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002


 真夜中のような深く暗い闇の中、修太郎は目を覚ました(・・・・・・)


 本来ゲーム内での気絶(・・)は、その脳波をキャッチした本体が警告文と60秒間のカウントダウンをした後、強制ログアウトが執行されるのだが――その事を知らない修太郎は何の疑問も抱かずに起き上がる。


(確かダンジョン生成を使って……)


 その後の記憶は無い。


 どうやらここは建物の敷地内のようで、それもどこか重厚な建造物のようだった。


 空を見上げてもそこには闇以外はなにもなく、あるのは遥か上空にある小さな月だけ。


(なんだ、ダンジョン生成って建物付きなのか。てっきり洞穴みたいなのから始まるとおもってたけど)


 1から全て自分の力で開拓するイメージでいた修太郎は、少し拍子抜けな気持ちだった。


 スキル詳細が気になった修太郎は、メニューを開こうと視線を動かした先――小さくメール画面が光っていることに気づく。



差出人:Mother


宛先:子供達へ


ログアウト が 不可になりました


痛覚設定 が 固定されました


蘇生 が 不可になりました


彼 を 破壊するまで戻れません


三度目の死刻 が 最後です



 その内容に、言葉を失う。


 反射的にメニューからログアウトボタンを探す修太郎だったが、キャラクリエイト画面では確かに存在していたそれが、黒く塗りつぶされていることに気付く。


「なんだ、これ」


 ログアウト不可。


 痛覚設定固定。


 蘇生不可――


 事態を理解するのに数秒掛かった。


 修太郎の頭の中はぐちゃぐちゃになり、最後は絶望だけが残っていた。


「うあああああああああ!!!!」


 修太郎は叫んでいた。

 喉の痛みは本物で、それに気付いてからは涙が溢れていた。


 帰れない。

 死んだら終わり。


 親も親戚も友人も、赤の他人さえいないこの空間にいることが、彼の恐怖心をさらに駆り立てる。


 怖い、怖い、怖い――


「ねえ君」


 絶叫の中、少女の声がハッキリ聞こえた。


 絶望に支配された修太郎にとって、この空間に人がいる事実は何よりの安定剤となる。


 むせるように咳き込んだ後、ぐしゃぐしゃの顔で声のする方へ視線を向けた修太郎は、年の頃は13かそこらの、生気のない顔色をした少女を見つける。


 長い髪、大きな瞳、質素な服、全て白。

 作り物のような容姿は不気味というよりどこか可憐で、涙を流しながらも修太郎はその姿に見惚れた――後ろに伸びる数本の角さえも、彼女に似合っていたから。


「なぜここに……」 


「ッ! そうだ、大変なんだよ! ログアウトが、ログアウトができないんだ!!」


 少女の話しを遮る形で、切羽詰まった表情の修太郎が彼女の肩に手を置いた――置いて気付いた。この落ち着いた少女は、自分達の置かれた現状にまだ気付いていないのではないか、と。


 ここで辛い現実を教えてしまえば、この少女はたちまち泣き崩れ叫び出すのではないか。男の自分が取り乱してしまった程だ、女の子ならもっと辛い気持ちになるだろう。自分よりも年下だろうし……と。


 いきなり肩を掴まれた少女は驚愕の表情を浮かべ、とっさに修太郎と距離を取る。


(怖がらせちゃった)


 冷静になるのがもう少し早ければと、修太郎は数秒前の自分を呪った。


「……」

「……」


 気まずい時間が流れる。

 胸を抱くようにして両手をまわし、警戒や怯えの表情を見せる少女は絞り出すように声を出す。


「何者……?」


 それと同時に、扉が開く音がした。

 そして複数人の足音が続き、少女の後ろに数人の男女が現れる。


 一人は、執事服を着た美しい男性。

 一人は、見上げるほどの大男。

 一人は、気が強そうな銀髪の女性。

 残る二人は、騎士に見える。


「バンピー。誰ですか? この男」


「わからない、でも……」


 執事服の男性は眉間にしわを寄せながら修太郎を睨み、白髪の少女がポツリと答える。


 どこか人間離れした彼らの見た目や彼等の風貌を見て、修太郎は彼等を、噂に聞く《NPC》であると断定していた。


 NPC――つまりnon(ノン) player(プレイヤー) character(キャラクター)とは、motherが生み出し、AIが自動操作する中身の無いプレイヤーである。


 動画や攻略サイトでの前情報として、eternityでは、プレイヤーと遜色ない会話や行動をとるNPCの存在が熱く語られていたし、修太郎もそれをよく見て知っている。


 たとえば町の鍛冶屋や雑貨屋、冒険者ギルドの運営などは全部NPCだし、街を防衛する門番もNPCだ。最新の技術により、言葉遣いの自然さは人間のそれだし、表情も豊か。食事もとるし、睡眠もとる。


 けれど、そのNPCに与えられた役割とは関係のない会話はできない。たとえば好きな食べ物を聞いても答えてはくれない……これがNPCとプレイヤーを見分ける方法の一つ。


 そして、もう一つの分かりやすい見分け方が頭上に浮かぶ《name tag》の存在である。


 NPCの名前の横には、NPCの表示がある。

 無ければPC、有ればNPCが常識。

 攻略サイトにはそう書いてあった。


「えと、皆さんは……」 


 そんな事を考えながら、修太郎は会話の流れで彼等の頭上に視線を向け――言葉を失った。


 name tagで見分けられるキャラクターはもう一種類存在する。


 それは動く物を意味する《moving() object(ob)》を表し――ことeternityでも、敵を表す〝モンスター〟を意味していた。


 執事も、大男も、銀髪も。

 騎士もこの少女も、全員がmob。

 それも、更に特殊個体である《boss mob》である。


 mobと書かれた存在は、基本的に敵。

 相対すれば戦い、倒すべき存在。

 こちらを攻撃し、殺す存在。 


〝痛覚設定 が 固定されました〟

〝蘇生 が 不可になりました〟


 あのメッセージを思い出す。


 頭に死がよぎり、修太郎は崩れ落ちた――あまりの恐怖に失神したのだ。

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