015
ダンジョンコアがある部屋へと戻ってきた修太郎。
バンピーはというと、他の魔王達への報告のため席を外しており、もともと護衛というより〝監視〟の意味で近くにいた彼女だったが、今回はすんなり聞き入れたのだった。
(世界の改造がお気に召したのかな?)
そんなことを考えながら、修太郎は改めてダンジョンコアの部屋を眺めた。
広さこそかなりのものだが、何もない空間。
本来ダンジョンコアは最も重要な物であるため破壊されないように隠すのが鉄則なのだが、セオリーを知らない修太郎は鼻歌まじりにメニュー画面を操作しはじめる。
空間拡張《超》――
莫大な量のポイントが減っていく。
総数からみたら微々たるもので、部屋の端から端、天井も霞んで見えなくなるほど広く拡張された空間の遥か上空にダンジョンコアが輝いている。
空間変更《草原》――
真っ暗な空間が瞬く間に草原へと変わる。
ダンジョンコアの輝きが太陽の役目を果たしている。そよそよと吹き抜ける風が気持ちいい。
そこからバンピーの世界でやったように草原を開拓して町を作っていく。
今回は自分の好きにできるからという理由で、修太郎は片っ端から施設を乱立させてゆく。
具体的には、鍛冶屋、武器屋、防具屋、雑貨屋、宿屋、薬局、植物園、農場、牧場、闘技場、訓練所、教会、酒場、大書庫、病院、墓所、城――そして細々とした街灯やベンチなどを置き、仕上げに道路の舗装が終わると、今度は〝住人〟を選び始めた。
「やれやれ。どれがいいか分かんないな」
メニュー画面を前に腰に手を当て、ひときわ大きな鼻息を鳴らす修太郎。
いくらスクロールしても終わりの見えないダンジョンのmob図鑑。それらは達成報酬でアンロックされたものや、魔王達の世界に住むもの、収容されてたものまで含まれていた。
その間にも達成報酬は増えてゆく。
それらを回収しながら、迷いに迷った修太郎は自分好みに選ぶ事に決めた。
「鍛冶屋は屈強な巨人族が担当して、武器屋と防具屋は武装したイメージがあるからリザード族、さすらいの
魔王達に拒否された〝友達〟になれることを期待して、修太郎はmob図鑑の中でも特に対話が期待できそうで賢い〝人型〟のものを重点的に召喚してゆく。
彼等に与えた指示は三つ。
〝自己鍛錬を怠るべからず〟
〝互いを尊重し、より良い町づくり〟
〝コアを守るべし〟
鍛冶屋や武器屋はもちろんのこと、今回修太郎は〝闘技場〟を設置し、〝訓練場〟や〝学舎〟を建てた。
これにより人型種族達は自己鍛錬と勉強ができ、定期的に闘技場で高め合うことができる。
賑やかになってゆく町を眺めながら満足そうに頷く修太郎は、ずっと細かい文字を追っていたせいか、うとうとし始めた。
彼は知らない――
何気なく設置した施設には、それぞれ意味があるということを。特に闘技場、訓練場、学舎はとても重要な施設であることを。
「王様が不在だけど、それはおいおいかな。誰もいなければプニ夫からプニ王になってもらえばいいよね」
腕の中のプニ夫を強く抱きしめる。
この中から王が生まれるかもしれない。
そんなことを考えながら、丘の上で昼寝を始めた修太郎。
しかし、達成報酬アンロックによって追加された機能《スリープ時に加速》の効果により、修太郎が意識の無い間、この町は意図せず加速度的に成長してゆくのだった。
* * * *
一方、王の間では
ダンジョンとはどういうものなのか。
ダンジョンではどう立ち回るべきか。
そして――
主を失えば、ダンジョンは破壊されるということ。
ダンジョン・コアを破壊されると、死ぬということ。
「あと1日で外界に出られるのか! こんな心躍ることは何百年ぶりだ? なあセオドールよ!」
彼はダンジョン・コアが破壊される可能性、自分が死ぬ可能性も含め、至極どうでもいいといった様子。
「つまり我々がすべき事は、主様をお守りする事に加え、そのコアとやらを守ればいいんだな?」
「そう。でもいまその場所は何もない空間で、万が一ここの誰にも悟られずに侵入できる者がいた場合、簡単に破壊されてしまう」
それに対し、
「我々の目を掻い潜れるとでも?」
「現に主様のような未知のスキルはある。その可能性は否定できない」
バンピーの答えに、セオドールも同意するように頷く。
エルロードも腑に落ちたのか、そのまま沈黙する。
「俺は主様よりもコアの警護の方が気楽にできそうでいいなァ」
「なら外界進出前の景気付けに、今日は我とバートで担当しよう!」
楽しげに語る
順位があっても彼等の強さはほぼ同等で、上下の関係もない。中でも特に忠誠とは程遠い所にいるガララスやバートランドは、報告を他人事のように聞いており、その態度からは、修太郎の事など全く気にかけていないことが伝わってくるようだった。
「報告については、全て把握しました。主様の警護は今回
エルロードの問いに、バンピーは俯く。
左の手をぐーぱーさせる。
「主様のスキルにはまだ知られざる可能性に溢れている。死の地と呼ばれた私の世界にも意味を持たせてくれたし、なによりあのお方は忠誠するに足りる器の持ち主」
バンピーの言葉に、皆、動きを止めた。
アンデッドの王たる彼女――死の女王や、氷の女王などと呼ばれた、表情や感情を見せない彼女にそこまで言わしめた主様の器に、ガララスは純粋な興味を示す。
「ほう、第二位にそこまで言わせるか。降って湧いただけの王様だと思っていたが、それならば我も積極的に対話してみるとしよう。外界の話にも興味があるからな」
感心したようにそう語るガララス。
己が欲望ばかりが先行していることに、誰もが気付いていたが誰も咎めなかった。
ここまで黙っていたシルヴィアが、俯くバンピーを見ながら声をかける。
「何かあったのか?」
「いえ、何も」
「そうか。お主がとても、その、嬉しそうに見えてな」
「!」
シルヴィアの言葉に動揺するバンピー。
しかしそれも一瞬で、再び無表情となった彼女はそのまま「報告は以上」とだけ吐き捨てると、さっさと自分の世界へと戻っていった。
「なら我も警護に向かうとしよう」
「俺もコアの警護に向かうよ」
そして、ガララス達も退出し、いつの間にかセオドールも消えた王の間に残されたのは、エルロードとシルヴィアの二人。
エルロードは溜息を吐いてから「やれやれ」と本を取り出し、シルヴィアは難しい顔で腕を組んでいた。
「おい、彼女はどうしたんだ。やけに様子がおかしいじゃないか」
心配そうにそう愚痴るシルヴィア。
エルロードはつまらなそうに本をめくる。
「……貴女には分からないでしょう」
「なんだと? どういう意味だ!」
反射的に白雷の剣を展開するシルヴィアを見て、エルロードは心の中で「そういう所ですよ」と溢すのだった。