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014

 


 石造りの建物内に、二人の足音が響く。

 綺麗な赤の絨毯の上、白の少女(バンピー)と修太郎が歩いていた。


「そうですか。外に出られるのは2日後――」

「あ。僕はしばらく気を失っていたから、実際には残り1日かな」


 修太郎の言葉を聞いて、バンピーは「あと1日で……」と呟く。

 バンピーは特に、巨人(ガララス)お調子者(バートランド)の動きが気になっていた。

 歩みを止め、俯くバンピー。


「どうしたの?」


 顔を覗き込まれ、バンピーは反対方向に顔を背け――意を決したように手を差し出した。


「主様。私のわがままを聞いていただけますか?」

「う、うん? どうしたの?」


 修太郎はそれを不思議そうに見つめる。

 彼女の手がわきわきしているのを見た修太郎は、なんだそんな事かと手を握った。


 バンピーの体が僅かに跳ねる。

 彼女は繋がった手をじぃと見つめた。

 彼女は繋がった手を強く握ってみる。


「その、なんともありませんか?」

「え? うーんと、小さい手だね」  

「そうですか」

「?」


 修太郎の言葉を聞いたバンピーはするりと手を離し、再び歩き出した。首を捻りながら修太郎もついて行った。



 * * * *



 到着した部屋は、宙に浮いた宝石と、その周囲には何もない広い空間。

 宝石の光に照らされながら、バンピーは浮遊する宝石を指差した。


「主様が来た日に現れた物です」  


 真っ暗な空間に煌々と輝く黄色の宝石。

 修太郎には《ダンジョン・コア》と表示が出ており、ほっと胸を撫で下ろす。


 修太郎はバンピーに頼んで「僕がここに来た日、一緒に現れた宝石みたいなもの」の所まで案内してもらっていたのだ。


「うん、これだ」

「主様。これはなんですか?」

「ダンジョンコアだよ」


 これを死守しなければ皆が死ぬ。


 修太郎は、コアの場所が分かった段階で、運命共同体である魔王達には包み隠さずこの事を話そうと考えていた。


 そして、バンピーにダンジョンの仕組み(その事)を告げると、彼女は宝石をじぃと見つめる。


「これを破壊するだけで――」

「いやいや、破壊しちゃダメなんだって」


 話し聞いてた? と聞く修太郎。 

 こくんと頷くバンピー。


 ダンジョンに属するモンスターは主への攻撃は勿論、コアの破壊もできない。マニュアルを読破した修太郎だったが、斧を振り回す彼女の姿を思い出し、無理と分かっていても肝を冷やしたのだった。


「そうでしたね。では開放の日にちを含めて、他の魔王達には私から伝えておきますね」


 かしこまったようにお辞儀をするバンピー。


「それとさ。僕は主人様とかじゃなくて、単に友達とかの方が嬉しいんだけど」


 堅苦しいのがどうにも苦手な修太郎。

 部活にも所属しておらず仲の良い後輩や友人も居ない修太郎にとって、せっかく仲良くなれたのに敬語を使われるこの状況がとても気持ち悪かったのだ。


「いえ、この関係は絶対です。我らが魔王六人全員がそれに同意しています」


 バンピーは表情を変えずにそう告げる。


 バンピー達魔王側からしたら、直接的に主と眷属の位置関係にあるだけでなく、実力(合成)を見せつけられてしまっては黙って従う他ない。


 だから腹の内で、若干名の魔王達は修太郎に対し〝従いはするが仲良くはしない〟という、忠誠とはほど遠い〝服従〟というスタンスで接している――この距離感を修太郎はもどかしく思うのだった。


「……じゃあとりあえず見ておきたい物は見られたから、僕はお城の中探検してくるね」


「お待ちください。私も同行しますから、どうぞお一人で行動なさらないでください」


 別に一人でもいいのに――と、修太郎は少し悩んだ後、腕の中のプニ夫を見て閃いた。


「なら次はバンピーの友達(・・)が沢山いる場所に案内してよ!」

「私に友達はおりません」

「えーと、じゃあ手下?」

下僕(げぼく)達の所なら案内できます」

「うん! じゃあそこに行きたい!」

「……?」


 修太郎は上機嫌でガッツポーズを取る。

 今度はバンピーが首を捻った。



 * * * *



 死界――

 それは生きとし生けるもの全ての終着地であり、地獄や奈落と呼ばれ恐れられる場所でもある。


 紅い空に、黒い月。

 枯れ木のような龍が飛び、骨が徘徊する。

 聞こえるのは唸り声と、何かを引きずる音。


 流れる水は全て紅に染まっている。

 水も、土も、生命は感じられない。


「ここが私の〝世界〟です」

「(怖すぎる……)」


 あまりの光景に、修太郎は戦慄していた。


 世界とは――


 当然ながら魔王達は全員が〝王〟であるため彼等には自分達が治める〝場所〟がある。それがこの世界と呼ばれる階層だ。


 ロス・マオラ城には六人の魔王と六層の世界が存在し、もしもプレイヤーがこの城を攻略するとなれば、全ての世界を周る事になるだろう。


 バンピーは〝アンデッドの王〟――つまりここにはアンデッド系列のmobが大量にひしめき合っている。当然その数は、彼女の部屋にいたものとは比べ物にならない。


「この辺りをご覧になられますか?」

「う、うん」


 そうですか。と、バンピーは歩き出す。

 修太郎は枯れ木に止まる六つ目の(カラス)に見送られながら、バンピーの後に付いて行く。


「ここに村とか町はないの?」

「我々には必要ありませんから」


 歩けど歩けど、変わらない風景。


 ボロボロの剣を引きずる骸骨剣士。

 汚れた布を纏った半透明の老婆。

 地面から這い出る腐った蛇。


「うおーーすげー! 地面からボコボコでてくる!」

「王たる私が来ているからです。一応の忠誠心はあるようですね」


 先ほどまで殺風景な荒野だった場所は、みるみるうちにアンデッドmobで溢れ返っていた――そして、そこかしこで行われる破壊。


「え、喧嘩してるの?」

「いえ。挨拶のようなものですね」


 唸り声と骨の音が大きくなる。

 アンデッド同士がお互いを壊し合い、崩れたそばから再構築されゆく。不死属性ならではの光景ではあるが、バンピーは後ろを付いてくる修太郎に恥ずかしそうに声をかける。


「醜いものですよね――彼等は獣よりも単純で意思がない。命あるものを本能で襲い、自分達の仲間にするためだけの存在。接触すれば仲間でも容赦なく壊し合いを始める」


 不死属性のmobは、バンピーが言うように本能だけの存在。あるいは、思念だけの存在。そこに痛みや悲しみも無く、自分のLPがどれだけ減っていても攻撃を止めない不気味さも、見た目とも相まって苦手とするプレイヤーも少なくない。


「きっと不死を得る代償に、感情を失ったんでしょうね」


 そこに品性などは無い。

 バンピーはそれがたまらなく嫌だった。


 彼女は望んで今の地位に居るわけではなかった――ただ特別、彼女が特別に強かったから、それだけだった。


「でもデュラハンはバンピーの指示に従っていたよね?」

「私や主様の指示には従います。これら(・・・)は私の下僕ですから」

「ふーん」


 修太郎は壊し合う骸骨剣士を眺める。

 なんて寂しい空間なんだと考えていた。


「バンピーはここが好きじゃないの?」

「はい」


 冷めたように答えるバンピー。

 修太郎の中の何かに火がついた。


「ちょっとここ改造してみてもいい?」

「改造、ですか?」

「うん。僕が椅子壊した時に出したやつ」

「はい、構いませんが……」


 そう言いながら、修太郎はメニューを開き〝建築〟項目を開く。



《建築》

○岩       1 P 

○水溜まり    1 P 

○沼       1 P

○草       1 P

○木       1 P NEW

○民家     50 P NEW

○道路      5 P NEW

○鍛冶屋    50 P NEW

○武器屋    50 P NEW

○防具屋    50 P NEW

○城壁  750,000 P NEW

○城  1,500,000 P NEW

○要塞 3,000,000 P NEW



 するとそこにはmob同様に達成報酬によってアンロックされた建築施設がズラリと並んでおり、実用的な罠から趣味的な城まで揃っていた。

 修太郎は指でスクロールさせながら適当にぽんぽんとそれを押してゆく。


 ドズン! ドズン! ドズン!

 ボゴン! ボゴン! ボゴン!


 けたたましい音を立てながら落ちたり生えたりする建造物の数々。修太郎は余りに余っているポイントを使い、次々に建物を追加して行く。バンピーはそれを目を丸くして見守っていた。


「命令が第一なら、目的を与えればいいんだよ! 例えばここの〝鍛冶屋〟には君を任命しよう。そしてここの〝裁縫屋〟には君だ!」


 修太郎が出していたのは、鍛冶屋に武器屋に防具屋に裁縫屋に靴屋に市場にと、まるでNPCが暮らす町にありそうな建造物。そしてそこの店主および従業員に、その辺の骸骨戦士(スケルトン)蜘蛛女(アラクネ)を指名し――指名されたmob達は、ぞろぞろと店の中へと入ってゆく。


 気付けばそこには町ができていた。

 道が整備され、街灯が等間隔に落ちてくる。


「じゃあ君から君までは店主さん。君から君までは町を発展させる大工さん。残りは全員町民で、大原則は二つ!〝侵入者以外を攻撃しない〟〝建物を攻撃しない〟」


 修太郎は見える範囲にいるアンデッド型mobに指示を出し、指名されたmobはずらずらと担当場所へと歩いてゆく。修太郎は仕上げに大きな倉庫と、その中に潤沢な資材を入れてメニュー画面を閉じた。


火の幽霊(ウィスプ)は暇な時に街灯に入って休んでもらえば光源になるね! 我ながら賑やかないい町にできた――あ……」


 満足そうに頷く修太郎は我に帰る。

 大好きな建築ゲームのように町を作ったはいいが、この場所の主はバンピーである。そしてバンピーはこの光景を黙って見つめていた。


 二人が立つ場所の付近では、骸骨騎士(スケルトン)が武器を作り、マミーが占い屋を開き、キョンシーが中華料理を作る愉快な空間が生まれている。


「ごめん、夢中になっちゃって……」


 そう言って頭を下げる修太郎。


 バンピーは奇跡を体験していた。

 ただ破壊と混沌しか無かったこの世界に、暖かい文明が生まれたのだ。


 不死属性ゆえに破壊を放置していたバンピーは、せっせこと働くアンデッド達を見ているうちに、枯れた体から涙が溢れそうな気持ちになっていた。


「素敵な町ですね」


 活気に溢れる町を眺めながら、バンピーは微かに微笑んだ。

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