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 準備を終えた修太郎は、同行する白の少女(バンピー)黒髪の騎士(セオドール)と共に城のテラスへと来ていた。


 ここは修太郎がロス・マオラ城に来た日に目を覚ました場所――そこで魔王達と会い、今の修太郎がある。


 時間にしたらわずか数日の出来事。


 ここに来なかったら、


 彼等に会わなかったら、


 きっと自分は最初の都市で怯えて隠れていただろう。深淵が続く真っ暗な世界を眺めながら、修太郎はそんな事を考えていた。


「じゃあ二人共、決め事のおさらいね。外に出たら何してもいいけど〝そこに住む人達に危害を加えないこと〟あとは困ったり迷ったりすることがあったら僕に〝念話〟を飛ばしてね……これを守ってほしい」


 修太郎は振り返ると、バンピーとセオドールは膝を付いてそれに同意した。


 修太郎は「いつか対等に話せる日がこないかな」などと考えながら、ダンジョンメニュー画面から〝地上に出る〟を選択する。




 暗転、からの明転。




 気がつくとロス・マオラ――ではなく、修太郎が〝ダンジョン生成〟を使った場所に、三人は立っていた。


「やっぱりここに繋がってるんだ」

「これが外界……」


 近くにそびえる、大都市アリストラスの巨大な門を見上げながら、ゲーム開始直後に見た景色を懐かしむ修太郎。


 疑っていたわけではないが、二人の魔王は初めてみた景色と、本当に地上へ出られた感動とで、それ以上の言葉が出ない様子だった。


 修太郎はまず初めにダンジョン生成スキルを開き〝ダンジョンに戻る〟の表示があるのを確認し、ホッと一息ついた……ひとまずこれで、いつでも行き来できる事が確証されたからである。


「帰りも問題ないみたい。他の皆もいつでも連れてこられるよ」


 その言葉を聞いた二人は再び膝を地に付け、こうべを垂れた。

 驚く修太郎を他所に、バンピーが口を開く。


「我々の悲願が果たされました。あの城に囚われ、開かずの門を眺める毎日。貴方様は我々の主であると同時に、恩人です。感謝の言葉も見つかりません」


 その言葉には、数百年分の重みがあった。


 このeternityには、世界の加速機能が備わっている。それは修太郎がダンジョンコアのある空間で無意識的に使った機能と同じもので、主に世界を〝急速成長〟させる目的がある。


 以前このeternityの試作段階にて、現代文明と全く同じ世界観を仮想世界で模して作り、そこにNPCを置いて観察した事があった。NPCはそこで生活はできるが〝自分達で文明を築いた過去〟が存在しないため、向上心も育たず発展もせず失敗した経緯がある。


 言うなれば、哺乳類が進化し、人間が誕生し世界中で生活を始めるまでのしっかりとした歴史を、仮想世界でも同じように辿る機能。eternityはビックバンから始まり、同じように進化していく過程で、ゲーム的な概念を入れた世界である。


 eternityがゲーム世界として〝完成〟する少し前に産まれた魔王達はmother AIに囚われ、完成した後もロス・マオラ城から出られなかった。


「僕も皆のお陰で今があるし、お互い様だよ」


 今は甲冑で顔は見えないが、きっとその奥にはいつもと変わらない屈託のない笑みを浮かべる主様の顔がある――そう理解しているバンピーとセオドールは、感動を通り越し崇拝の域に達していた。


 外界に出られた感動も覚め止まぬまま、修太郎達はさっそくアリストラスへと向かう。


 ここから北門へは歩いてすぐの距離。

 修太郎はその風景を懐かしむと同時に、ある違和感を覚えていた。


(誰もいないな)


 ゲーム開始当初、ここは初心者プレイヤーでごった返していた。


 しかし、今はデスゲームとなったこの世界。

 皆、安全をとって城壁の内側に篭っている可能性もあるかと、修太郎は特に気にせず北門へと再び歩き出した。



 * * * *



 北門に着いた修太郎達は、その内側を兵士達が補強している所に遭遇する。


 外の人気のなさといい、閑散とした街中の雰囲気といい、修太郎はこの都市に〝何かあったのでは〟と思い酷く動揺した。初期地点を動かない人が殆どだと予想していたからだ。


「何かありましたか?」


 怪しさ満点の修太郎が声を掛ける。

 兵士NPCは修太郎達三人を眺めた後、何も気にしていない様子でそれに答えた。


「侵攻が来るんだ。腕に自信が無いなら、悪い事は言わない、宿屋にでも籠もって討伐隊の勝利を祈るんだな! もし討伐隊に加わりたいのなら、冒険者ギルドに行くといい!」


 ごく普通なイベントの導入的な応対である。

 実のところNPCがプレイヤーなどに対して反応を変えるのは、見た目の特徴ではなく〝カルマ値〟やイベント達成者などの実績がほとんどである。


 カルマ値とは、その者の善悪の行動を数値化したもので、主に変動するのはPK行為や窃盗行為などの犯罪的行動から、冒険者ギルドの依頼をこなすと(プラス)に作用したりする。


 これが(マイナス)に傾いているプレイヤーは、NPCから警戒されたり店を利用できなくなり、逆は店が安くなったりと恩恵がある――修太郎はカルマ値±0であるため、NPCの反応に変化はない。


 修太郎は〝侵攻〟という言葉を聞き、この都市全体を巻き込む何かしらのイベントの最中であることを推測する。


「これが外界の人類が築いた町」


「そこかしこから人の気配はするが、誰一人外に出ていないな」


 外界の文明を興味深そうに眺めるバンピーと、宿屋に篭るプレイヤー達の気配を察するセオドール。二人に修太郎が声を掛ける。


「うーん、どうやら冒険者ギルドって場所に行く必要がありそう」


「冒険者ギルド、ですか?」


「うん! なんでも請け負う便利な組織で、物凄い強い人だって所属してるんだから!」


 甲冑の奥で目を輝かせる修太郎。

 完全に想像上の話であるが、二人の魔王は〝強い人〟に反応してそわそわしている。


 三人は兵士に言われたようにギルドを目指す。

 道中の店はどこも閉まっており、修太郎は焦った様子でギルドの看板を探した。


「あった、めくれた羊皮紙のマーク!」


 熟読した〝βテスター・ヨリツラが行く〟に書いてあった情報を頼りに、冒険者ギルドにたどり着いた修太郎達。


 中に入ると、そこは多くの人で溢れており、職員と思しきNPCは対応に追われていた。


「侵攻はいつ終わるんだ?」

「この中は安全なんでしょうね」

「討伐隊はアテになるのか?!」


 その大多数がNPCのようだった。

 イベントを盛り上げるための一種の道化だろうと、修太郎は無視する形で掲示板を眺め――グランドクエストを見つける。


「ゴブリン集落の討伐……これが侵攻?」


 攻略サイトの情報によれば、ここは様々な種類の依頼が貼られているはずの場所。それが大きな紙に一つの依頼しか貼られていない――となれば、先ほど兵士が言っていた〝侵攻〟というイベントの入り口では? と、修太郎は考えていた。


「ああ、冒険者の方ですか?!」


 修太郎の後ろから声が掛かる。

 見ればそこには別の職員NPCが立っており、すがりつくように涙声で語り出す。


 侵攻によって危機を迎えていること。

 侵攻とは何か。

 侵攻を率いるのは何者か。


 その内容を聞いたセオドールが腕を組む。


「ゴブリンの集団の殲滅か。それに、キングも発生しているとなれば、それなりの規模だな」


「わかるの?」


「ああ。大した相手ではない」


 酷く退屈そうに目を伏せるセオドール。


 セオドールはそう言ったものの、これほど都市内が閑散としている以上、プレイヤー総出で当たる必要があった大規模なクエストの可能性があるのではと修太郎は考える。


 まだ間に合うのであれば、プレイヤーの一人として修太郎も参加したかった――しかし、


プレイヤー(僕ら)の敵は mobだけど、二人からしたらmobは仲間で敵は僕らだ。主の僕はまだしも、敵を助けるなんて不本意だよね」


 プレイヤーである前に、魔王達にも辛い思いをさせたくない修太郎。それだけに、簡単にこれを受けるのも憚られていた。


 彼等は〝主である修太郎〟に従っているだけで、その他の人達(プレイヤー達)に対しては寧ろmother AIの意思に沿うならば〝排除〟の対象である。


 出発前、修太郎がお願いの中に〝なるべく人を助けてほしい〟を加えなかったのは、魔王達の立場を考慮した修太郎なりの配慮の現れだった。


 しかし二人は僅かの思考時間もなく、ほぼ同時に答えた。


「主様の敵が我々の敵です」


「我々は主様に付き従うのみ」


 二人にとって、mother AIの意識など二の次三の次である。それは魔王達をロス・マオラ城に永劫囚われていた恨みもあるし、なにより修太郎への忠誠は本物だったから。


 修太郎は心の底から『ありがとう』を伝えると、覚悟を決めグランドクエストに参加するのだった。



 * * * *



 時間は少し戻る。


 ロス・マオラ城――王の間。


 全部で三つの席が空席となっているその空間に、退屈そうに座る四人の魔王がいた。


「我はただ主様と共に外界を見て周りたいだけなんだがな」

「俺たちそんな信用無かったのかァ」

「急に態度を改めても無駄ですよ」


 特に不満そうな巨人(ガララス)金髪の騎士(バートランド)に対し、呆れたように本をめくりながら無情に言い放つ紳士服(エルロード)


 今回、初めて外界に出るということもあり、流石に全員を連れて行くのは考えるべきだという意見も出たため、話し合い(アピールタイム)の末、白い少女(バンピー)黒髪の騎士(セオドール)が、今回修太郎の護衛として付いていくことになったのだった。


 というのも、エルロードからしてみれば、少なくともガララスとバートランドは主様に忠誠を誓うフリをして、外に出たら暴れるような発言を何度もしていたため、容姿の云々を加味してもなお、最初から出す気など毛頭無かった。今更改心したような態度を取られても許可するわけにはいかない。


 実際に二人は心の底から修太郎に忠誠を誓っているのだが、それが伝わるにはしばらく時間が必要そうだ。


 二人はすでにギラついた野心など捨て去っているので、留守番に関して暴れたりはしなかったが、単純に主様と離れる事に不満を感じているようだった。


「貴女は良かったんですか? ガララスとバートランドの監視とコアの警備は私一人で事足りると考えていましたので、貴女が残る必要は無かったと考えてます。貴女だって、未知なる外界にも興味があるでしょう」


 ちらりと本から目線を上げ、玉座で足をぶらぶらさせる銀髪の美女(シルヴィア)を見るエルロード。


 シルヴィアは少し楽しそうに笑みを浮かべながら、第二位(バンピー)の席に視線を送る。


「確かにそうだが、バンピーがとても嬉しそうでな、邪魔になると思って」


 それに対しエルロードは、意外そうな顔をした後「そうですか」とだけ答えた。


 同性なりに何か勘付く所があって降りたシルヴィアだったが、エルロードに許可されたもう一人の魔王――堅物で鈍感なセオドールはそんな事には気が付かず、何食わぬ顔で付いて行っている。


 シルヴィアは遥か頭上にポッカリ開いた小さな穴を見上げながら「主様達、無事に出られたかな」と呟く。


 現時点で、三人の出た先がこの城のある〝魔境ロス・マオラ〟なのか、それとも修太郎がダンジョン生成で降りてきた〝大都市アリストラス〟に出られるのか、何の保証も確証も無いのである。


 その上、本来出会うことのないはずの修太郎と彼等を繋いだのは〝座標バグ〟という不安定な要素であるため、そもそも正常に外に出られるかすら怪しかった。


 エルロードはそれに何も答えず、静かに本をめくった。


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