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PART14 臨海学校オーシャンズ(前編)

 臨海学校は海辺の旅館にて行われる。

 各種レクリエーションなどを行う場にもなる旅館は、毎年魔法学園の生徒を受け入れている超高級老舗旅館だ。

 結構デカイから、他のお客さんもいるらしいけど。ただ一棟をまるっとは貸し切ってるらしい。



【なんでファンタジー世界に旅館があるのでしょうか……ちらっと見た部屋着は浴衣でしたし、女将さんとかいらっしゃいましたわよ】



〇鷲アンチ 気にするな

〇TSに一家言 そういうのマジで気にしたら負けだから



 まあそういうもんか。

 部屋割りは大体4人で割り当てられていたのだが、わたくしとユイさんとリンディは端数の三人組だった。

 うーん、なんか都合を感じる。モブ入れてもしょうがねえし、みたいな。


「……気にするだけ馬鹿ですわね」

「何言ってんの?」

「いえ、何も」


 浜辺に建てられている更衣室の外でユイさんたちを待っていると、先に金髪ショートカットの少女、リンディが出て来た。


「ていうかあんた、着替えるの早すぎ」

「…………」

「な、何よ。何ガン見してんの」


 紺色のワンピースタイプの水着を着たリンディは、普段より少し大人しく見えた。

 凹凸こそないが、守ってあげたくなる可愛らしさを持つ。

 だが本質はそこにはない。普段は仲間たちの世話を焼いてくれるあのオカン属性を知っているからこそ、魅力を感じる。そのおなかにほっぺをすりすりしたい。


「似合ってますわね」

「あ、ありがと」


 照れたようにそっぽを向くリンディ。


「そっちも似合ってる、わよ。普段より大人っぽい」

「あら、そうでしょうか」


 黒のビキニと花柄のパレオを合わせると、実際思ってたより外見年齢が上がった。

 着てから思ったけどこれあれだよな。お姉さんポジでちょっとニッチな人気を獲得してる系のキャラが着てる感じの水着だよな……


「すみません、マリアンヌさん、リンディさん。お待たせしました」


 ちょっと自分のキャラと合ってなくない? と悩んでいたその時。

 更衣室の出入り口から原作主人公の声が聞こえた。

 振り向けば水着に着替えたユイさんが、恥ずかしそうにもじもじしながら立っている。


「ほう──」

「あんた、また凄い目つきになってるわよ。でもいいじゃないユイ。似合ってるわ。可愛いわね」

「えへへ……ありがとうございます。お二人も似合ってますよ! リンディさんはかわいい系で、マリアンヌさんは……その、すごく綺麗で、色っぽくて……パレオの隙間から見えるおみ足とかすごくいいですね……」

「発言が全然可愛くなかったわね」


 なんか会話してるがあんま聞こえなかった。極限の集中に至っていた。

 ユイさんが着ているのは、白とピンクのボーダー柄で、可愛らしいフリルがあしらわれたビキニ。ややあざとめだが、小動物チックなかわいさを持つ彼女にはよく似合っている。


「ええ。ユイさん……ベストマッチですわ」

「何の判定?」


 そんな感じで水着姿を褒め合っていると。


「おう! 三人とも着替え終わってたか──おいおい。美女揃いじゃねえか」


 男に声をかけられた。ナンパではない。

 登場するは真っ赤なトランクスタイプの水着がよく似合う男、ユートである。

 隣には紺色のスポーティーな水着を着たロイもいた。二人して浜辺中から視線をビシバシ集めまくっている。


「ユート……それは水着を直視しながら言う台詞ですわ。どこ見てますの?」

「っせーな!」


 彼は水平線を見ながらわたくしたちの水着を褒めていた。

 お前本当に耐性ないな。


「マリアンヌ。よく似合っているね」

「ええ、ありがとうございますロイ。こちらを見ていれば完璧だったと思いますわ」


 婚約者も虚空に向かって微笑みを浮かべていた。

 なんかうちのパーティ、サキュバス相手とかだと男性陣壊滅しそうだよな……

 そうこうしているうちに、ユートが声をかけたのを皮切りにして、浜辺にいたクラスメイトや同学年の連中がわっと押し寄せてくる。


「流石ピースラウンド様! お似合いです!」

「パレオがその、とっても素敵です!」


 ふふん。モブ共に褒められて、悪い気はしねーな。

 でへへへ。そこの可愛いモブ子ちゃん、ちょっとお茶しない?


「ユイちゃんも似合ってるねー!」

「ハートセチュアさんは俺が守護る」

「ユート君の胸に顔を埋めて死にたい」

「ミリオンアーク君に夕暮れの浜辺でフラれてぇ……」


 褒め言葉から、段々と欲望博覧会になってきた。

 性癖の主張が激しいんだよお前ら。

 辟易しながらふと周囲を見渡すと、同じ馬車に乗っていた騎士たちがいない。


「あら? 護衛の騎士たちはどちらに?」

「ああ、そういや見当たらねえな」

「──すまない。着替えに手間取ってな」


 声が響いた。

 全員揃ってガバリとそちらに振り向く。

 砂浜をゆっくり、足並み揃えて歩いてくる、対魔法使い・魔獣戦闘のプロフェッショナルたち。

 ハイビスカス柄のアロハシャツを着込んだ英傑共。


 その集団を率いるのは、星型サングラスをかけ、大輪の花咲くアロハシャツの前を大胆に開き、肉体美を露わにした紅髪の騎士──ジークフリートさんである。



〇宇宙の起源 何だこの新スチル!?

〇つっきー 似合ってて草

〇無敵 !?!?!?!!?!??!?



「メッチャクチャ浮かれてますわね!?」

「え、これが海辺の正装だと聞いたんだが……」


 彼はサングラスを頭に引っかけると、慌てて背後に振り向く。

 部下たちは一様に顔を逸らした。


「……浮かれて、いる、服なのか?」

「あ~……似合ってるからいいんじゃねえのかな、ははは……」


 友達(ダチ)のフォローも虚しく、ジークフリートさんは何も信じられないといった表情になっていた。








 魔法学園の生徒たちと、王立騎士団の騎士たちがバレーボールに興じている。

 上の世代が見たら泡吹いて倒れそうな光景を眺めながら、わたくしはパラソルの下で優雅に魔法論文を読んでいた。

 ふと影が差したので論文から顔を上げる。飲み物を持った季節限定SSRジークフリートさんが、視線で隣に座ってもいいかと問うていた。

 無言で頷くと、彼はわたくしの隣に膝を立てて座る。


「海には行かないのか?」

「ええ、ちょっと今キリが悪いので。すぐ読み終わりますわ」


 深窓の令嬢アピールしてたとは言えねえ。いや論文真剣に読んでるしキリ悪いのも事実だが。

 あとやってから思ったけど読書に向いてねえわ砂浜。暑いし日差しあると文字読みにくいし。


「そういえば、身体の調子はどうでしょうか」

「復調には程遠いな。今回の護衛任務も、部下たちには話を通してある。いざという時にオレを組み込まないフォーメーションの訓練もした……騎士としては、情けない限りだな」


 論文を閉じて問えば、やや自嘲するような声色が返ってきた。


「まったく。騎士としては、なんてつまらない枕詞は取っ払ってしまいなさいな」

「……もっと利己的(エゴイスティック)に、だろう?」


 邪竜を共に倒したときの言葉だ。

 よく覚えてるな。


「アナタが言ったでしょう。負けることに慣れてもいいと」

「……そうだな」

「まったくそれを実践していない身でこう返すのは失礼ですが……それでも言います。騎士らしくない自分に慣れてみるのも、一つの手では?」


 顔を向けてそう言うと、彼はまったく予想だにしない内容だったのか、きょとんとしていた。

 強いていうなら今の服装は全然騎士らしくないと思うよ。星型サングラスすら似合うって顔面補正ヤバすぎだろ。


「騎士らしさ……か?」

「ええ。何事もバランスですわ。さっき馬車で言っていたでしょう、騎士である前に男だと。ならば騎士であるアナタと騎士でないアナタが共存することは、何も不思議ではありません」



〇適切な蟻地獄 あのASMRをいい話に転用することあるんだ

〇無敵 まあそれだけ良い音だったしな、分かるよ

〇日本代表 言ってること滅茶苦茶だぞお前……



「本当に大事なのは、どんな自分であっても、最後にどうありたいかの結論。バランスを欠くことなく、自分の芯を譲らないことですわ」

「……本当に。君には敵わないな」


 肩をすくめ、彼はサングラスを手に持って弄りながら嘆息する。

 やれやれ。難儀な性格だよなこの人。


「では一つ問いましょう」

「?」

「──アナタにとっての『騎士』とは何ですか?」


 わたくしの問いに、ジークフリートさんはふいと視線を水平線に向けた。

 数秒の沈黙。


「……最初は、手段だった。オレには騎士の素質があると言ってくれた師や、親友に報いるための……だが今は、誇りを持っている、職業だ。騎士とは、人々の安寧を守る守護の盾。不条理や理不尽をはね除ける、希望の象徴だ」

「なるほど」


 師や親友、ね。

 ん?


「……その、ご両親は?」

「顔を見たこともないな。物心がついたときには、施設にいた」


 うげえ。重い重い重い。

 普通に要らんこと聞いたわ。



〇みろっく ジークフリートさんの血筋に関してはマジで設定明かされてないんだっけ

〇第三の性別 なーんもない

〇red moon 考察として遠い祖先に竜種がいるんじゃない? って話はあるんだけどね

〇無敵 ああ、あったねそんな考察。マジならめちゃくちゃ笑うけど



「だからこそ、オレは……仲間たちよりもきっと、騎士としての信念には欠けている」

「本気でそうお思いで?」


 ちょっと面食らった。

 わたくしの知る限りでは、確かに誰よりも強くありたいという願いこそ騎士道から外れていても、立ち振る舞いは正しく理想の騎士だったからだ。


「バランスが大事というのなら。きっとオレはアンバランスなのだろうな。力が振るえずとも、騎士は高潔であるべきだ。だが……オレは力を十全に振るえなくなってから、自分のあり方を疑っている」

「…………」

「だから感謝したいと思うよ、マリアンヌ嬢。最後にどんな自分でありたいかという信念……それを見つけられるかどうかを、今、問われているんだろう」


 そう言うジークフリートさんの横顔。

 瞳に浜辺を──笑い合っている学生や騎士たちを──映し込む彼の声色は、調べのように美しかった。


「さて。マリアンヌ嬢。呼ばれているぞ」

「え?」


 見ればビーチボールを片手にユイさんたちがこちらに手招きをしている。

 やれやれ。人気者はつらいぜ。

 だが上等だ。ビーチバレーにおいても最強であることを証明してやろう。何を隠そう、今のわたくしは浜辺令嬢だからな!


「ではジークフリートさんも行きましょう」

「ああ、無論だ」


 二人して立ち上がり、ネットの張られたバトルフィールドへと歩き出した。



【──って、ちょっとお待ちください! ファンタジー世界で何でビーチバレーやってるんですの!?】



〇火星 だから気にするなって言ってんだろ!




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