021
巨大な世界地図型の机を囲うように、ずらりと並べられた七つの椅子――今回は全員の魔王がそこに座っている。
明日に迫ったダンジョン開放。
その最後の取り決めを行うためだ。
プニ夫を抱きながら同じようにそこに座る修太郎は、難しい顔をしている
「エルロードは明日どこに行きたい? 僕はプニ夫と一緒に冒険者ギルドに行きたいんだ。あそこではクエストが――」
「失礼、主様。外界に行くにあたって伝えておきたい事がいくつかございます。よろしいでしょうか?」
無邪気に語り出す修太郎に、エルロードは話を遮る形で答える。
「我は主様が行きたい所に同行しよう」
「俺も俺も。興味あるし」
「黙りなさい」
便乗して騒ぎ出す
「主様、まず最初に確認させてください。疑うわけではございませんが、本当にここから外界に出る手段があるのですね?」
「うん。それは問題無いと思う!」
ダンジョンのマニュアルを読破している修太郎は自信たっぷりにそう答えた。事実、ダンジョンメニューには〝地上に出る〟のボタンがある。あるのだが、
しかし、主の言葉をなるべく信用したいエルロードは深く聞かず「そうですか」と、満足そうに頷く。
「わかりました。ではその前提で話を進めさせていただきますが、まず我々を表立って連れて歩くのは〝危険〟であると推測します」
「えっ、それはどうして?」
「お忘れでしょうが、我々は本来
そう言われ、修太郎はハッとなる。
他のプレイヤーから見たら、大勢の異形の者を連れた得体の知れないプレイヤーに見えるだろう。体面的には〝
実際、単に会話する程度ではプレイヤーネームしか情報は渡らないのだが、これが親しいフレンドになったり夫婦になったりすれば、レベルや職業や固有スキルといった情報が相手に渡ることとなる。
もし連れているのが〝召喚獣〟や〝従魔〟ではなく単なるbossmobだと知られてしまえば、最悪の場合、修太郎こそが今回のデスゲームを首謀した存在だと言われかねない。
「ですから、当面は主様の横を違和感なく歩ける者だけ同行するのが無難だと推測いたします。余計な詮索を減らす目的です」
「なるほど、じゃあそうしよっか」
難しい話になりそうなので、修太郎はエルロードの意見をひとまず全部聞こうと大人しくなる。エルロードもそれを察してか、一度、他の魔王達を見渡してから続けた。
「特に容姿だけで見ても主様とかけ離れている
「そんな……!」
抗議の声を上げたのはバンピーだった。
しかし彼女は、自分の耳の上から後頭部に向かって伸びる数本の角を撫でると、諦めたようにストンと椅子に座った。
バンピーは髪から瞳から肌から、全部が白であることと、本人も自覚した角の部分。
ガララスは巨人族であるため言わずもがな。
シルヴィアは聖獣族であるため、銀色の尻尾と耳を隠すのは難しく、エルロードは万全を期すためにここまでを同伴不可と決めた。
逆に完全な人型であるエルロードとセオドール、そして耳が少し尖っている程度のバートランドは、同伴可能と判断したのだった。
エルロードはガララスに視線を送る。
ガララスは「我は構わん」と答えた。
シルヴィアは無言を貫いている。
「うーんちょっとそれは残念だなぁ」
「代案があれば、もちろんその限りではありませんが(あれほど外界に執着していた男が……どういう風の吹き回しでしょうか)」
悩むようにプニ夫に顔をうずめる修太郎。
エルロードは急に心変わりしたガララスに疑問を抱きつつ、主の言葉を待っていた。
(バンピー達を連れて行けないってことは、プニ夫も連れて歩けないって事だもんね)
人型のバンピー達よりも、ビジュアルが完全なモンスターであるプニ夫は余計に連れて行くわけにはいかない。修太郎に
「あっ」
プニ夫が突然、修太郎の腕を
そしてたちまち修太郎を覆い尽くし、人型の黒いスライムとなった。
魔王達全員が立ち上がり、警戒心を極限まで高めた所で――その変化に気付く。
「え? あれ、これどうなってるの?」
「なるほど面白い……〝形状変化〟か!」
ガララスは興奮気味にそう言った。
修太郎の体は、エルロードの姿になったり、バンピーの姿になったりを繰り返した後、再び黒のスライム体に戻ってゆく。
修太郎の体には影響がないらしく、それを見たエルロードは驚いたように席に座る。
「なるほど、形状変化でカモフラージュすれば、少なくとも主様の生身のお姿を変えることで外界の者達から隠すことはできますね。世間体を気にしないのであれば、我々も全員で護衛に付けますし」
たとえばプニ夫が全身を覆う防具にでも化ければ、修太郎の顔を晒さずにアリストラスを歩ける。他のプレイヤーに溶け込む目的ではないから、魔王達も連れ回せる――とびきり怪しいという本末転倒な問題は残るが。
「置いていかれると思ってこれやったの?」
修太郎はプニ夫にそう語りかける。
プニ夫はぷるると揺れて肯定する。
修太郎は少し考えたあと、プニ夫と目線(目がありそうな場所まで持ち上げて)を合わせる。
「じゃあ強そうな黒い全身鎧になってよ! できるだけかっこいいやつ!」
修太郎は目を輝かせながら言う。
少し前まで小学生だった男の子だ、剣だの鎧だの竜だのは大好き大好物である。
プニ夫は修太郎の言葉に応じてみせた。
不定形な液体が高質化していき、そこに漆黒の騎士が現れた。
スマートな竜をモチーフにしたような形の黒い金属質の鎧に加え、兜には羽を模した角のような装飾が施されており、夜の闇を切り取ったような黒い外套がはためいた。
まるで神話に登場する神か
正に――魔王の如き、禍々しさ。
「よし、外に出るときはこの姿でいよう」
あまりの出来栄えに、修太郎もご満悦の様子。
さらにこの鎧は見掛け倒しではない。
纏っているのはプニ夫――つまりレベル108のスライム系最強種アビス・スライムで、暴力的なステータス・スキルを誇るプニ夫を突破しない限り、たとえそこが戦場の真ん中でも修太郎は無傷で歩く事ができるのだった。
* * * *
その後、外界でのいくつかの取り決めを話し合った後、それまで黙って聞いていたセオドールが発言する。
「最後にいいか?」
そしてセオドールは
それは無駄な装飾の一切ない、無骨な片手剣だった。
「主様。貴方は強大な力を持っているが、レベルは1。そして装備品も無い。色々用意していたが防具が不要とあれば、せめて武器だけでも受け取ってほしい」
セオドールは一流の戦士である前に、一流の鍛冶屋でもある。それは、剣の道を極めたが故に〝自分の剣は自分で打たねば真の剣士とは言えない〟という行きすぎた拘りがあったからで、彼の生み出す武器や防具はどれも一級品だった。
「わぁかっこいい! ありがとう!」
実の所、剣士で始めたのに、この城に来てからは剣を振るう機会のなかった修太郎は、剣のプレゼントに心から感激していた。
それを自身の装備欄に設定すると、一度消えた剣は、光と共に修太郎の腰に現れた。
「これ、レベル1でも装備できるんだ!」
「その分かなり性能は低い」
剣を抜いて構えをとる修太郎。
レベル1でも装備できるため、セオドールが言うように確かに性能は低くなるのだが、使われた素材、施された魔法・スキル、そして熟練の技が集結したソレは、鍛冶系統の
こうして、意図せず万全の状態になった修太郎は、明日のダンジョン開放に向け、プニ夫を抱きながら早めの就寝をとるのだった――