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PART16 湯煙盗見アウトオブザリング

 マリアンヌがカサンドラと二度目の邂逅を果たしていた、同時刻。

 旅館の露天風呂をぐるりと囲む竹藪の中を静かに進む、二つの人影があった。


「……何でついてくるんだい?」

「こっちの台詞だぜ。俺の行く先にお前もいるだけだ」


 ロイ・ミリオンアークと、ユートミラ・レヴ・ハインツァラトスであった。

 二人は旅館から大回りして、外部にせり出す形の露天風呂へ外側から接近している。

 一体全体、何のために。



 ────覗きである。



 マリアンヌの部屋の入浴時間は既にリサーチ済み。

 後はこの竹藪を無事突破し、外壁をよじ登れば、そこには愛しい少女の裸体が待っているはずだった。


「ハッ。風呂覗きにミリオンアーク家の嫡男が手を出すとは、泣けるな」

「そういう観点だと君の方がまずいだろう。帰るなら今のうちだよ」

「冗談きついぜ」

「……フッ」

「……へっ」


 奇妙な連帯感に、二人は思わず口元を綻ばせる。

 どちらが言い出したというのはない。

 ただ二人とも、気づけば同じタイミングで、同じルートを歩き、こうして女子風呂を覗ける裏道を進んでいた。


「だが覗けるのは一人だけだ……決着を付けようか、ユート」

「ああいいぜ、上等だ」


 互いに雷電と火焔を身体各部から迸らせ、にらみ合いながら進んでいく。

 見た瞬間に鼻血ドバドバになるとかは関係ない。上等だった。失血死する恐怖など計算に入らない。ただ今は、とにかく、あの子のお風呂姿が見たい!

 猛進する二人が、しかし──はたと歩みを止めた。

 女子風呂を囲む、竹を編んで重ねた外壁のすぐ傍。


「来ると思ってました……ロイ君、ユート君」

「用件は分かってるわよね? あんたたちはここで終わりよ」

『……ッ!?』


 一緒に風呂に入ってるはずの、ユイとリンディが、仁王立ちで待ち構えていた。


「何をしに来たのか、とは問いませんよ。一目瞭然ですから」

「……どうかな。ここは獣道とはいえ、れっきとした散歩道だ。覗きの現行犯ではないだろう?」

「ええ、そうです。現行犯ではありません」


 そもそも、本気で二人を糾弾するのなら、実際に覗きを始めたところを捕まえれば良かった。

 だがユイはリンディに頼み込み、そうではなく堂々と待機する形を取った。

 理由は至極明瞭。


「一秒たりとも、マリアンヌさんの裸を覗かれる可能性があるのなら。それはもう嫌なので……覗きをしようとした、と判断した段階で、私は正当な罰則ではなく私のルールでお二人を叩きのめします」


 言葉と同時、次期聖女の身体を起点として絶死の予感が吹き荒れた。

 身体が硬直するのは数瞬。

 次の瞬間には、強襲の貴公子と隣国の第三王子が、揃って戦闘態勢に入っていた。


「迅速に終わらせましょう、リンディさん」

「ええ、そうね。いやまあ私はこの二人相手に戦えるとは思わないから、応援だけど」

「そしてその後、私がお風呂を覗きます」

「ええ……えっ!? 待って!? 取り締まりじゃなくて競合相手を潰しに来てたの!?」

「あの人のお風呂を覗くのは、この私だけでいいッ!」

「上等じゃねえか、ユイ。一つ勝負と行こうぜ!」

「誰が相手でも──僕は、この道を絶対に譲らない!」

「覗き魔VS覗き魔VS覗き魔!? 何この史上最悪のバトルロワイヤル!?」


 リンディの悲鳴をゴング代わりにして。

 三人は同時に踏み込み、激突した────!








「それにしてもカサンドラさん、アナタもヴァカンスに来ていらしたのですね」

「バカンスってわけじゃないけど……まあ、観光も半分はあるかしら」

「ノンノン。ヴァ・カ・ン・ス、ですわ」

「ならそうね、ええ。(わたくし)もヴァカンスに来てるようなものよ」


 温泉に二人で浸かりながら、笑みを交わす。

 彼女が言うにはここはカサンドラさんが貸し切りにした、臨海学校とは別枠の露天風呂らしい。

 つまりわたくし、普通に旅館で迷子になっていたようだ。

 まあ結果論結果論。結果的にはカサンドラさんと出会えたからセーフ。


「マリアンヌは学校の?」

「ええ。臨海学校……つまりはヴァカンスですわね」

「ふふっ。学びを怠ってはいけないけれど、貴女にはそんな指摘をするだけ野暮というものね」

「当然ですわ! 自分が強くなるためなら、積み上げるべきものはしっかり積み上げますもの!」


 言いつつも、カサンドラさんの顔を見ることができない。

 当たり前である。彼女もわたくしもタオルを身に纏ってはいない。温泉の透明度が低いから見えていないだけで、隣には裸の女性がいるのだ。

 グエー! 緊張するに決まってんだろ! 生まれて初めてだぞ混浴なんて……! いや混浴じゃねえんだけど! 混浴ではないんだけれどもさあ!


「どうかしたの?」

「い、いえ……」


 悶々としながら、お風呂に鼻まで浸かってぶくぶくと泡を立てる。

 当然身体は洗った後、髪はタオルでまとめて湯に入らないようにしてる。


「そういえばこの旅館、ボイラーに火属性八節詠唱魔法を付与していると聞いたわ。一般的と言えば一般的だけど……この間話したレーベルバイト家の新魔法が成立したら、このあたりも大きく変わりそうね」

「え、えぇ。そうですわね」

「本来の用途である燃料運転を考えると、むしろボイラーへの付与などをテストとしてやっていく形になるのかしら。貴女はこの国で、レーベルバイト家と話す機会はないの? せっかくならそのあたりも知りたいわ」

「それは……まあ……」


 全然話に集中できねえ!

 さっきからチラチラと視線が吸い寄せられる。

 いや。

 いやまあ、言い出したらわたくしだってそうなんだけど。


 おっぱいでっけ~~~~~~~~~~~~~!!


 お風呂に浮いてる! 浮いてるよ! 

 これが浮力の実験ですか、わたくしに負けず劣らずだ……!


「……まったくもう、話聞いてないでしょう。見過ぎよ」

「あっすみません」


 やべえ普通にバレてた。

 カサンドラさんは特に頬を赤らめるでもなく、『めっ』とわたくしの鼻を人差し指で弾いた。

 耳まですげえ熱い。温泉に浸かってるからだけじゃないというのは重々分かっている。

 そのまま彼女はすーっと近寄ってきて、妖艶な笑みを浮かべ囁いた。


「ふふっ……(わたくし)のカラダに……触りたいのかしら?」

「はい」

「あっ即答するのね」


 そりゃね。

 ……これもしかして触らせてもらえるのかな。

 いけるか? 土下座とかすればワンチャンスあるか? 全然土下座しようかな。


「も、もう。(わたくし)のカラダなんて、触っても何もないでしょう」

「あると言ったら?」

「……だ、だからといって。(わたくし)たち、まだ顔を合わせるの二度目なのよ?」

「しかし、あえて……!?」

「あっこれ勢いで無理矢理押し通そうとされてるわね」


 婚約者のマジックワードを使ったところ、カサンドラさんは我に返ってすすーっと離れていった。

 クソが!

 ロイ、お前ホント無能!!



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