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PART2 黒銀降臨ガールミーツガール

「っていうことがありましたの」

「アモン先生が泡吹いて倒れたぞ──!?」


 火属性魔法の講習中、ユイさんたちに今朝見た夢を語っていたら、先生がぶっ倒れた。

 担架で運ばれていく先生を見送って、自習となってしまったわたくしたちは中庭に座り込んで雑談を再開する。


「なるほど。夢の中で戦ってトレーニングですか……」

「ユイさん、良いこと聞いたみたいな顔してますけど、あれやろうと思ってやれるんですか……?」


 その戦闘マシーンっぷりで次期聖女は無理でしょ。


「夢の中にまで出てくるなんて、許せないね」

「ああ。マジでキレそうだぜ」


 一方でロイとユートは、剣呑な表情で低い声を出している。


「僕の夢の中にマリアンヌが出てきたらいいのに……夢の中なら何でも着てもらえるのに……」

「その中学生みたいな性欲本当になんとかしたほうがいいですわよ」

「う゛っ」

「即死かよ。ガラスのハート過ぎないか?」


 冷たい視線を向けると、ロイは胸を押さえて苦しみ始めた。


「現実で罵られて、夢で癒されるなんて……マリアンヌ、君は僕をどうするつもりなんだ!?」

「どうするも何も、どうかしてると思いますが」

「しれっと夢にマリアンヌが出てくる前提で話進めるのも大概ヤバイしな」


 にしても、着てもらえるってお前コスプレ趣味あんの?


「年頃の男子なので、そのあたりは多少大目に見てあげようとは思いますが。当人の前でそういったことを話すのはどうかと思いますわ」

「本当です。マリアンヌさんは大目に見ますけど、私は大目に見るつもりはありません」


 隣のユイさんが加護の力を滾らせながら言う。


「はいはい。ユイそこまで。自習中に乱闘騒ぎなんて、アモン先生に迷惑がかかるわよ」

「むぅ」


 リンディが手を叩きながら、ユイさんを諫める。

 何度でも言うけどお前ら決闘したとは思えないぐらい仲良くなったな……


「ならこういうのはどう? マリアンヌのことをちゃんと知れば、男子だって歪んだ性欲を持たないはずよ」

「つまり?」

「あんたの好みのタイプとか、私たちすら知らないじゃない」


 え、修学旅行の夜みたいになってきたな。

 好みかー…………


「まあ、そうですわね。物静かでミステリアスな方は好きですわね」

「へえ、クール男子ってやつか。いけすかねえけどな~」

「あ、女の子の話ですわね」


 やべっ意識ずれてた。

 好みの異性ね。そうかわたくしにとっての異性、男子だわ。

 男子の好み? ロイかな……


「……リンディさん。私、物静かでミステリアス、いけると思いますか」

「ん~、顔だけならギリ。でもあんた、最近すぐキレるからちょっと厳しいと思うわよ」

「な……!?」

「えっなんで驚いてんの!? 自覚ナシ!?」


 何やら女子が揉めていた。

 一方でロイが顎をさすりつつ思案顔になっている。


「成程。物静かでミステリアス……ちょうど昔のマリアンヌみたいな感じかな」

「来たわね、ミリオンアークの幼馴染マウンティング」

「といってもアナタともほとんど話してなかったと思いますが」

「カウンター飛んできましたよ」

「ああ。会話がなかったという思い出があるね」

「こいつ無敵か?」


 ユイさん、リンディ、ユートが戦慄した様子でロイを見る。

 無から有を生み出しやがった。等価交換の法則ぶち壊してんじゃねえよ。


「まあ、付き合いは長いので、後々にはちゃんと会話もするようになりましたが」

「その通り。つまり、マリアンヌの婚約者は僕だということだね」

「文脈凄いことになってますが……まあそうですわね。ですが、入学してからは今までより格段に刺激的な毎日ですわ。その点は皆さんに感謝してます」

「うんうん。僕もマリアンヌの婚約者として、一緒にお礼するよ」

婚約者面(あたりはんてい)デカいなお前!」


 繰り返されるマウンティングに耐えきれなかったのか、ユートが大声を上げて立ち上がる。


「上等だ! 殴り合おうぜ! 正面からお前と殴り合ってみたかったんだ!」

「いいね。僕もちょうど、君を懲らしめないとと思ってたんだ」


 火焔と雷がぶつかり合って、混ざり合って火花と散る。

 わー。綺麗な花火だなー。


「現実逃避してないでなんとかしなさいよ」

「そうですよ。あそこで潰し合ってもらうのはもっと後なんですから」


 ヤダ、この次期聖女、怖すぎ……?








 授業を終えて、わたくしは一人、街に繰り出していた。

 今日は魔法の研究論文がまとめて新しく発表される日だ。どんな出会いが待っているかと考えるだけで浮き足立つ。


 ……最近はちょっと配信サボりがちというか、やっても全然視聴者数が増えないんだよな。

 なんつーか、向こうは向こうで調べ物で忙しいっぽい。

 思えば単独で、なおかつ配信もやってないっていう、純粋な一人の時間は久々かもしれない。


「あら」


 そういうわけで自分の時間ってやつをエンジョイするべく。

 事前に申し込んでいた整理券片手に、ウッキウキで専門書店に向かっていると。

 わたくしの前方を歩いていた一人の少女が、スカートからハンカチを落とした。


「そこの、銀色の髪の方! 落としましたわよ」


 ハンカチを拾い上げてから、早足に近づき背中に声をかける。



 ──────ふわりと銀髪がなびいた。



 言葉を失った。

 腰まで届くほどに長い銀髪。

 鼻筋の通った、女神すら嫉妬するであろう美貌。

 氷のように凍てついて、けれど澄み渡った蒼い両眼。

 黒いドレスに身を包んだその少女は、恐ろしいほどに美しかった。


「ありがとう、助かったわ」

「い、いえ」


 思わず気圧されてしまう。


「あら。もしかして貴女も、論文を買いに?」


 わたくしが手に持つ整理券を見て、彼女は微かに目を見開いた。

 何だよ。買ってたら変かよ──じゃなくて。貴女も、って言ってたな。


「そ、そうですわね。ええ。ピースラウンド家の長女として、やはり目を通しておかなければと思いまして」

「ピースラウンドの……貴女が噂の、マリアンヌ・ピースラウンド?」


 目を数秒白黒させてから。

 彼女はわたくしをまじまじと見つめ、微かに微笑んだ。


「まあ、なんてこと。貴女と出会えるなんて……なんという幸運かしら」

「え、えぇ……? ファンの方ですか?」

「一度お会いしてみたかったのよ。優れた魔法使いだと、その、聞いていたのでね」


 恥ずかしくなってきたのか、彼女は頬に微かな朱を差して、ぷいと視線を逸らした。

 何だこの子滅茶苦茶可愛いな。


「でしたら是非、友人になりましょう。わたくしはマリアンヌ・ピースラウンド。アナタは?」


 わたくしの問いに。

 彼女はやや照れながらも、口を開き。




(わたくし)はカサンドラ──カサンドラ・ゼム・アルカディウスよ」





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