に正座しながら、弓と矢を前に並べ、その一つ一つを丁寧に拭いてゆく。


 本来電子の塊であるアイテムは、消耗すれば修復こそ必要だが布で拭くなどの手入れなどは不要である(耐久値の概念はある)。しかし、彼女がそれを知った所で今の習慣(・・)を止めないだろう。


(鍛錬を怠らない。日々の努力の積み重ね)


 目の前に並ぶ銀色の弓と矢は、恩人から譲り受けたミサキにとって命の次に大切なもの。ミサキはあの日から今日まで、感謝の気持ちを込めて毎日武器の手入れを欠かさなかった。


 ドンッ――! 

 別の部屋から気合いの声と共に轟音が響く。

 夜中にも関わらず、ミサキの他にも誰かが鍛錬しているようだった。


(私も負けてられないな)


 一頻り終わると仮想空間(インベントリ)にそれらをしまい、今度は腰に帯刀された短剣を抜きながら、案山子の前へ進む。


「ふッ――!」


 連続で繰り出される体術。

 狙いこそ人間の急所と言われる場所だが、まだまだ修練が足りないのか、精度の甘い拳と蹴りが繰り返される。


 続いて短剣を交えた体術に切り替える。

 短剣が切りつけた場所は鋭く抉れ、抉れた場所からは光の粒子がこぼれ出ている。


 一息の連続攻撃――

 最後に心臓部へと短剣が突き立てられると、案山子は光を放って砕け散った。


 ミサキはしばらくそこで呼吸を正し、同じようにして短剣の手入れを済ませて訓練所から出た。


(……異常、ナシ)


 ミサキの生命感知には、壁の外にある無数の赤い点と内側にある多くの青い点しか(・・)反応していない。もちろん、赤い点の塊は発生していない。


 アリストラスは夜の闇に包まれている。

 ぐるりと囲む城壁と、その城壁を包み込むように薄緑色の膜――魔導結界が今日も都市の安全を守っている。


 最近ではフラメが急ぎで強化したNPCのレベルも上がり、都市内の治安維持に努めている。都市内部でのプレイヤー達の窃盗等の犯罪も抑制されており、本当の意味での安全が確立されようとしていた。


 さらには、税金制度のおかげで紋章ギルドに入ってくるゴールドも膨大な額となっており、少なくとも数週間先の魔導結界まで滞りなく発動できるようになっていた。


(今日は討伐部隊に参加してみようかな)


 案山子を殴ってるだけではダメだ。

 生きた(・・・)相手と戦わなければ。


 そう考えながら、日課の鍛錬を終えたミサキは宿屋に向かい、しばしの睡眠を取るのであった。


 

注意 時系列が入り混じります!


並べ替えると


修太郎とエルロードが外界進出→修太郎修行中=ミサキの話→修太郎紋章に来る


となります

<< 前へ次へ >>目次  更新