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PART4 合縁奇縁シンクロニシティ

 喫茶店にて。

 わたくしとカサンドラさんは、魔法談議に一通り花を咲かせた後、明らかに順番はおかしいものの自己紹介パートに入っていた。


「ではマリアンヌは、今は一人で家を切り盛りしていると?」

「両親は共に、国内外を飛び回ってばかりですので。とはいっても大したことはしていませんわ。領地も少なく、契約した庭師や掃除人が定期的に屋敷の手入れをしてくださっています」


 本当にそのあたりはなんというか、我ながら人任せにしている。

 お父様の書斎やら研究室やらは厳重にロックされていてわたくしも入れないしな。


「カサンドラさんは……そういえばゼール出身とおっしゃっていましたわね。小耳に挟んだのですが、ゼール皇国の方では魔法使いが騎士団を組んでいるとか」

「そうね。むしろこちらの国では、騎士と魔法使いが対立しているとさえ聞いたのだけれど、本当? はっきり言って信じられないわ」


 え、そうなん?

 ウチもそうだし、ハインツァラトス王国も確か騎士は魔法使いじゃなかったはずだけど……


「ま、まあ対立は最近になって、少し落ち着きつつありますわよ。そんなに信じられないものでしょうか?」

「だって非効率的じゃない」


 ────!

 言われてハッと気づいた。

 いやその通りだ。


「普通に考えて、騎士に魔法も使わせた方が絶対強いでしょう」


 不思議そうに呟き、カサンドラさんはこてんと首を傾げた。

 いやあ確かにそうだよな。なんでわたくしそこ考えてなかったんだろう。


 ……違う。

 そうじゃない。違う。そういう話じゃないだろ。

 騎士が魔法を使えないのは、根本的には、魔法を使えない庶民が騎士になるという構造があるからだ。騎士だから使えないのではなく、使えないから騎士になる。

 それはもう、この世界のルールであるはずだ。


 知っている。

 そういった、『効率的じゃない』だの『合理的じゃない』だのと言って、元々の世界観設定すらねじ曲げるような行為を。

 わたくしは、知っている。


「動くんじゃねえ! 金を出せ!」


 思考の海に沈んでいた時。

 店のドアが乱暴に開け放たれ、長槍を抱えたスキンヘッドの男が押し入ってきた。

 他の客たちが悲鳴を上げる中、わたくしとカサンドラさんは視線を交わして、ひとまずコーヒーを一口飲んだ。

 苦っ……


「ん? おいおい。げへへ……随分とまあ美人が揃って。いいぜ二人とも。俺の女にしてやるよ」


 男は店員さんがお金を用意している間に店内を見渡し、わたくしたちに顔を向ける。


「強盗なのか山賊なのかぐらいハッキリさせたほうが良いのでは?」

「あん? 跳ねっ返りの強い女も好きだぜ」

「それは重畳。ですがわたくし、なるべくは知的生命体と恋愛したいので」

「は?」


 意味を理解するのに数秒。

 男は頭のてっぺんまで真っ赤にした。まさにゆでだこだ。

 抱えていた槍の穂先を突き付けてくる。一瞥すると、魔力が循環しているのが分かった。ふーん、魔導器の類か。違法武装だな。


「お前、立場分かってんのか……? そのブラウスをズタズタにしてもいいんだぜ?」

アナタに弁償できると(星を纏え)は思いませんが(天を焦せ)よろしくて(地に満ちよ)?」


 椅子から立ち上がり、男の真正面に佇む。


「テメェ──!」


 男が踏み込んだ、直後だった。

 カサンドラさんが静かに椅子から飛び出し、右手を走らせた。それは神速の手刀──恐ろしく速い。わたくしでなければ見逃してしまう。

 挙動の鋭さも一流だが、前動作である脱力も一流だった。まさしく水が流れるかの如く、極限の自然体から踏み込み、低い体勢からの一閃。

 結果。

 男が突き付けていた魔導長槍が、柄の半ばですぱり(・・・)と断ち切られた。


「えっ────」


 その柄が地面に落下する前に。

 右足に集約された『流星』を起動。炸薬を炸裂させたように、一気に推力を与え超加速。スピードのままに放ったハイキックが、男のこめかみを狙い過たず直撃。


「────ぎぉっ!?」


 からんころんと、槍の半分が地面に転がると同時。

 男は大窓を突き破って、大通りに吹き飛ばされていった。


「マリアンヌ。スカートでのハイキックはよろしくないわ」

「いえいえ。タイツ履いてますから」

「赤だったわね」

「……これ、見せパンですわ。いやほんと。ねえ、その笑顔やめていただけます? ねえ! 本当に見せる用なんですってば!」


 馬車道でバウンドして通りを挟んだ花屋に頭から突っ込んでいった大男を見送り、わたくしたちは視線を交わし笑みを浮かべる。


「ですが、良い動きでしたわね」

「こっちの台詞よ。素晴らしい蹴りだったわ」


 まさかカサンドラさんも格闘令嬢だったとは。

 ふふん。これどっかのタイミングで雌雄を決するイベントとかありそうじゃない? 友情パワーで叩きのめしてやるぜ!


 ……カサンドラさんとの友情パワーでカサンドラさんを叩きのめすの、何か違う気がするな。








 窓壊したり花屋に迷惑かけたりはしたが、まあ結局は男が悪いので、詰め所の騎士たち(知り合いがいたので挨拶しておいた。『君マジでトラブルに巻き込まれすぎじゃない? ジークフリートさんも心配してたよ』とか言われてしまった。反省)に事情を説明。

 わたくしとカサンドラさんは少しの間聴取に付き合って、無事解放された。


「では(わたくし)はここで。また会いましょう、マリアンヌ」


 カサンドラさんは、王都から学園寮へ向かう道まで見送ってくれた。

 夕陽が沈み、月の昇る時間。

 ちょうど月を背にして、わたくしは彼女に一礼する。


「ええ。わたくしもまた、アナタと会える日を楽しみにしていますわ」


 それじゃあ、と挨拶の言葉を交わす。

 明言せずとも、また会えるだろうとなんとなく直感が理解していた。


 彼女に背を向けて道を歩く。

 月に照らされた帰路は、なんだか普段よりも楽しい。

 スキップするような足取りで、わたくしは配信画面を立ち上げた。



【ブンブン、ヘローユーチューブ!

 ちょっと人は少ないかも知れませんが、雑談配信しますわよ~!】



〇宇宙の起源 お、普通の配信か

〇日本代表 ちょっと息抜きに見とこう……いや、こっちの調べ物が全然成果なくってさあ……

〇外から来ました もう今週は追いかけてる漫画が余りにもつらくてもう無理、何もできない、マジでむり、本当に助けてくれ

〇鷲アンチ これはマジな話なんだけど、メンタルぶっ壊れた時には『君のことが超超超超超好きな10000人の彼女』って漫画がスーッと効く

〇外から来ました マジ……?読むわ



【なんか死にかけてる人がいますわね……ご愁傷様ですわ

 では明るいニュースをお聞き下さい!

 なんとわたくしと同等程度の魔法知識を持っている友人ができましたわ!】



〇101日目のワニ え、お嬢と同レベル……?

〇第三の性別 イカれてるやんけ……



 いくらなんでも反応が失礼過ぎんか。



【まあ、友達が一人増えたのが一つ。

 あと例の、脚本家を名乗っているキッズですが、もしかしたらゼール皇国とつながりがあるかもしれませんわ】



〇日本代表 え、何か分かったの?



 わたくしは今日、カサンドラさんとの会話の中で得た違和感について話した。

 騎士と魔法使いの対立構造は、恐らくこのゲームの根幹設定であり、そういうものとして生きていくのが自然であること。

 だがそこにわざわざ改善点を見出し、いわば改変を行っているのがゼール皇国であること。



〇日本代表 なるほどな。確かに騎士兼魔法使いなんて原作だと出てこないからな……つながりがあると判断しても良さそうだ

〇みろっく ゼール皇国、って何?

〇TSに一家言 簡単に言っちゃうと悪役の国かな

〇苦行むり ゼールか……正直、お嬢はあんまゼールと絡んで欲しくないよな

〇つっきー 分かる。どうなるかがマジで怖い



【え、怖いって、何が……?】



〇適切な蟻地獄 まあなんていうか……

〇火星 いるんだよ。本物の悪役令嬢が



 は? 悪役令嬢ならここにいるんだが?



【上ッッ等ですわ!! 最強の悪役令嬢は唯一人であることを、そのまがい物に教えて差し上げましょう!!】



〇無敵 まがい物はお前なんだよなあ



 出来が悪いのは自覚してるつもりだけど、いくら何でも言い過ぎだろ。

 いやまあ、逆に純正品の悪役令嬢とかいても困るけどな。

 そんなやつおらんやろガハハ!



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