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PART13 道中交歓ティーブレイク(後編)

 臨海学校へと向かう馬車の中。

 わたくしたちは騎士団の方々が、風紀の乱れを外部から注意されていると聞いてちょっと引いていた。

「まったく……その自信が傲慢さに変わっているというのなら、注意されてもおかしくはありませんわよ」

「いや、面目ない。オレがしっかり指導しなければならないのだが、そういう点では疎いのでな」


 隊長であるジークフリートさんは申し訳なさそうにしている。

 この人が遊んでいるわけでもないし、そもそも遊んで何が悪いのかもわからんし、正直イチャモンつけられてるってだけではあるのだが……


「仕方ありません。わたくしが一肌脱ぎましょう」

「着てくれ」

「そんな断り方あります?」

「絶対ロクでもないことをするだろう。そういう顔だったぞ」


 半眼になっているジークフリートさんからの視線を受け流し。

 ごほんごほんと咳払いしてから、喉の調子を確かめて。

 長い足を優雅に組み換えて肘掛けに頬杖をつくと。



「ひゃぁんっ♥あぁんだめですわ♥あんっ♥もっとゆっくり……あっ♥あっ♥っあぁっ♥」

『…………ッ!?』



 わたくしはまったくの真顔で嬌声を上げた。



〇苦行むり 何? 何? 何? 何?

〇トンボハンター ちょっまっ

〇無敵 録音できたやついるか!? いるわけねーな!

〇外から来ました ノーモーション大いなる破局やめろ



 馬車にいた全員が言葉を失っている。喧噪に隠れていたガタンゴトンという路面を車輪が駆ける音がむなしく響いていた。


「おわかりですか?」

「……いや、すまない。今、正直、完全に頭が真っ白になっている」

「それはそれで衝撃を受けすぎでしょう。ちょっとショックですが」


 ジークフリートさんは何度か目をしばたたかせて、深く深く息を吐く。

 見渡すとユイさんとリンディも顔を真っ赤にして、口をパクパクと開閉し、それから顔を伏せもじもじと両足をすり合せるばかりになっていた。

 ユートに至っては首より上全体から湯気を上げている。完全にオーバーヒートしてるじゃねえか。


「即ち、女性は快楽を一切感じずとも喘ぎ声を出すことが可能だということですわ」

「……それが一体、何の意味を」

「ご覧なさい」

「……?」


 わたくしが指し示した先。

 騎士団の騎士の大半が、腕を組み、眉根を寄せ、苦悶の声を上げながら必死に考え込んでいた。


「皆さん、『あの時のあれはまさか……』と考えているのですわ」

「君たちはなあ……!」


 ジークフリートさんは呆れた声を上げて、それから頭を振った。


「いや、思い直す機会にはなるかもしれないが……その。年頃の少女が、そういった声を上げるんじゃない」

「あら? 学生相手に邪な気持ちを抱いていては、騎士は務まらないのでは?」

「…………」


 長身の、わたくしが知る中でも最高の騎士は、一切の表情を消した。

 それからスッと頭を下げ、わたくしの耳元で囁く。


「オレは騎士である前に男だが?」

「~~~~~~~~~~~ッッ」


 ASMRか?

 ちょっと流石に下腹部がゾクゾクした。



〇苦行むり お嬢、思えば元男だけどすっかり女性だよな

〇TSに一家言 男性メンタルの残骸をうまいことリサイクルした女性って感じ、これはこれで"アリ"

〇無敵 え……妊娠した……

〇日本代表 起きろ



 身体的には女の状況でずっと生きてんだから、精神だって引っ張られるに決まってんだろ……!

 ていうか今のセリフはちょっと凄い。凄いわ。びっくりした。耳が孕むかと思った。

 こんな肉食系のこと言えるなんて、まさかこの人わたくしのことを──


「そも、騎士は人間がなるものだ……人間とは雌雄を持つ。時間軸の問題で、男や女、あるいはどちらでもない性自認を得ることの方が先になるのは当然だ。だから必然、人間は役職とは異なった領域で性的欲望を持つ。先ほどウチの副隊長はああ言ったが、だからといって成人男性をからかうのは感心しないな」


 あ違ぇこれ口説かれてるんじゃなくて説教されてるわ。


「見たまえ。タガハラ嬢とハートセチュア嬢も引いているぞ」

「あ、ああいやそうじゃないんだけど……ユイ、なんとか言いなさいよユイ」

「マリアンヌさん、今のもう一回……」

「ユイ!?」

「彼女たちは駄目だな」


 ジークフリートさんは沈痛な面持ちで首を横に振る。


「別の同性の友人を思い浮かべてくれ。その子が同じような声を上げていたらどう思う?」

「むむむ……」


 とはいってもわたくし、友達少ないんだよな。

 えーと。



『あら、マリアンヌ。(わたくし)のえっちな声が聞きたいの? ふふふ……イケない子ね』



「ぶっ……!?」

「うわあいきなり鼻血を噴き出すな! どんな想像をしたんだ君!」


 鼻から滝のように鮮血が溢れ出し、大慌てでジークフリートさんが血を拭いてくれた。


「な、なるほどこれは心臓に悪いですわね……!」

「いやそういう方向性のつもりは……まあいい。よしとしよう」


 なんだかんだで丸く収まったその時だった。

 空間は拡張されているものの、窓から見える景色は通常通り。

 山道を駆けていた風景が一気に開ける瞬間を、偶然にも目撃した。


「まあ──海ですわ!」


 歓喜の声を上げて、オーシャンビューを眺める。

 窓は狭苦しいものの、広大な大海原が馬車の外には広がっていた。


「海ですわよロイ!」

「…………」

「ちょっと聞いてますのロイ! 海が見えましてよ!」


 窓の外を見ながら向かいの貴公子の肩を揺さぶるも反応はない。

 あれ? と思って顔を向けると。

 隣のロイは、鼻の穴から滝のような鼻血を流しながら、安らかな表情を浮かべていた。

 なんかこう、もう全体的にモノクロになってる顔だった。



【海にたどり着いたと思ったら、婚約者が遺影になっていましたわ。イェーイ】



〇日本代表 は?

〇red moon 喋んな殺すぞ

〇つっきー 一生喘いでろ

〇宇宙の起源 同じ口からエロボイスと親父ギャグ飛ばすな



【はい、すみませんでした……】



〇無敵 誰かさっきのジークフリートさんの声録音成功してませんか? 言い値で買います

〇トンボハンター いや流石にあれ録音は無理じゃ……

〇無敵 すみません

〇無敵 お願いします

〇第三の性別 うわぁ

〇無敵 この通りです

〇無敵 誰かいませんか

〇無敵 頼みます、この通りです。靴舐めます



 流石に見てられねえ……

 悲しくなって、ロイに回復魔法をかけながら配信画面を閉じた。

 どっかのタイミングで、わたくしからお願いして、録音できるタイミングで言ってもらおうかなと思った。


 わたくしももう一回言われたいしな!



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