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 討伐隊の第17部隊が戻らない。

 不穏な知らせを受けたアルバは城門前で、戻ってきた雑魚mob狩り部隊の隊長達を集めて確認をとっていた。


「最後に見たのは誰だ?」

「俺です。まさかとは思いましたが、多分あの様子だと坑道に行ったんじゃ……」

「坑道だって?! ワタルさんとの取り決めを無視したのかよ!」

「待ってくれ、その議論は後にしよう。今は彼等の安否が最優先だ」


 熱くなる隊長達を宥めるアルバ。


 討伐隊は毎時16:00には都市内に戻り、隊長が報告をして解散する。それが今回、一部隊だけ未だ帰らないのだ。


 それは無断でイリアナ坑道に入っていったあの六人であったのだが、彼等の足取りを知る者はここには居なかった。


(坑道か……以前PKの件もあったからくれぐれも行かないように注意喚起してあったが――)


 そして、ギルド管理画面からギルド員一覧をスクロールしていくアルバは、第17部隊六名の名前が黒く塗られているのを確認した。


 ログイン中なら白。

 ログアウト中は黒だ。


 デスゲームにおけるログアウトとはつまり……


 自分の詰めの甘さを呪うアルバ。

 坑道に行ったとなれば、簡単に死ぬ難易度ではないにせよ、楽に制覇はできない広さと複雑さがある。


 安全マージンを十分に取っていたとはいえ、mobと戦闘させる以上は覚悟していた事態。

 アルバは今後どう動くべきか、ワタルか参謀に意見を仰ぐべきか迷っていた。


「あいつらは坑道に入ったんだろ。そんで、黒犬に殺されたんだ」


 一人の言葉に、他のメンバーがざわつく。

 どこからともなく現れた一人の男。

 アルバは困ったように腕を組んだ。


「キッド、憶測でモノを言うべきではない。他の隊長達も変に警戒してしまうだろう」

「憶測じゃない。分かるんだよ」


 アルバは内心、恐れていた事態が起こったと感じていた。


 坑道内で仲間を亡くし、自身も瀕死の傷を負わされたキッド。その後、回復した彼は救われた恩を理由に紋章ギルドに加入している。


 ワタルもアルバもそれを許可した。

 今は少しでも戦闘に優れた者が必要だからだ。


 しかし、それを加味しても彼を置いておくのは勇気のいる決断だったのだ――措置として、フィールドには出ない戦闘指南役に任命されてはいたものの、時折見せる〝濁った目〟が、アルバはどうしても気にかかっていた。


 この場に居合わせたのは偶然だったが、ギルド員が戻ってこないのを聞いたキッドの頭の中は、あのPK()で一杯だと分かる。


「おい誰か、仇を討ちたい奴はいないか? PKを殺しに行くぞ」


「待て。たとえPKによる殺害だったにせよ、今勝手に動かれては困る。対策を練ってから行くべきだ」


「そんな事してたら逃げられるんだよ!」


 盲目的にそう主張するキッド。


 冷静な者から見れば、彼の主張は支離滅裂でなんの脈絡も根拠もない。しかし事情を知らない者からすると、今すぐ仲間の仇を討ちたいキッドと、穏便に済まそうとするアルバという図に見えてしまう。


 実際、今この場にいるプレイヤーの中には、すでに友人や仲間を失った者もいる。それ故、少し冷めたようにも見えるアルバの態度に引っ掛かりを覚える者もいた。


 ギャラリー化している非戦闘プレイヤーからは「行かしてあげればいいのに」などと無責任な野次も飛ぶ始末。


「現時点でPKによる攻撃とは断言できない。それに、仮にキッド達を襲ったのと同じPKの仕業なら、入り組んだ坑道を細かく把握している可能性がある。地の利が向こうにある状態で無策に討伐隊は組めないだろう」


 その言葉に、ざわつく周囲。

 アルバは正しく、そして冷静すぎた。

 皆、ストレスによって感情的になっているのだ。


黒犬(PK)を討たなければ犠牲者は増える一方だぞ? 紋章のサブマスともあろうお方が、PKに怖気付いてるのかよ」

「何を馬鹿な……」


 アルバはこの時点で、理論的になだめるのは不可能だと確信した。キッドは既に今回の件もPKによるものだと信じ切っており、周りの者たちも彼の英雄的行動に賛同している。


 万が一、第17部隊が坑道に入りPKに殺されたのだとしても、当然このままキッドや同調した者達を行かせる訳にはいかない。しかし、彼等は熱が入りすぎてしまっている。


「PKって殺人鬼だろ? そんなの野放しにしないでくれよ」


 その声は、非戦闘民からあがった。


 彼等の中には、自分達の身の安全を紋章(かれら)が守ってくれて当然だと、図々しくも本当に考えている者も多い。


 そこに悪気は全く無く、現代日本人の特徴的なものが悪い形で出たともいえる。


「人殺しがいるの? 怖いわそんなの」

「殺人鬼なんか殺してくれよ!」

「不安で眠れないじゃねえかよ」


 剥き出しの感情論が飛び交う。

 アルバが行動するよりも早く、一人のプレイヤーが野次を飛ばす非戦闘民に詰め寄った。


「何もしないで引きこもるだけのお前らが、寝る間も惜しんで命を張って戦い続ける俺達にどうしたら指図できるんだよ!! 戦わないし稼げないくせに口だけ出してくる奴らになんだって命かけなきゃなんねえんだよ!!」


 連日の見回りと深夜の見張りで憔悴しきったメンバーは、引きこもるだけの非戦闘民に不満をぶちまけた。


 特に、紋章ギルドの中でもワタルやアルバに感銘を受けて参加した者たちは、二人の善意を毛ほども思わないどころか、守られて当然のような態度をとる非戦闘民に我慢ならなかった。


 騒ぎが拡大する直前――アルバが背中の大剣を地面に突き刺した。 


 周囲の騒ぎがぴたりと止み、静寂が落ちる。


「そこの方、こちらに来てもらえるか?」


 アルバは野次をしていた非戦闘民の男を指名し、呼び付けた。


 指名された男は不安そうな表情を見せながらも、自分の主張は正しいと言い聞かせながら恐る恐る前へ出る。


「PKの存在が不安で眠れないという意見が出たが――この都市が〝安全〟であることを、今ここで実演しよう」


 そう言って、アルバは素早い動きで男の腕を取って剣を握らせ、自分の首へと突き立てた。


 そのあまりの早さに、ワンテンポ遅れて、周りのギャラリーから悲鳴に似た声があがる。


 アルバの首に剣が当たる直前、モザイクのように一瞬乱れるポリゴンと共に表示されたのは〝system(システム) block(ブロック)〟の文字だった。


「都市内でのPK行為はシステムによって守られる。つまりアリストラスの城壁内にさえいれば、プレイヤーやmobに襲われる心配はない」


 協力感謝しますと、アルバは男を解放する。

 しばらく呆けていた男は一目散に駆け出した。

 その顔は屈辱と羞恥で引きつっていた。


 とはいえ、気付いた人は気付いていたが、アルバの説明は実は不十分である。なぜなら、城門が侵攻によって破壊された時点でその安全性(システムブロック機能)は失われるのだから。


 しかし今はそんな情報を加える必要はないし、現に先程の実演で多くの人が心の底から納得していた。


 続いてアルバはキッドに視線を移す。

 何かを操作し、ある地図を展開した。


 その地図はまるでアリの巣や迷路と形容すべきか、複雑に入り組んだ道が続いていた。その中には、入口から出口までの最短距離を結んだ赤い線も加えてある。


「これはβ時代に情報屋から購入した〝イリアナ坑道の全ての道〟だ。これを見れば、ここがいかに入り組んでいて、万が一待ち伏せでもされていたら戦い辛く非常に危険なのかが分かるだろう」


 キッドに同調していたメンバーは、坑道のあまりの複雑さに「こんな場所無策で入ったら確実迷子になる」といった言葉も出始め、キッドも何も言えずに押し黙った。


 事態が終息に向かいはじめ、アルバはため息を吐きたい衝動をぐっと堪えながら、散っていくギャラリーを見送っていた。


(そろそろ限界に近い、か)


 皆、些細なことでも声を荒げることが増えた。

 いつ起こるか分からない侵攻への不安感や日々のストレスで、キッド辺りがいつ暴徒化してもおかしくない――頼みの綱である彼女(・・)からの報告が、混沌とした今を打破できる希望となるだろう、と。


(頼む、急いでくれ)


 傾く日に照らされながら、アルバは参謀からの吉報を待った。



 * * * *



 ミサキは〝表示されない〟目標物と出会っていた。

 依頼主が紛失した工芸品――つまり無機物である。


(犬探し同様、人探し時には緑の点で表示されて、工芸品探しでは無反応。私の固有スキル(・・・・・)は文字通りの効力みたいだ)


 時間は冒険者ギルドで会った人との会話まで遡る。


「あ! あなたも弓使いなんですね」

「本当だ! 偶然ですね!」


 達成報酬を貰うため受付に並んでいたミサキは、背中に大きな弓を背負った男性プレイヤーに話しかけられた。


 ミサキは「会話なんて久しぶりな気がする」などと感じながら、待ち時間たっぷり、男性との会話を楽しんだ。


 彼もまた、紋章ギルドへ負担を軽減させるためクエストを受け始めたというミサキと同じ境遇のプレイヤーで、偶然にも同じ弓使いであった。


 捜索系クエストも幾つか完了していた彼だが、しかし、ミサキのように目標物をミニマップ上で確認できたりはしなかったという。


 彼とミサキとで違うもの。

 それは〝固有スキル〟に他ならない。


「固有スキルは迂闊に人に教えない方がいいよ」


 別れ際、男性に言われた言葉。


 固有スキルはいわば秘密兵器とか必殺技の類いであるため、ミサキとしても、相手が何者か分からないうちは手の内を晒すのは控えようと考えるようにした。


 ミサキは周りに誰もいない事を確認したのち、メニュー画面から自分の固有スキルを確認する――と、そこには〝生命感知〟と書かれていたのだ。


 時間は戻り、路地裏。

 目標の猫を捕まえながらミサキは確信する。


(捜索に特化した能力なら、冒険者ギルドにある〝探す対象が生物の依頼〟を片っ端から受けていけば自立できる!)


 金銭的な将来の不安が解消されたミサキは、猫を撫でながら鼻歌まじりに歩き出した。

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