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 隣の建物へと向かう修太郎。


 中からはスキルが発動する音や金属音が飛び交っており、修太郎が圧倒されている間にも武装したプレイヤー達がぞろぞろと入っていくのが見える。


 全員が全員、知らない大人たち。


(バートに鍛えてもらったし、大丈夫……だよね)


 不安からプニ夫を抱きしめようとし――両手が虚空を掴む。


 修太郎は寂しそうに俯いた。

 もはや癖となっていたプニ夫への抱擁。


 しかし、今この場にプニ夫はおろか魔王達もいない。

 修太郎は久しく感じていなかった孤独感に襲われていた。


(ずっと皆がそばにいてくれたから今までやってこれたんだ。帰るまえに何かお土産でも買っていこうかな)


 魔王達へ感謝の気持ちを抱きながら、扉に手をかける。

 訓練場から差し込む光が、決意の籠もった修太郎の表情(かお)を照らした。



 * * * *



 紋章ギルドの訓練場――


 ここでは仮想敵を想定した〝対魔物部屋〟や、案山子を相手にスキルや攻撃を鍛える〝訓練部屋〟、安全にPvPを行える〝対人戦闘部屋〟などがあり、特に非戦闘民から戦闘民に変わる際、この施設での慣らし運転は義務となっている。


 紋章ギルドは特に修太郎のような〝依頼初参加〟のプレイヤーの訓練場送りを徹底しており、戦闘指南役による執拗なまでの戦闘訓練のお陰で、フィールドで命を落とすプレイヤーは激減していた。


(広いなぁ……指南役の人どこだろう)


 恐る恐るといった様子で進む修太郎。


 内部構造は落ち着きのある石材を基調とした建物といった造りで、ずらりと並んだガラス張りの部屋で多くのプレイヤーが剣に槍にを振るっている。


「アナタが修太郎ちゃん?」


 修太郎が困っていると後ろから声が掛かった。

 振り返るとそこに、鈍色の鎧を着たガタイの良い男性が立っていた。


「そうだよ! ええと、指南役さん?」


「ええそうよ。私はキャンディー」


「僕は修太郎!」


 顔に施された濃いめの化粧。

 鍛え抜かれた肉体にボリュームのある金色の髪。


 ひと目見ただけでも〝その手の人〟だと分かる風体をしたキャンディーと名乗る男性(・・)は、修太郎をしばらく観察した後、満足そうに笑みを浮かべた。


「直接見たら聞いていた以上に〝格〟があるわね。アナタ、レベル31ってだけじゃないんじゃないの?」


 キャンディーはごつごつした顎を撫でながら「どうなの?」と、修太郎にズイと顔を近づける。


「格?」


「ええ、分かりやすく言うと〝強そうな感じ〟かしら。それをすごく感じる」


「え、そんな事わかるんだ! キャンディーすごいね!」


「まあスキルとか魔法じゃないわ。オカマの勘ね」


 修太郎に褒められ得意げに澄ますキャンディー。


 実際、このキャンディーに限らず勘の鋭いプレイヤーには相対する者が同格かどうかなど、パラメータから滲み出た〝格〟と形容される不可視の情報を見抜く者もいた。それは、格闘経験者だとか有段者が互いがどれほど〝できる〟のか分かるのと同じようなものであった。


 修太郎は単純に「オカマさんってすごいんだな」と考えていた。


 死の可能性がある外へ出せるかどうかプレイヤーを厳しく見極める目を持ち、尚且つ緊張を解くという目的もあり、キッドが死んだため(空いていた席)キャンディー()が抜擢された。


 キャンディー自身もレベル35のトップレベルであり、実力も折り紙付きである。


「ごめんなさいね無駄話しちゃって。これから修太郎ちゃんの戦闘熟練度を測るから、最初この部屋に入ってちょうだい」


「よろしくお願いします!」


「元気いいわね、そういう子大好きっ!」


 ウインクするキャンディーに誘導され、修太郎は近くの部屋へと入る。


 そこには人の形を模した案山子が佇んでおり、修太郎はキャンディーを振り返った。


「とりあえず案山子のLPが無くなるまで、好きに攻撃していいわ。スキルも使っていいけど、固有スキルを隠しておきたい時は無理に使わなくていいからね」


「わかりました!」


 そう言って、剣を抜く修太郎。

 鍔の無い肉薄の刃が妖しく光る。


 固有スキルはいわば〝最重要な個人情報〟でもあるため、紋章に所属するプレイヤーの中でも守秘する者は多い。キャンディーは吹聴する人間ではないが、むしろ経験上、この場が見せ場(アピールタイム)だとばかりに無用心に固有スキルをひけらかす者も多かったため、その予防も兼ねた注意喚起でもあった。


(あの剣も相当なモノ(・・)ね。β時代に流行った盗賊ゴブリン狩り(運試し)で手に入った物かボスドロップか、それとも――)


 冷静に分析するキャンディーを尻目に、修太郎が案山子との距離を一気に詰めた。


「《三連撃》」


 刃が赤色に眩く光る――

 体を捻らせた遠心力により豪速で叩き込まれた剣が、案山子を二度ほど斬りつけた所で案山子(目標)を失ってピタリと止まる。


「あれ、どこいった?」


 困惑した表情で辺りを見渡す修太郎。

 キャンディーは額に汗が流れるのを感じた。


(二撃で突破した!? 筋力(STR)特化? それとも装備性能? いや、それよりも……)


「し、修太郎ちゃん。アナタ〝スキルアシスト〟切ってるの?!」


「? はい。その方が自由度? が高くなるので」


 修太郎はバートランドに教わった事をそのまま返す事で回答とした。汗を拭うキャンディー。


(スキルに使われず、使いこなしてる(・・・・・・・)だなんて天才じゃない!)


 スキルアシストは主に攻撃スキルに備わっている〝自動の基本操作〟のようなもの。つまりは本人の意思を必要とせず、スキルによって決められた動きを体が辿って動いてくれる機能のことである。


 攻撃スキルの類は目の前に敵が居ればほぼ成立し、動作中は別のことを考えられるため次の一手を構築しやすいというメリットがある。加えて、戦闘経験のないプレイヤーでも達人のような動きが行えるメリットもある。


 しかし、当然デメリットも存在する。

 スキル発動中に柔軟な対応ができないのだ。


 たとえば盾役タンクが攻撃を受ける直前にカウンター系スキルを使えば、後は武器や体が勝手に動いて処理してくれる。しかしこの場合、相手が〝生きた動き〟をしていた時――相手が攻撃を辞めたり〝溜めた〟場合、不発で終わることがある。


 その点、修太郎のようにシステム側のアシストを切ったスキルはどう動くかというと〝本人の意思や動き〟に沿って動くのである。


 たとえば今回のように、鋭い刃で敵を三回斬り付ける《三連撃》の使用中にmobが倒された場合、残った攻撃を〝溜め〟近くの別のmobに叩き込む事もできる。


 しかしこれは大前提として、そのスキルの性質(動き)をきちんと理解し実行できる技術が無いと発動しない。


 もちろん溜めておける時間はほんの数秒程ではあるが、特に戦局が一瞬で変わる対人戦などでは、この数秒が本当に貴重なのだった。


(この子、逸材だわ――)


 生唾を飲み込むキャンディー。

 修太郎の剣は光を失い、元の白銀へと変わっていた。

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