012 s
クエスト完了と共に、レベルアップを告げる音が二度も鳴る。
得たお金は宿代にして一週間分はあり、ミサキは確かな手応えを感じた。
「でもデミ・ラットの尻尾は高くついたなぁ」
目の前に表示された獲得報酬一覧を眺めながら、ミサキはひとりごちる。
ミサキが受けていたクエストの必要材料の中には都市周辺に生息するデミ・ラットの尻尾が含まれており、フィールドで戦闘する覚悟がまだできていない彼女は門の前でプレイヤーを待ち、狩りから戻ったプレイヤーから尻尾を買い取って補填したのだ。
それにしても悪徳な値段だった。
報酬の半額分はアレで消えてしまった。
しかしながら、フィールドで得られるアイテムは、たとえ雑魚mobの戦利品とはいえ非戦闘民からしたら自力で用意できない品。それを知っている戦闘プレイヤーは、店売り価格5ゴールド以下のそれらをかなりの値段でふっかけるのだ。
彼等も生き残るため、必死なのだろうと自分に言い聞かせるミサキ。あまり深く考えない所に彼女のさっぱりとした性格がよく出ていた。
(mobの戦利品が達成内容に含まれている依頼書は、私が自力で材料を用意できないからまだ早い。もっとこう、都市内でこなせるお使いみたいなやつは……?)
木製の掲示板を眺めているミサキの目に、一枚の依頼書が止まった。
○○○○○○○○○
依頼内容:迷い犬の捜索
依頼主名:メルシア・レー
有効期間:48:00:00
依頼詳細:迷い犬のドロシーを探してください。特徴は青と赤のオッドアイです。名前を呼ぶと鳴く芸ができます
報酬内容:170G/120exp
○○○○○○○○○
報酬は先ほどに比べてかなり劣るが、なにより都市内にいるだけで行えるクエストなら、予想外の損害を被る事はないだろう。それにこれは、名前を呼んで鳴く芸を用いて声を頼りに都市内を探すシステムだとミサキは理解していた。
依頼書を渡してクエストを受注し、さっそく外でドロシーを呼ぼうとしたミサキは、マップ上に妙に浮いた〝緑の点〟を見かけた。
ジグザグに行ったり来たりする緑の点。
座標の位置的には目視でも判別がつく場所で、もともと視力には自信がある(弓を選んだ理由の一つでもある)ミサキは、該当場所である路地裏へと視線を向けた。
小さな茶色い生き物が動いている。
どうやらゴミを漁っているようだ。
ミサキは最初のクエスト開始時に目的場所にピンが立ったのを思い出し、もしやと思ってその生き物の方へと歩き出す。
「あれ……いるじゃん、ドロシー」
その言葉に、キャンと返事が返ってくる。
それは特徴が類似した小型犬だった。
左右で違う色の瞳が光っている。
捜索が醍醐味のクエストなのにマップに対象が表示されるんだ――と、少し拍子抜けな様子で犬をひょいと持ち上げると、クエスト内容の部分が〝捜索中〟から〝保護中〟へと変わり、この犬がドロシーである確証もとれた。
(なーんだ、簡単じゃん捜索クエスト。最初からこっちだけ受ければよかった)
得した気持ちでドロシーを抱きしめながら、軽やかな足取りで冒険者ギルドに向かうミサキ。
βテスターがこの光景を見れば一連の〝異常さ〟にいち早く気付けただろうが、もちろんeternity初心者であるミサキは知る由もなかった。
* * * *
都市アリストラス周辺の平原で、あるパーティーがmob狩りをしていた。
「ちょっと飽きてきたな、雑魚狩り」
そのうちの一人が愚痴を零すと、他のメンバーも口々に不満を漏らしはじめる。
彼等は紋章ギルドに入りたての第二陣プレイヤーで、戦闘希望の六人で構成された〝雑魚mobの間引き〟部隊である。
今は戦闘のできない初心者達を保護するのが紋章ギルドの活動内容であり、紋章ギルドのメンバーはそれぞれ都市内の見回り(初心者のメンタルケア)、初心者の戦闘指導、お金や食糧調達などがあり、雑魚mobの間引きもそのうちの一つだ。
お金稼ぎや戦力増強の一環でもあるのだが、侵攻が発生してmob達に門を破られでもしたら、戦闘のせの字も知らない初心者達はたちまち全滅してしまうだろう――そうさせないためのmob狩りであり、夜間の見張りである。
しかし、侵攻を未然に防ぐための重要な部隊ではあるものの、戦闘希望の彼等はデスゲーム開始前にいくらかレベルを上げていたというのもあり、デミ・ラットを六人で叩くことに物足りなさを感じていた。
「なあ。ちょっとだけ次のエリア覗かねえ?」
「え、でもワタルさんは周辺の雑魚だけを無理なく討伐してくれって……」
「いやいや、行けるだろ俺たちなら。確かイリアナ坑道の適正レベルは7かそこらだろ? 俺達もう8だもん」
彼等も元々は自由な冒険を求めてこのゲームを始めた若者達だ――囚われの身になったとはいえ、野心も好奇心もあるのだ。
それぞれがそう感じていたのか、一人の意見に他の四人が同調する。そして唯一ギルドマスターの言いつけを主張したメンバーも、多数決的に彼等に付いて行くこととなる。
イリアナ坑道に、複数人の足音が響く。
先頭を行く青年はマップに表示された〝入り口〟にはいつでも戻れるという安心感と、新しく開拓されてゆく快感を味わいながら、景気良く進んでゆく。
遭遇するmobを難なく撃退していきながら、ラットとはおよそ比べ物にならない経験値に、皆、上機嫌だった。
世界でのレベルは=地位ともいえる。
そこに年齢や学歴などは関係ない。
現実世界では立場も力も上の大人たちのほとんどが、宿屋に篭るだけ、文句を言うだけで何もできない低レベルの無力な存在になってしまったことに優越感を抱く者も多い――現にこの六人もそうである。
得られたアイテムも、
「くも足ゲットー!」
「なあゴブリンの直剣ってレアか?」
「こりゃ獲得できるゴールドもかなり美味いな」
夢中で進んでゆく若者六人。
まるで雑魚mob狩りでの憂さを晴らすかのようで、その気の緩みが原因か――入り口からずっと彼等を尾ける人影に、誰一人として気付かなかった。