PART8 父娘拙劣ヴァーミリオン
思わぬビッグネームの登場を受けて、教室は完全に凍り付いていた。
それもそうだ。てか一番衝撃を受けてるのは間違いなくわたくし。
〇鷲アンチ ん? え? 何? お父様つった?
〇火星 は? 待って待ってこれマクラーレン・ピースラウンド?
配信のコメント欄すらもが恐慌状態に陥っている。
現状明かされてる情報がほとんどなく。
つい先日やっとの思いで知れたのは、地獄に何故か突撃してアモン先生をボコボコにしたという意味不明なものだけ。
だというのに平然と、保護者参観にやって来たのはこの男~!
「それでマリアンヌ。今日は何をするんだ。詠唱破棄は習得したか? 特級選抜試合を蹴ったというのは風の噂で聞いたが、それでいい。あんな子供の遊びに付き合ってる暇は、ピースラウンドの名を継ぐ者にはないからな」
マクラーレン・ピースラウンド。
我らが王国において、戦術魔法研究の最先端を往く名家の当主。
直近の研究発表こそ少ないが、戦時下と戦後すぐの戦術研究はほとんどの基礎をこの男が一人で構築。
現在一般的に用いられている属性ごとの厳密な再分類、詠唱数による位階分け、また詠唱する声のトーンや呼吸のリズムにおける最適化も理論的に実証した、生ける伝説。
……功績を挙げれば挙げるほどマジのバグだな。
〇TSに一家言 えっそこまでやってたっけ?
〇日本代表 やってないやってないやってない! 何だそのエジソンとテスラを足して二で割らなかったみたいな功績!? そんな奴いたはずがない!
え? そうなの?
ちょっと待ってくれよ。それじゃあ、お父様もまさか、上限取っ払われて影響受けてたの?
困惑も露わに、お父様に顔を向けて言葉を探していると。
「ピースラウンド!! 貴様、何度招集をかけても無視しおって……!」
横合いから紳士が怒鳴り込んできた。
煌びやかな金髪には見覚えがある。ロイの父親、ミリオンアーク家の当主だ。
「……誰だ?」
「ミリオンアークだよミリオンアーク! 同級生の!」
「いや、よく覚えていないな……文化祭でメイド服を着させられてナンパされ続けていた男なら知っているのだが……」
「~~~~~~~~~~~っっっ!!」
視界の隅でロイが面白い表情になって絶句してた。気持ちはわかる。
学生時代そんな面白いことしてたのかよ。
いや、というか、お父様って友達いたんだ。
「すまないな。研究であちこちを飛び回っていた。ようやく論文も仕上がって、つい先日、王国魔法研究所の学会に送り届けたところだ。一段落というやつだな」
ミリオンアーク氏にそう告げながら、お父様は教室最後尾ど真ん中に座るわたくしの元へゆっくり歩いてくる。
「あっ……」
その時、気づいた。気づいてしまった。
パッと見なら全身真っ黒に染まったお父様の服装だが。
ただ一点だけ、黒ではない箇所があった。
ネクタイをシャツに留めている、ネクタイピン。
「むっ、これか」
シルバーの本体に、ルビーをはめ込んだ超高級品だ。
わたくしとお父様に共通した瞳の色。
「お前が、私の書斎の机に置いていただろう。私物だったか?」
「い、いえまさか。その、本当につけて下さっているとは、思わず」
いかん。なんか照れが入ってしまう。
隣のユイさんが微笑ましいモノを見る目になっていた。やめろ!
「……ほう?」
お父様はわたくしのすぐ傍に立つと、ユイさん──それからすっと教室に視線を巡らせた。
ぞわりと鳥肌が立つ。視線を確認してもいないのに、確かに今お父様は……ユイさん、ロイ、リンディ、ユートと、わたくしの知り合いたちを一瞥したと分かったのだ。
「成程。選ばれし者の周囲には、必然、同様に選ばれし者たちが集まるということか。いつになってもこの法則は変わらんな」
「……あの、お父様?」
「いや、気にするな。私は学生時代、友人には比較的恵まれたからな。お前もそうなっているのなら、良い。学業に存分に励め」
ちょうどそのタイミングで教室のドアが開いた。
入ってきたのは最初の授業を担当する、火属性担当講師のアモン先生。
あっ。
「席に全員着いているな。今日は保護者参観だが、保護者たちの前だろうと我が輩は容赦しない。無様を晒したくなければ、普段通りに、自分の成果を発揮するように──ブフォ」
アモン先生は不健康そうな猫背とガラの悪い目つきで教室を睥睨し、わたくしの隣に佇むバッチバチにダークスーツでキメキメな男を見つけ噴き出した。
「驚いた。やつがここの講師をしているのか。アーサーのことだ、ある程度のセーフティは用意しているだろうが……まあいい。胡乱な存在たちよりは、やつのほうがよっぽど信頼できる。マリアンヌ、うまく使ってやれ」
「は、はあ……」
一方的にタコった相手を顎で指してやるなよ。
アモン先生、また胃が痛そうに呻いてるじゃねえか……
午前の授業を難なく終えると。
そのまま学園の昼休みは、保護者と一緒に取るという罰ゲームチックなものになった。
「そういえばお母様は?」
「知らん。北の方で姿を見た、とは噂を耳にしたが」
「北の方ですか……何か素材を集めに?」
「いや、氷漬けになっていた巨大マンモスが突如覚醒して暴れ出したのを、突如現れた魔法使いが討伐したらしい。断片的な情報だが、恐らく妻だろうと判断した」
「成程」
中庭の広場でサンドイッチをつまみながら、簡単に近況報告を交わす。
まあ実の母がどこにいるか、父子揃って噂を頼りに推測するんかいって感じだけど。
「……なんつーかよ。普通の親子だな?」
「まあね。顔合わせればそうなのよ」
「なるほど……」
少し離れたところでは、親の来ていないユイさん、リンディ、ユートが購買のパンをもしゃもしゃ食べながらこちらの様子を窺っていた。
なんだよ。観察するなよ。恥ずかしいだろ。精神はそうでもないが身体は思春期なんだぞ。
「マダムは元気か?」
「え? ……あ、ああ! カフェテラスの? 一年次で発見したのは学生時代のアーサー国王だけとお聞きしていましたが……」
「アーサーに紹介されてな。そういった、非人類にのみ許された高位魔法に関する資質ならば、私がアーサーに勝てる道理などない。やつが先に気づいて当然だ」
国王をやつ呼ばわりして良いのかな。わたくしも王様ゲームとかしようとしたから人のこと言えないけど。
お父様の場合はやっぱり、不敬とかじゃなくて、元々学生時代の友人で、共に戦場で活躍した戦友でもあるのが大きいんだろう。
サンドイッチを食べ終え、空っぽになったバスケットを片付ける。
「すまないな。昼食まで用意させて……来れるかどうか分からず、連絡していなかったが」
「い、いえ。勝手に作っていただけですので」
「そうか。良いリスクヘッジだ」
その深紅の瞳に、青空と雲を映し込んで、お父様は一つ息を吐く。
空気感が違うと思った。会話の内容に変わりはない。妙なところで親のような仕草がある、だけど基本的には親としての役目を放棄した、微妙な距離。だけど少しだけ、今までよりも、わたくしに興味を持っているような気がした。
今なら……少しは、踏み込めるだろうか。
「ここのところは、特段に忙しそうでしたが」
「ああ。そうだな」
「何のために地獄へ?」
「野暮用でな」
眉一つ動かさなかった。
「人探しだ。昔からの……元、親友を探していた」
「元?」
「いい、気にするな。私の問題だ」
踏み込むな、という合図。
いいや、合図として出してくれているわけではない。ただ純粋に『気にするな』と言っているのだ。そうだ。この人は本当に言葉通り。心の動きなんて見せない。本当に心が動いているのかも分からない。
「それでは本題に入るぞ、マリアンヌ」
つうと右手を空に走らせ、お父様が言う。
途端に、周囲に魔力を感じた。簡易な盗聴防止結界だ。
「……ッ?」
「『
「な──!?」
前置きもなしに。
お父様はわたくしの目を見つめて、そう言った。
「結論から言う。お前は決して、『
「……それ、は」
「勝てないからだ。『
……最後に開発された禁呪、か。
なるほど。わたくしの『流星』とは対になるということだ。
始祖たる流星と、終点たる禍浪。
おもしれえ。
「…………と言ったところで、お前が止まるはずもないか」
「ええ、当然ですわ」
お父様は嘆息すると、結界を解除しつつ立ち上がって周囲を見渡す。
「ならば力を示してもらおう。アリーナの位置は変わっていないな?」
「……ッ」
思えばそれは久しぶりだった。
ネクタイを緩め、彼は太陽を背負い、逆光の中に深紅眼を輝かせて告げる。
「私の見ない間に、どれほど強くなったか。『流星』をどれほど扱えるようになったか──試してやろう」
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