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PART7 突発参観ストレンジャー

 マリアンヌは夢を見ていた。

 ルシファーに見せられた悪夢ではない、完全なる無意識領域。

 或いは、明瞭な意識には浮かび上がってこない、記憶の奥底に沈殿した過去の想起。


 二人の男が相対している。


『禁呪の研究から手を引いたそうだな』

『…………』

『意外だったよ。お前は……俺と同じ、外道に成り果てたと思っていた。だが違ったんだな。お前はまだ、人の心の光を失ってはいなかった。それが親友として、何よりも嬉しい』

『……それだけか。言いたいことはそれだけか。私はもう、お前を親友としてではなく……いつか世界を滅ぼす厄災と認識している。だから、ここで欠片も残さず滅相する』


 地獄のような業火の中だった。

 随分と視線が低いと思った。倒れているのか──違う。自分が、余りにも幼いのだ。


『その娘だろう? まったく。お前のような悪鬼が、子供ができて、人の道に戻っていくとは。家族のつながりはバカにできんな』

『そうだ。私はまだ、人でありたいと思った。この娘が一人で生きていけるようになるまで……私は、お前のような外道にはならない』

『悲しいよ。だが理解はできる。道は分かたれたな』


 ここは、どこなのだろうか。

 宮殿のようだった。見るも無惨に破壊された建造物は、しかしかつて確かに栄華を誇っていたと、残骸になっても分かった。


『私の力は世界を守るためのもの。力なき者たちの日常を守護するための権能。だからここで、お前を打倒するためには何も惜しまない』

『面白い。受けて立とう』


 視界が真っ白に染め上げられる。

 世界が、二度爆砕した。顕現する巨大な力場が大地を砕いていく。

 自分はただ何もできないまま、けれど不可視のヴェールに庇護されていて。




【────汝に開闢(ルクス)の加護を与えよう】




 荘厳な声が、天から降ってきた。








 臨海学校を目前に控えたある日。

 王立魔法学校は保護者参観当日を迎えていた。


「……何の夢だったのでしょう」

「また変な夢を見たんですか?」


 難しい表情で唸るマリアンヌに、隣に座るユイが心配そうに声をかける。


「あの大悪魔が出てきたのかしら?」

「いえ、まったく別でしたわ」


 むしろそれは、記憶を辿るような、確かな既視感を伴ったもの。

 だがマリアンヌはあのような場面に出くわしたことを覚えてはいない。


「むむ……」


 考え込んでいる間にも、教室は普段より活気づいた様子になっていた。

 保護者がやって来ているのだ、生徒たちは楽しそうに、あるいは少し恥ずかしそうにして、教室後方に並ぶ保護者たちに手を振っている。


(まあ、わたくしには関係のないことですけれど)


 見渡せばミリオンアーク家当主の姿もあった。

 ユイとリンディは興味なさそうに黒板やプリントを眺めている。

 自分も先日手に入れた論文集を再読するか、とマリアンヌが息を吐いた。


 その時だった。

 



「──まったく。この学園は変わらないな」




 革靴が教室の床を叩き、軽い音を立てた。

 新たに入ってきた彼を見る。それだけで誰も身動きが取れなくなった。


「どうした、マリアンヌ。そんなに驚いて……保護者参観のプリントを家に置いていたのは、お前だろう」


 黒い燕尾服に黒いシャツ、黒いネクタイと黒一色の服装を見事に着こなし。

 同じく濡れ烏を束ねたような黒髪をオールバックにまとめあげ。

 深紅の双眸に鋭い眼光を宿らせ、あたりを睥睨するその男。


 現国王アーサーが第一王子だった頃、戦友として親交を結び、戦場で名を馳せた傑物。

 現在も未だ、王国内における戦術魔法の第一線を張り続ける名家の当主。


「……おとう、さま?」


 名前はマクラーレン・ピースラウンド。

 ほかでもない、マリアンヌの父親が、そこにいた。




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