019 s
アルバからの伝令を受けてから15分後。
ワタルはアリストラスの中央広場――かつて彼が民衆達に必死の訴えを行ったその場所に、戦闘能力の高いメンバーを集めていた。
集められたメンバーには不安の色が見える。
壇上のワタルが口を開いた。
「侵攻が確認されました」
メンバーからはどよめきの声が上がる。
「き、規模は……?」
「およそ150、しかし今この時も恐ろしいスピードで増殖しています。mobの種類はゴブリンです」
150匹のゴブリンの侵攻。
少し前知識がある者からすれば、ゴブリンは知能も低く戦闘能力も高くない雑魚mobだと知っていたから、数こそ膨大だが強敵ではない。中には安堵の表情を浮かべる者もいた。
ワタルは続ける。
「アルバが確認したところによれば、ゴブリンの他に派生種がいくつか確認できました。具体的には〝ゴブリン・メイジ〟〝ゴブリン・ソルジャー〟〝盗賊ゴブリン〟――そして〝キング・ゴブリン〟」
キング・ゴブリンと聞いて、悲鳴が上がる。
β時代、二度の侵攻で二箇所の町が壊滅した過去があり、その片方で侵攻を率いていたのがこのキング・ゴブリンだったからだ。
キング・ゴブリンの戦闘能力は勿論高い。
それ以上に厄介なのは奴の固有スキルである。
同族強化の檄――
味方強化のスキルだ。
姑息だが弱いゴブリンを強化し、まとめあげ、行動に意味を持たせるキング・ゴブリンは存在するだけで強力な
そのキング・ゴブリンが前代未聞の規模の侵攻を率いている。
以前は劣勢でもゲームだから戦えた。
しかし今は自分の命を賭して戦うデスゲーム。
負ければ待つのは〝死〟だ。
「初心者に時間を割きすぎて外の警備が疎かになったんだ」
「キングだなんて、戦えるとしたらレベル30からだろ? そんなのもうランカーじゃなきゃ……」
「イリアナ坑道はエマロの町までの最短ルートなのに、これじゃ移住計画すら台無しだ」
メンバー達は絶望的だと口にする。
半ばパニックになる広場の中、ワタルはそれでも気丈に声を張る。
「過去最大に危険な戦いになります――しかし我々が今回の侵攻を止めなければ、多くの人達の命が脅かされます。今から告げるのは〝ゴブリン集落討伐戦〟の作戦内容です。戦う意思がある者だけここに残り、我々と共に侵攻に挑みましょう」
ワタルの呼びかけにメンバー達は顔を見合わせたのち、その多くがバツの悪そうな表情で去ってゆく。
200人弱はいたメンバーが60人程度まで減っていた。
紋章ギルドのメンバーとて、彼等は兵士ではない。
ギルドマスターであるワタルが呼びかけても、そこに強制力など発生しないのだから。
むしろ良くこれだけ残ってくれたと、目の前の勇気ある戦士達に感謝の気持ちを抱いていた――しかし同時に、予想よりも人数が残らなかった事に一抹の不安も感じていた。
「やっとマトモな相手に剣振れるよな!」
「もうネズミ駆除はこりごりっすリーダー」
ワタルを気遣ってか、調子の良さそうな男達が口々に声を上げる。
雑魚mob狩りへの鬱憤。
見張りに対する鬱憤もあっただろう。
あるいは都市を守る義務感か、英雄になれる期待感か――eternity史上最大規模の侵攻を前にしてもなお、メンバーの士気は高かったのだ。
(あとの頼みの綱は、個人的に送った最前線プレイヤー達への救援要請。期待できるのはほんの数名、か……)
メニュー画面を閉じ、仲間達を見下ろす。
各地で湧き立つメンバー達。
恐怖を考えないように、震える体に喝を入れるかのごとき雄叫びが響き渡る。
壇上のワタルは微笑を浮かべ、沈みゆく太陽を眺めた。
* * * *
一人佇んでいたミサキは、一言も発さぬままギルドを後にし、宿屋の方へと歩いていく。
遠くで雄叫びが聴こえてくる。
アルバさんは無事に戻れただろうかと、ミサキは城門の方へを視線を向けた。
松明を持った兵士NPC達が集まっている。
城門を補強しているように見えた。
冒険者ギルドだけでなく、都市内全体が騒がしい。
大規模な侵攻が発生した情報が、瞬く間に広がっていたのだ――人々の慌てようを見れば、いかに緊迫した状況であるかが分かる。
(私にできる事は、もう何もない)
少なくとも、今のミサキは単なる足手まといだ。
紋章の三人が貴重だと言ってくれた固有スキルを用いれば、きっといつかフィールドでの狩りだってできるだろう。そして将来的に、彼等の横で手助けができるだろう。
そう、
今ではなく、である。
ミサキが宿屋に着くと、そこには多くの人で溢れかえっていた――そしてやたら目につくのは、鈍色の鎧を着た人達である。
(あれ、この人達って……)
鈍色の鎧は紋章ギルドの、特に戦闘員に渡されるそれは〝制服〟の意味を持ち、ミサキ達のような非戦闘民とは違い、戦う力を持ったプレイヤーだと見分けがつく。
(なんでこんな場所にいるんだろ。今はワタルさんが作戦の伝達を――)
そこまで考えて、ハッとなる。
彼等は作戦から降りたんだと気付いたから。
実際、作戦を降りた紋章ギルドのメンバーは、そのばつの悪さから早々に宿屋に戻り、明日は外に出まいと決め込む者が多かった。
現実逃避ともいえる。
いつにもなく賑わう宿屋の食堂部分は、活気とは程遠い、異様な雰囲気に包まれていた。
〝私達の戦力的に見ても勝算は6割7割が良いところ〟
ミサキの脳内に、フラメの言葉が蘇る。
(もしもこの人達を含めた目測だったとしたら、本当の勝算はいくつになる? 6割? 5割? もしも私のスキルに誤りがあって、予想を上回る規模になってたら?)
考えれば考えるほど、ミサキの頭の中が絶望に支配される――戦う力を持ってるなら、どうか彼等の手助けをしてくれないかと言いたくなる気持ちをグッと堪え、ミサキは彼等の横を足早に通過し、自分の借りている部屋へと入った。
そのままベッドに倒れ込む。
ひんやりとしたその温度は、まるで今の自分の心のようだなと、ミサキはさらに落ち込んだ。
(感情論だけであの人達を責める権利はない。私だってこうやって、怯えて篭って神様に勝利を祈るだけの、側から見たら卑怯者なんだから)
シーツに包まりながら、唇を噛む。
史上最大の決戦を前に、プレイヤー達は各々違った感情を抱きながら眠れない夜を過ごすのだった――