028 s
気まずそうに額を掻く修太郎。
「戦力的に心配ないことが伝わったなら、次の分かれ道で二手に分かれた方がいいと思うんだけど、どうかな?」
そう言いながら、苦笑を浮かべる。
もちろんその表情は黒い甲冑に阻まれている。
侵攻の手助けと人命救助。
二手に分かれれば被害を抑えられる。
悩むミサキを他所に、修太郎達は〝念話〟を使って会話を始めた。
『二人のうちどちらかに、ミサキさんの警護を頼みたいんだけど、大丈夫?』
『無論です。主様の
そう答えるバンピーと、無言で頷くセオドール。
ミサキにこの〝念話〟による会話は聞こえていない。
念話とは、従属関係にある者同士が離れていても会話する事ができる便利機能。
特に、修太郎は他のプレイヤーがいる前ではダンジョンの話などできないわけで、不要に情報を漏らさないためにはかなり有用といえる。
これは〝人型種族を二体以上配下に加える〟の達成報酬で得たもので、本来は年月が経つにつれ巨大化するダンジョン内でのコミュニケーションツールとして活躍するものだった。
『ならセオドールはミサキさんを守ってほしい。僕とバンピーでキング・ゴブリン討伐の手伝いにいこう!』
修太郎は心の中で「この場合、大人の男性に守られるのと、同性の子に守られるのってどっちが安心できるんだろう」などと考えたのち、ある理由からセオドールに決めた。
修太郎直々の頼みとあって、不満な様子はなく頷くセオドールは『承知した』と答えた。
実のところ、修太郎はバンピーに斧を投げつけられ殺されそうになった過去もあり、そういう意味でも現時点で一番紳士的に接してくれているセオドールに頼みたかった……という背景もあった。
しばらく進むと、ミサキの地図に分岐点が現れた。
右へ行けば集落の場所。
左へ行けば青点の場所。
「それじゃあ僕らは加勢に向かうよ。頼んだよセオドール。ミサキさんもどうか無理はしないでね」
手を振りながら右の道へと向かう修太郎。
バンピーは短く一礼すると、その後を追うように足を進める。
「あのっ……!」
ミサキの声に、修太郎が振り返る。
事態は一刻一秒を争うのは百も承知で、それでもミサキは、見返りも求めない聖人のような黒騎士に精一杯のお礼を言いたかった――しかし、口から出た言葉は
「また会えますか!!」
だった。
なぜ自分は彼にこれ以上の迷惑を掛けようとしているだろう――自然と出たその言葉にミサキは思わず口を塞ぐ。
「もちろん!」
元気よくそう答えた修太郎は、手を振りながら再び歩き出した。
* * * *
紋章ギルドは窮地に立たされていた。
キング・ゴブリンの猛攻が止まらない。
前線に上がっていた
「第二部隊のNPCは全滅、湧く速度が撃退速度を上回ってきてます!」
「こっちは武器の耐久値が0に近い! 誰か予備の片手剣を持ってる奴はいないか!?」
「いだいいい足が、俺の足がぁぁ!!」
(あちこちから救援要請が来てる――! 私達の部隊も死者こそ居ないけどギリギリ……隙を見て第三階位魔法で一掃するつもりが、とてもそんな余裕は……!)
血と汗と土汚れに塗れながら、フラメは阿鼻叫喚と化している戦場を見渡す。
皆が満身創痍。
一人は片足を失っており、彼の元へは
随分前から呼びかけに応答がない。
彼が生き残らなければ、現状でアリストラスにキングを抑えうるプレイヤーは存在しない。撤退し、再起を促すためにも彼の生還は必要不可欠だったが、既に意識を失い本能のみで戦うワタルにその声は届かない。
回復に向かおうにも近付けない。
ワタルは戦場で孤立していた。
「撤退しながら各隊固まってA地点の小道に向かえ! 殿は俺が務める!」
絶望に包まれていた戦場に檄が飛ぶ。
大剣を杖にふらついた足取りで立つアルバだ。
フラメは必死に叫んだ。
「でも、でもワタルさんがまだ!」
「都市内まで撤退するわけじゃない。俺はこのまま小道の入り口で足止めをする。皆は坑道の外まで撤退してくれ。フラメはありったけの回復薬を持って迂回しながらワタルの後ろの道に出てくれ。黒馬を使えば二人で乗っても逃げ切れるはずだ」
「わ、わかりました!」
そう言ってアルバは黒馬を呼び出した。
力強く嘶く黒馬の手綱を、フラメはしっかり握る。
広間を伝ってワタルと合流するには数が多すぎるのと、
LPが65%にまで削れた時、キングの行動ルーチンが変わった。得物も巨大な槌に持ち替えており、その暴風のような槌の暴力の範囲は、仲間であるはずのゴブリンすら寄せつけない
ワタルは虚な目で槌だけを受け流す。
じりじりと減る彼のLPは30%を割っている。
「でもそれじゃあアルバさんが!」
「なあに、
アルバの目に覚悟の色を見たフラメ。
彼女は涙を必死に耐えながら、アルバの横をすり抜ける形で満身創痍の討伐隊を率いて撤退してゆく。
アルバは自分に《防御壁》《鋼の体》《筋力強化》のスキルを重ね掛けし、最後尾のプレイヤーとすれ違う――そして追いかけるゴブリンの群れに《挑発》を浴びせ、大剣を肩に担いだ。
「ここから先は一歩も通さん」
* * * *
修太郎とバンピーは広間の戦況を確認する。
遠目から見る限り、プレイヤー達が撤退を始め、一人の男が殿を務めているようだった。そしてキング・ゴブリンを一人で抑えている男は、既に限界を超えている様子が見て取れた。
「僕らはどっちの手助けを――」
「主様。私は主様に謝らねばならないことがあります」
改まったようにバンピーが語り出す。
修太郎はそれを黙って聞いていた。
「私はアンデッドの王。中でも最上位種である〝死族〟の王です」
絶対に伝えたくなかった秘密を打ち明けるような、そんな表情、声色。
バンピーの
「私は存在するだけで〝死〟を振りまく。私の固有スキル〝終焉〟は、一定範囲内にいる私よりも弱い対象の命を即座に奪う効果があります」
修太郎の顔が衝撃に染まった。
しかしバンピーからはそれが見えない。
バンピーは懺悔するように続ける。
「そして〝終焉〟を持つ者が対象に触れた時、あるいは触れられた時、数秒の接触があれば同レベルの存在をも死に至らしめる事ができます――なぜ今、私がこれを打ち明けたのか分かりますか」
〝なぜここに……〟
〝ッ! そうだ、大変なんだよ! ログアウトが、ログアウトができないんだ!!〟
「貴方様がロス・マオラ城にやって来た日、私は生まれて初めて、生あるものに体を触れられました。しかし、貴方様は生きていた」
修太郎は反射的に右手を見ていた。
それもそのはず。だって修太郎は……
〝主様。私のわがままを聞いていただけますか?〟
あの日のバンピーの顔が蘇る。
「ヒトが持つ温もりに、触れました。その後私は貴方様を〝殺すため〟貴方様の手をとりました。しかし、そのどちらでも主様に、我々に終焉が訪れることはなかった」
〝その、なんともありませんか?〟
〝え? うーんと、小さい手だね〟
〝そうですか〟
あの時、彼女は死のうとしたんだ。
その事実を知った修太郎は、それでも黙って聞いていた。自分が殺されそうになったというのに、修太郎はなぜか嫌悪感も恐怖心も何も感じていなかったから。
「私はもう、これ以上の生を望んでいませんでした。他種族を下に見て野心を身に宿す他の魔王達にも、ただ混沌と破壊だけが続く私の世界にも……全て終わらせたい、日々そう願っていました。主様を殺せば、我々もまた死に至る。不死である私も死ぬことができる。それは私にとってなによりの喜びでした」
〝これを破壊するだけで――〟
〝いやいや、破壊しちゃダメなんだって〟
「だから僕と手を握りたがったり、ダンジョンコアを破壊するみたいな事を言ってたんだね」
修太郎の言葉に、バンピーはコクリと頷いた。
「主様は氷のように冷たい私に温もりを教えてくれた。世界に意味を与えてくれた。私は偉大な主様に心酔していくと同時に、過去の償いきれない過ちが大きくなってゆくのを感じました――貴方様が望むなら、私は何でもします。それが自らの命を断つ命令だとしても、私は喜んで差し出すでしょう」
修太郎は鎧の変形を解いた。
プニ夫を腕に抱く形に戻し、素顔を見せる。
微笑む修太郎を見て、再び胸が締め付けられるバンピー。
「そんなお願いはしないよ」
「ですが――!」
「僕のお願いは今のところふたつだけ」
指をふたつ立てて、修太郎は続ける。
「
慌てて3つ目の指を立て「あはは、カッコつけたのに3つあった」と呟く修太郎。
バンピーは救われたような――満足そうな顔で頷くと、 mobが蔓延る広間に躍り出た。
敵を殲滅し、主様の仲間を助け出す。
そのためには、
一度たりとも望まなかった、何かを〝助ける力〟
主様に応えるには、このままでいいわけがない。
およそ数百年変わらなかったバンピーの固有スキルは、強い想いに呼応し〝昇華〟する。
白の少女が舞う――
それはまるで天使のようで、夥しい数が居たゴブリン達の体が崩れ、光の粒子を散らして消えてゆく。
白の少女が舞う――
それはまるで悪魔のようで、猛威を奮っていたキング・ゴブリンもまた膝をつき、燃え尽きた紙屑のように崩れ去る。
彼女の終焉は目の届く範囲全てに及ぶ。
彼女が死を望んだ者は崩れ、光の塵と化す。
キングと対峙するワタルが
彼の命の炎は、未だ微かに燃え続けている。
安らかに眠るように粒子となる小人達。
それらは光の鱗粉を散らしながら、
そして白の少女は振り返り、
「仰せのままに、我が主様」
と、微笑んだのだった。