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004

 


 少女に続くように景色が流れ、修太郎はお姫様抱っこの状態で床を踏み締める金属音を聞いていた。


 扉を抜け、廊下に出る。


 建物内は外の景色を見た修太郎の想像した通りに広く、美しい絨毯がはるか先まで伸び、規則正しく燭台が並んでいる。


(たしかデュラハンってキレン墓地のboss mobって攻略記事に載ってたなぁ)


 修太郎は死んだフリをしていた。

 重厚で巨大な建物、徘徊する化け物達、なによりboss mobを従える少女からの脱出は不可能だと判断したのだ。


 薄汚れた黄金鎧の首なしの騎士は進む。


 修太郎の考察通り、デュラハンは大都市アリストラスのはるか北に位置するキレン墓地に存在するエリアボスで、平均レベル30のパーティ(6人1組)で挑戦可能な不死属性のmobである。


 属性にはオーソドックスな火、水、土、風、光、闇の他に、木、氷、聖、不死が存在する。不死属性のmobは火属性、或いは聖属性の攻撃でしか倒せない厄介な存在。


 また、mobにはそれとは別に〝boss特性〟というものが存在し、boss特性持ちのmobは同レベル以下からのあらゆる攻撃が半減される、とんでもない特殊耐久力が備わっているため、多くのプレイヤーから敬遠の対象となっていた。


 mobを従えられる職業はサモナー系、テイマー系、シャーマン系とあるが、1ヶ月のβテスト期間中、boss mobを従えられたプレイヤーは一人として存在しておらず――記事を読み漁っていた修太郎には、この少女の特異性(・・・)がよく分かっていた。


 デュラハンを従えられる存在で、強さが《MAG(魔力)》依存のサモナー系であるはずの彼女が大斧を投げ飛ばすほどの《STR(筋力)》を持つとなれば、相当高レベルなmobということになる。


 逃走できない今、修太郎にできることは殺されないようにお利口に連れて行かれるくらいだった。


「エルロード、入るね」


「ええ。セオドールにも来てもらっています」


 扉越しの簡単なやり取りの後、重厚な扉が音を立てて開かれてゆき、視界いっぱいに本棚に囲まれた空間が広がった。


 そして赤の絨毯が伸びた先、数段の階段を超え、玉座が鎮座している。


 この部屋も途方もなく広い。


(すごい――学校の図書館以上に本がある)


 非常に狭い世界の知識で驚く修太郎。

 若さゆえに彼は世間をあまり知らない。


 部屋の中には黒髪の騎士が背を向ける形で立っており、顔だけを動かし修太郎を観察している。


 質の固そうな黒い髪に、金の瞳。

 見た目から30歳くらいだろう。鋭い眼光と、右目を抉るような傷跡、そして美しい彫刻のされた銀色の鎧。彼もまた少女と同等以上の覇気を纏っており、背中に携えた巨大な剣を見た修太郎は無条件の寒気を感じていた。


「ようこそ。ではこちらに……」


 玉座に座っていた執事服の男が立ち上がった。


 こちらは20そこそこの見た目の美男子で、白い肌と青の髪、赤の瞳を持っていた。


 少女や騎士のような針で刺すような覇気を感じない事に、修太郎は少し安堵の表情を浮かべた――のも束の間、執事服の男とデュラハンが交差し、修太郎はボスンと玉座に座らされた。


「え?」


 役目を終えたデュラハンは扉の前まで戻ってゆく。

 修太郎が状況を掴めずにいる中、黒髪の騎士は不服そうに口を開く。


「立証されたのか?」


「うん、残念ながら」


「そうか」


 白の少女がそれに答えると、黒髪の騎士は腕を組み、再び沈黙した。

 執事服の男が修太郎に説明する。


「訳が分からないといった表情ですね。無理もありませんが、我々もまだ全てを把握できたわけではありません」


「は、はぁ……」


「まずはお互いに自己紹介でも、いかがですか?」


 執事服の男は終始笑顔で、修太郎はそれがたまらなく不気味に思えた。修太郎の沈黙を肯定とみなしたのか、ゆったりとした紳士のお辞儀と共に執事服の男が続ける。


「私はロス・マオラ王城 第一位魔王 エルロード」


 修太郎は眉間にしわを寄せ、耳をほじった。

 なにやら不吉な言葉が聞こえた気がしたから。

 詰まっていた何かが取れた気がして、安心した修太郎は再び聞く体制になる。


「白い少女は第二位魔王バンピー。黒髪の彼が第五位魔王セオドールです。他にも三人の魔王が在住しておりますが、私の一存でここには呼んでおりません。どうかご理解を……」


「まって! 魔王、って?」


 黙っていれば執事服の男――エルロードが淡々と進めてしまいそうだからと、修太郎は勇気を振り絞って会話を切った。今回は大斧がいきなり飛んできたり、化物に囲まれたりもしない。


「? 魔王とはつまり〝魔を宿す種族達の王〟を指しますが……この城に在住する全員が別々の種族の王であるため、全員が魔王を名乗っています」


 エルロードは修太郎の質問の意図がよく分からなかったが、自己紹介の延長としてそう付け加えた。


 白の少女(バンピー)黒髪の騎士(セオドール)は、黙って二人の会話を聞いている。


「ええと、なんでその魔王様達を差し置いて、僕がここに座ってるの?」


 魔がついていても相手は王様で、見たところ少女以外は自分より年上だから自分が見下ろす形はおかしい――修太郎はそう考えていた。


「それは、貴方が我々の(あるじ)であるから、と、お答えするほかありません」


 修太郎は眉間にしわを寄せ、耳をほじった。

 今度は耳くそが取れなかった。


「その考えに至った理由についてですが、〝死門〟が開門されていない事を鑑みるに、貴方は唯一の出入り口を無視してこの場にいることになります。ここへはあの門をくぐらぬかぎり来れません。貴方と同時に現れた天の穴さえなければ、ここは完全に閉鎖された空間でしたから」


 表情一つ変えないエルロードがつらつらと語る内容に、修太郎は確かに心当たりがあった。


 初めて目を覚ました時に、空に見た小さな月――あれが月ではなく、ポッカリ空いた穴で、外部からの光が射し込んでいたなら。


 あの時に使用したスキル、ダンジョン生成によって空けられた穴なら……そう考えていた。


 死門については、先ほど空中で建物の外を眺めた時に見つけたアレかなという程度だったが。


「それに、我々の固有スキル、魔法、物理的な攻撃でさえ貴方は無効化してみせました。レベル100を超える我々の攻撃を、昏睡状態で全て防いだ――と、考えるよりも合点がいく可能性。そこの首無し公がそうであるように、我々が貴方の〝眷属関係〟にあるなら全て合致します」


 βテスターがこの場にいたら卒倒する程の情報が飛び出しているが、すでに情報過多な修太郎の耳には残らない。


 修太郎は不安げな表情でメニュー画面からスキルを表示し、再度その説明を読んでいた。


《ダンジョン生成:使用した場所の地下にダンジョンを生成する。生成中、稀に、宝物を得ることがある》


(仮に――もし仮に、あの木の地下にこの場所が存在していたら。建物をダンジョンの延長と判断されたのか、宝と判断したのかは分からないけど……)


 可能性はある、と、結論付けた。

 小心者の修太郎は一気に顔が青くなる。


「これより我らは貴方に従い、盾となり矛となる事を誓います――我らが王よ」


 三人は、不気味な部屋で化け物達がしてみせたように、片膝をついて頭を下げたのだった。


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