PART12 道中交歓ティーブレイク(前編)
馬車で臨海学校に行くと聞いたときは正直学校がイカれてると思った。
三桁いるんだぞ生徒はよお! と思いきや、馬車一台あたりに空間を拡大する魔法がかかっており、一クラス余裕で入るようになっていた。
つまりはこれ送迎バスじゃねえか。
「ちょっとロイ、これ6止めてるのアナタでしょう」
「止めてないよ」
「いや絶対アナタですわ。こんな性格の悪いことをするのはアナタぐらいです」
「止めてないよ」
一クラス丸ごとを詰め込んだ馬車の中。
大した揺れもなく肘掛け付きのふわふわな椅子に座れるという快適な空間で、わたくしたちはテーブルを開いてのトランプゲームに興じていた。
〇鷲アンチ よ、弱すぎる……
〇適切な蟻地獄 この雑魚さで負けず嫌いは無理だろ、ちゃんと心折れとけ
はあああああああああああああああ!?
あったま来た! ぜってー勝つ! 勝つ……ためには……ハートの6がないとどうにもならねえんだよなあお前よおなあ! 手札の中でハートがほとんど揃っちまってるんだわ! でも6も8もないんだわ! 悪夢かよ!
「いいからとっととハートの6を出しなさい!」
「僕がやってるっていう証拠がどこにあるんだい」
「犯人は皆そう言うんですわ! 君は小説家になれるだの、アリバイは完璧だの、明けない夜はないだの……!」
「随分かっこいい犯人が混ざってましたね!?」
隣のユイさんが驚愕の声を上げる。
彼女もまたちゃっかり手札を残り一枚にしており、許すことのできない相手だ。
わたくしの手札、片手で持ちきれないんですけど。
「いいから次ミリオンアークよ」
「ああ、ごめんよ」
リンディに催促され、ロイが視線をわたくしからテーブルに戻す。
わたくしの対面に座る彼は、盤面を眺めようと前にかがみ、その時に手札がぱたと一枚落ちた。ハートの6だった。
「あっ」
「ほうらご覧なさい! このタヌキ! オスギツネ! やられ役として出る方のサル!」
「動物縛りでなじって意味あるのかよ……?」
斜め前に座るユートが訝しげに問う。
意味なんてあるわけねーだろ。煽りにおいて意味なんて不要、大事なのは一にも二にも相手をイラつかせる破壊力だ。
「はははっ、こういったゲームが学生の間では流行っているのですね。どうです隊長、ルールを覚えて、我が隊から騎士団に広めてみますか?」
「親交を深めるためには有意義だろうが、どうだろうな……」
学生の年齢ではない、声変わりを終えきった大人の声が聞こえた。
ちらと見れば、ユートと同じ馬車に乗っている騎士団の方々と、彼らを率いるジークフリートさんが、入り口を固める形で座っている。
クラスの生徒たちからは騎士にちょいちょい視線が向けられていた。とはいっても、敵対的なものは一切ない。顔がいいからな、こいつら。夏で浮かれてやがるんだ。まったく学生の本分を思い出せよ。
「おい、次はマリアンヌだぜ」
「ああはい、失礼……ってまーーーた出せるものがありませんわ!! きいいいいいいいいいい!! ぱ……ぱ……メテオ!!」
「なんて??」
地団駄を踏みながら、余りにもパスが言いたくなくて適当なことを叫んでしまった。
錯乱するわたくしを見かねたのか、ジークフリートさんがそっと近づいてきてロイに声をかける。
「ミリオンアーク君。その、マリアンヌ嬢はこういったゲームが苦手なのでは?」
「ああ、死ぬほど苦手ですよ。でもトランプをやりたいと言い出したのも彼女ですし」
「は、傍迷惑だな……ボードゲーム類全てが苦手なのか?」
「チェスは比較的マシです。よくやりましたよ、500はくだらないでしょうね」
リンディが小声で『またマウント取ってる……』とか言ってた。
わたくしもそう思う。隙あらばマウント、基本だね。
「ほう、戦績は?」
「500回ほど盤面をひっくり返されました」
ロイの言葉に、ジークフリートさんは呆れかえったような顔をした。
「文字通りのちゃぶ台返しか。乱暴過ぎないか?」
「いえ。僕とマリアンヌの位置が入れ替わる形で、くるっとひっくり返されました」
「勝ちに貪欲すぎないか……!?」
「まあ毎回僕がそこから勝ちましたけど」
「勝ち目が貧弱すぎないか……!?」
うるっせぇ────────────ですわ!!
手札をいくら睨んでも現実は変わらないので、嘆息しつつ騎士団の方々に目を向ける。
水着持ってきてるんだろうか。とはいっても現状は屋内専用用の軽装備だしな。
あと、なんていうか。
「……本日は騎士団の方々、普段より大人しいというか。なんだか静かですわね?」
わたくしの指摘に、ジークフリートさんは苦い顔で頷いた。
「騎士団に風紀が乱れてるんじゃないかと問い合わせが来ていてな」
へえ。面白そうな話題だな。
思わず茶会の際に顔を覚えていたジークフリートさんの部下に声をかける。
「あらあら。ヤンチャな騎士さんがいらっしゃったものですわね。学生相手に誰かがモンダイを?」
「ははっ。馬鹿言わないで下さいよピースラウンドさん。学生相手に邪な気持ちを抱いてちゃ、騎士は務まりません」
「勿論そうでしょうとも。冗談ですわ」
あはは、おほほ、とわたくしはその騎士の方と笑い合った。
まあ鎧に欲情してても騎士は務まるらしいから怪しいけどな。
「…………!!」
だがその刹那、突然馬車の天井を仰いだジークフリートさんが、勢いよく自分の籠手に自分の額を激突させた。
「じっ、ジークフリート殿?」
「おいおい、大丈夫か?」
ロイとユートが心配そうな声を駆ける。
紅髪の騎士は額からダラダラ血を流しながら、なんでもないと呟いて首を横に振った。
「ああ、まったく。邪な気持ちなんて抱いていない……そうだとも……」
「は、はあ。えーと……それで、問い合わせとは?」
なんか使い物にならなさそうなので、顔見知りの騎士に問う。
メガネをかけた彼は、確かジークフリートさんの右腕である副中隊長のはず。
彼は少し気まずそうな表情を浮かべて口を開いた。
「いえ。今までとやっていることは変わらないのですが……これは言い訳ですね。非番の際、夜の町に遊びに行った帰り道に、酔った様子で騎士が歩いていると。そしてそれはまあ、今の我々の本拠地は魔法学校の迎賓館ですから。要するには通学路なんですよ」
ああ、なるほど。
騎士は秩序の象徴だからな。オフとはいえ、そういう姿を見るのは嫌な人がいるんだろう。それもよりにもよって学生が普段使う通学路でだ。
別に人間だから好きにしろよとは思うが。
〇日本代表 警官がコンビニ寄ってて怒られるみたいなもんか
〇101日目のワニ うーん、自警団!w
「ジークフリート隊長が選抜した我が隊は、騎士団の中でも個性的な面々が集まっていて。中でも夜遊びに長けた面々が多いんですよ」
「ああ。オレとは違ってな」
黙っていたジークフリートさんが、血を拭き取ってすっきりした様子で復帰した。
ふーん。
【夜遊びに自信ニキということですか。気に入りませんわね……!】
〇外から来ました 童貞特有の僻みじゃん
お前チョキで殴るぞ。
だが夜遊びに長けている男と聞いて、クラスの女子たちから向けられる視線がしらーっとしたものに変わった。
ユイさんとリンディもそっとわたくしにすり寄っている。
馬車の空気がちょっと悪くなっちまったじゃねえか、やれやれ。
わたくしがなんとかするしかねーな!
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