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その頃修太郎はというと、部屋でプニ夫のステータスがどんなものになったかを調べていた。
裏では六人の王が完膚なきまでに打ちのめされ絶対の忠誠を誓っているのだが、当の本人はプニ夫を愛でるのに夢中である。
(ダンジョン用mobだからそれを見る専用のページがどこかにあるのかな?)
少し探すと、それは簡単に見つかった。
ダンジョン内部の眷属。
つまりは魔王達のステータスすら見られるのだが、他人のプライベートを覗くような気分になり、修太郎はプニ夫のステータスだけを覗く。
name :プニ夫
Tribes:アビス・スライム
Lv.108
LP [7,441,829 / 7,441,829]
MP[5,171,800 / 5,171,800]
STR_3709
VIT_5015
AGI_3197
DEX_4903
MAG_5572
LUK_4606
固有:形状変化
全耐性 Lv.1
激毒攻撃 Lv.1
混沌魔法 Lv.1
不死魔法 Lv.1
吸収 Lv.1
想像以上の詳細に軽く目眩を起こしながら、修太郎は適当にスキルの〝全耐性〟を開き、説明を読んだ。
詳細:全耐性
物理耐性 耐風耐性
魔法耐性 耐光耐性
耐火属性 耐闇耐性
耐水属性 耐聖耐性
耐土耐性 耐不死耐性
これを見た修太郎の反応は、
(これだけ色々あったら、プニ夫も簡単にやられたりしなさそう!)
だった。
その後、修太郎はプニ夫のスキルを色々開いては読んでみたが、ほどなくして読むのを辞め、プニ夫を引っ張り遊びだした。
なにしろ修太郎の知識は《βテスター・ヨリツラが行く!》の攻略記事の80%ほどだし、そもそもプレイヤーの最大レベルは40かそこらであるため、これらのスキル群の凶悪さまでに気付けないのは必然といえた。
全耐性だけ見ても全ての攻撃威力を半減する性能を誇り、さらには数多くのboss mobを合成・吸収したプニ夫にも、あろうことかboss特性が付与されていた。
デュラハンの例にもあったが、boss特性は自分のレベル以下の攻撃を全て半減するため、プニ夫の場合、レベル108以下の相手から受ける攻撃は全て4分の1されるのである。
この時点で、プニ夫はすでに終盤に出てくるboss mobのステータスを超えていた。
* * * *
大都市アリストラスは夜の闇に包まれていた。
籠の中に囚われた約35万人は、タコ部屋のような粗末な宿で質素な毛布にくるまり、終わらない
プレイヤーとNPCの温度差は顕著で、夜の11時を回ったというのに商店街は活気に溢れ、酒場では冒険者風の男達が騒ぎ、美しい女性が裏露地へと誘っている。
プレイヤーにとっての異常も、
NPCにとっては日常だから。
「なあ。娼館って一回いくらかな?」
「バーカ。明日のおまんまも食えるかわからねえのに、女に金払ってられねえよ」
二人のプレイヤーはそんな事を会話しながら、城壁内側に備え付けられた階段をゆっくりと登っていく。
城壁の上は風も強く肌寒く、等間隔で置かれた松明だけが癒しと温もりを提供してくれる。
厚み8m、高さ20mの分厚い城壁の上に集まった人々。ざっと見て50人程のプレイヤーが武器を携え、鈍色の鎧を着たプレイヤーの話を聞いている。
「夜間はmobが最も活発になり〝侵攻〟が発生する可能性が高まる。我々は侵攻の発生を未然に防ぐ必要がある。どんな小さな集団でも、見つけた者はすぐに連絡を飛ばし、それを受けた討伐隊は目的地に向かう!」
彼の言う〝侵攻〟とは何か。
夜になるとmobは活発化し、稀に不相応に強いmobが現れる事がある。そのmobが自らを軸とした集団を形成し、勢力を拡大し続ける。
勢力が膨らむにつれ縄張りの食糧が賄えず、人が住む町や都市に攻め入ってくる――これが侵攻と呼ばれている。
飢えた獣が人の住む場所に下りてくるのは自然界でも度々目撃される光景である。侵攻はそれに良く似ている。
そのために門番NPCが都市の門を寝ずの番で守っているのだが、侵攻の大きさ次第では対応できず、町のセーフティーが崩壊し安息の地が無くなる。当然、混乱の中の戦闘は困難を極め、大量の屍が量産されるのは火を見るより明らかだった。
β時代、一ヶ月間という短い期間の中で、二度ほど侵攻によって町が襲撃され甚大な被害が出ている。デスゲーム化した現在、侵攻は最優先で食い止めなければならない問題となっていたのだ。
この侵攻が生まれないために、紋章ギルドを筆頭に有志のプレイヤーは夜、都市の周囲にそびえ立つ巨大な城壁の上に見張として立ち、常にmobの集団を索敵するのだ。
城壁の上、四人の騎士が都市から見える深い森を見守っていた。その中の一人の男が、マントの男に声を掛ける。
「なあワタル。やっぱあれは無謀だったんじゃねえか?」
その中には、ワタルとアルバが居る。
βテスト時代では最高レベルをキープしランキングのトップに君臨していた〝聖騎士 ワタル〟。
常に先頭に立ち、圧倒的な火力で敵を殲滅し味方を鼓舞する紋章ギルドNo.2の〝騎兵 アルバ〟。
プレイヤーの最高戦力とも噂される二人が居るとあって、有志のプレイヤーはかなりの数集まっている。二人にとっては、実はそれが狙いでもあったのだが。
「無謀って?」
ワタルはギルドの紋章が刻まれたローブをはためかせ、視線は森から外さず、答える。
「都市に居れば安全とか、物資とかよぉ……」
「うーん、まぁそうかもしれません。正直あれはムーンショットなので」
「ええ?! ど、どうするんだよ」
不安げな男に対し、ワタルはあっけらかんとした態度で笑ってみせる。
ムーンショットとはつまり、未来から逆算して立てられた、斬新だが実現困難で労力の掛かる取り組みの意味。しかし、実現すれば大きな成果を期待できるといった用語である。
かつての米国大統領は、月面に人類を立たせる計画を打ち立て実現させた――ワタルの立てたその目標は、どちらかといえば自分達に対する発破の意味に近かった。
ワタルは大真面目にこれに取り組むつもりで、アルバもそれを信じて尽力している。二人のこの前向きな姿勢、引っ張る力によって、多くのプレイヤーが希望を見出したのも事実だ。
「実現しなければ、恐らく多くの人が暴徒化しますから。ただ、焦って無理だけはしないでください。戦える人はそれだけで財産なんですから」
ワタルの言葉を受け、男は覚悟を決めたように頷き、自分の持ち場に戻ってゆく。
北門、南門、西門、東門。
他にもあるが、主要の門である四ヶ所の上へとプレイヤーが集まり、今宵の侵攻警備にあたっている。
都市を囲う巨大な壁に等間隔で立てられた松明に照らされ、フィールドをある程度見渡せるようになっており、特に隣接する森林は要警戒――つまりはワタル達のいる北門に、多く人が集められていた。
「緊張状態のまま、夜間の警備となるとストレスは甚大なものになりそうだな」
続々と城壁の上へと向かう人々を見つめながら、腕組みするアルバは心配そうに呟いた。背負われた彼のシンボルたる巨大な剣に、揺れる松明の炎が映る。
「こればかりは手を抜いてしまうと取り返しがつきません。夜視の利くスキル持ちや、戦闘が可能な
城壁の上から見張るだけとはいえ、膨大な広さを誇る大都市アリストラスの全てをカバーするともなれば相当数の人員が必要となるし、これが連日連夜続くとなればアルバの心配はもっともだった。
「現状況では必須のスキル。β時代では一人だけ、か」
「情報屋のヨリツラさんが言うなら間違いないですよね。でも、100人だったプレイヤーは今や35万人。探す価値はあるかと思います」
固有スキルはmother AIの独断で与えられるユニークな贈り物で、職業や所持武器、設定したステータスとは何の脈絡もない物が贈られたりもする。
中には光る斬撃を出せるといったハズレもあるが、地形そのものを変化させるような恐ろしい物まで確認されていた。
とはいえ、ワタル達を悩ませる問題は、人口過密・金欠や食糧難・侵攻・それに伴う警備ストレス・駒不足に加え、もう一つ増えている。
「キッドさんの精神状態は?」
「わからん。最初の頃に比べたら暴れることは無くなったみたいだが、何しろ復讐に燃えているようだ」
「そうですか。彼の言う状況が正確なら、彼が生かされていることが、たまらなく不気味ですね」
つい数時間前、紋章ギルドの攻略班がイリアナ坑道を進んでいた際、放心状態のプレイヤーを回収してきている――キッドだ。
目の前で仲間を二人殺され自身も半殺しに遭ったキッドと、彼を襲ったPKの存在。
βテスターの中でもかなりの実力を持つキッドが殺されなかった事は紋章側としても財産だったが、それ以上に、ワタルはキッド自身が大きな爆弾に思えてならなかった。
(復讐に燃える彼を一人で行かせるわけにはいかない――かといって、護衛をつけてもそれこそ《黒犬》の思う壺か。まぁそれが目的なんだろうけど)
髪を靡かせながら、ワタルは深淵の森をただ見つめていた。
デスゲームと化したeternityの長い長い一日目が、終わろうとしていた。