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PART10 歪曲集愛ノーマンズライト

 マリアンヌのカウンターが巻き起こした、絶大な破壊の嵐。

 だがそれらは、吹き払われるわけでも、自然とかき消えるのでもなく。

 吸引されるようにして、破壊の中心点へと収束していった。


「……やはり無傷ですか。当然でしょうけれど」


 そこには傷一つないスーツを着たまま、マクラーレンが佇んでいた。右手の先には、空間がぱっくりと裂けたような、黒紫色の断絶があった。

 深紅の瞳に我が娘を映し込み、彼はふうと息を吐く。


「いや、私としては想定外だ。2番を切ることになるとは思わなかった……」

「わたくし、2番は初めて見ましたわね。それは?」

「異なる次元へアクセスする魔法だ。攻撃をこれに吸収させると大抵なんとかなる」

「インチキじゃありませんか……」


 マリアンヌも流石に絶句した。

 だが、驚愕はそこから続く。


「そして2番は──防御でなく、主にこれを呼び出すためのものだ」


 マクラーレンが、ゆっくりと、次元の狭間から剣を引き抜いた。


「……ッ!?」


 視界に入れただけで全身が総毛立った。

 厚く、硬く、鋭い刃。

 漆黒の刀身と飾り気のない柄。


「嘘でしょ!? あれって、ピースラウンド家当主の、もう一つの代名詞……だけど、大戦時以来、公の場で出したことがないっていう決戦用戦術魔導器……!?」


 リンディが驚愕の声を上げる。

 だがそんなこと、知っている。

 マリアンヌの方がずっと、ずっと知っている。


「それを抜きましたね」

「ああ、抜いたぞ」

「ならば、お父様は、わたくしを」

「そうだ。これを使わねば勝てない相手と判断した」

「────!」


 言葉を聞いて。

 マリアンヌは知らずのうちに、内底から湧き上がる歓喜に震えた。


 戦端が開かれたが最後、敵をすべて切り伏せるまでその剣戟が止まることはない。

 余りに多くの敵を屠り、血を吸い続けた刃。



 その銘も──魔剣ヴェルギリウス。



「ええ、ええ! いいでしょう! 誰が相手であっても! 全力のお父様相手だとしてもッッ!」


 マリアンヌはツッパリフォームの上限を解放。

 全身に20%の加護を纏い、流星の輝きが散る。

 犬歯で指先を切ると、そこから溢れ出した血流を右腕に巻き付け、マリアンヌは真っ直ぐ飛び込んだ。

 それを見据えて、マクラーレンは静かに剣を地面と水平に構えて。



「滅相せよ、破魔の鋼──開闢(ルクス)の残滓を奏でよう」



 刀身から爆発的に吹き荒れる魔力。

 常人ならば、近づいただけで魂魄を砕かれそうになるような禍々しさ。

 だがマリアンヌは口元をつり上げて、その剣へと右の拳を振りかぶって。




「必殺・悪役令嬢ロケットドリ────」

「無刀流──徹・羅」




 全身全霊の右ストレートが、空を切った。

 正面に見据えていたマクラーレンの姿がかき消え、視界を地面が埋め尽くした。


「あぶぶぶぶぶうぶぶぉぉっ!?」


 勢いのまま顔面スライディング。

 砂煙を上げて、マリアンヌはマクラーレンの足下を通り過ぎて、十数メートル後方まで滑っていく。


「ぶはぁっ!? な、何するんですの!?」


 ジタバタ暴れてやっと静止したマリアンヌは、顔を上げて絶叫した。

 そこには、マリアンヌの第一歩の加速で、合気の原理で彼女をスッ転ばした少女、ユイが申し訳なさそうに立っている。


「ご、ごめんなさいっ。だけど……その……」

「いや合ってるよ、正しい選択だったと思う」


 そこでやっと観客は気づいた。

 ユイがマリアンヌの前方に割り込んだだけではなく。


 マクラーレンが手に持つ魔剣ヴェルギリウスを、根元から刀身を噛み合わせて留めている、全身から雷撃を放出する貴公子の姿があった。


「やめてください……これ以上は一方が死んでもおかしくありません」

「ロイ君か。久しぶりだね」

「ここは、学び舎です……殺し合いなんて、あっていい場所じゃない! ましてや親子でだなんて!」

「フッ……ミリオンアークめ。随分と真っ直ぐな息子を育て上げたな」

「僕の目を見て答えて下さい、ピースラウンドさん! あなたは今確かに、マリアンヌが死んでもいいという気概で剣を振るおうとした!」


 同じ剣士として分かった。

 だから瞬間的に、客席から飛び出した。

 雷撃による加速だけでなく、マクラーレンに対して第四剣理による行動阻害を当てて、ギリギリのタイミングで間に合った。

 ユイとロイ、片方でも欠ければ、間違いなく誰かが死んでいただろう。


「気にしなくていい。これはそういう試練だ」

「何を────う、ぐっ……!?」

「ロイ!?」


 呻き声を上げて彼がその場に倒れ込み、思わずマリアンヌはそちらに駆け寄った。

 すぐにマクラーレンもしゃがみこみ、荒い呼吸に上下するロイの身体を注視する。


「ほう。随分と……特殊な魔力循環の乱れ方だ。なるほど。君もまた、手が届きつつあるということか」

「……ッ?」

「安静にしていれば、すぐに痛みは引く」


 それきり言って、マクラーレンは魔剣をあっさりと次元の狭間に放り込むと、立ち上がった。


「マリアンヌ」

「…………」

「分かっていると思うが、最後にロイ君に意識を向けたのは減点だ。あの刹那に私はお前の首を切り飛ばせた」

「……はい、分かっています」

「だが……良い。及第点だ。お前の好きにしなさい」


 慌てて駆けつけたリンディ、ユートも、言葉を失うしかない。

 昼食を共にしている間は、普通の親子のようだったのに。

 突然、殺し合って。

 今はもう、視線すら交わすことなく。


 マリアンヌはロイを起き上がらせると、保健室へ運ぼうと歩き出し。

 反対側ではマクラーレンが一人、アリーナの出口へと向かっている。


 少し悩んで、友人たちはロイを運ぶマリアンヌに付き添うことを選んだ。


 だから。


 ほんの刹那、マクラーレンがこちらを振り向いて、微かに微笑んでいたことなど。


 誰も気づかない。


「あの場面で飛び込んでくれる友を、ついに得たな」


 誰にも届かない。


「……私がいなくても」


 余りに歪で余りに不確かであるがため。



「一人で生きていけるようになったな、マリアンヌ」



 逆説的に、それは愛以外の呼び名を喪失していた。




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