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INTERMISSION22 大悪魔の言葉

 そこそこ広いアリーナを、ルシファーの幻影を追う形で、シャドーしつつ数周した後。

 ゼエハアと肩で息をするわたくしに対し、奴は余裕綽々の顔でいい汗かいたぜみたいに頬を手で拭う。


「ゼッ、ハッ、ゼェッ、ゼェッ……」

『ここまでだ。MTGがあるので失礼する』


 スゥーッ……とかき消えていく大悪魔。

 わたくしの集中力が途切れた証拠だ。


「いつか、いつかぶちのめしてやりますわ……!」


 最後に視線を重ねて声を絞り出すと、ルシファーは満足げな笑みを浮かべる。


『ああ。それでいい、マリアンヌ。強く在れ。姿形は違えど、禁呪保有者ならばお前もおれの愛しき子だ。おれの活動に呼応し、聖なる意思の目覚めも近づきつつある。現世に【七聖使(ウルスラグナ)】が覚醒するのも遠くはないだろう』


 ……? …………!?

 なんか今超特大に大事な話してる!?


「ちょっ、まっ、メモ、メモ取らせてください」

『禁呪保有者は既に七名が覚醒している。忘れるな、マリアンヌ。お前の『流星(メテオ)』は、禁呪の始祖であるが故に最弱と謳われる。だが……本質はそこにはない。保有者の力量によって、如何様にでも禁呪は成長する。お前の願いを、流星はきっと叶えてくれる』

「だから! 大事な話をこのタイミングでしないでくれます!?」


 てか、えっ!? こいつ仮想敵としてわたくしが投影したイメージじゃないの!? なんか喋ってると思ってたけど、普通にルシファーの意識降りてきてない!?


『では、達者でな』

「ちょおっ……」


 呼び止める間もなく、ルシファーの姿はかき消えた。

 わたくしは背中から仰向けに倒れ込むと、アリーナの天井を見上げる。



【……聖なる意思、とか、【七聖使(ウルスラグナ)】、とか、一体なんですの……?】



〇無敵 ………………

〇適切な蟻地獄 ………………



【ああ、はいはい。言えませんわよね。分かっています。神様は上位存在であっても万能ではない。承知しておりますわ】



〇火星 いや……知らん……

〇日本代表 何それ……怖……



 は?

 ちょっと待てよ。お前らが知らないのは話が違うだろ。

 いや本当にお前らが知らなかったら誰も知らないだろこれ!?

 上体を起こし、呼吸を整える。何が何だかさっぱりだ。えぇ……?


「マリアンヌ、これいるでしょ?」

「え、あ……」


 考えを巡らせていると、頬にぴたりと冷たい感覚。

 見ればリンディがわたくしの頭部にタオルを掛けて、水差しを持ってきてくれていた。


「はい、あんたが前に言ってたスポドリってやつ。器は冷えてるけど中身はぬるくしといたから。あと、爽やかになると思ってレモン絞っといたわよ」

「……結婚します?」

「しないわよ。何言ってんの」

「まったくだ。マリアンヌと結婚するのはこの僕なのにね」

「突然出てきたわねミリオンアーク。婚約者が婚約者面するの、ホント分かんないわ……」


 考えを中断した。

 ちょっと神様たちですら知らないのなら、わたくしがいくら考えても無駄っぽい。

 スポドリをごくごくと飲み干す。どうやら無我夢中にやってる間、結構な時間が経っていたようだ。身体が重い。


「それより。君がシャドーをやってる間に、向こうはいよいよ佳境だぞ」


 ジークフリートさんが指し示した先には、組み手を行っているユイさんとユートがいた。

 見ればユイさんの身体からは祝福の加護を感じ、ユートは溶岩の鎧を身に纏っている。

 視線は火花を散らし、身体の挙動は剃刀のように鋭い。触れれば切れるとはこのことか。

 要するに──ガチじゃん。


「ちょっ、あれ止めなくて大丈夫なのですか? 二人とも人を三回ぐらい殺せるパンチを打ってますわよ」

「君が言うのかい? さっきのシャドー、誰か前に立ったら粉々だったよ」


 ロイの冷たい言葉に、さっと顔を背ける。

 そりゃ15%だったしな……

 二人の攻防を見ていると、どうやらユイさんがやや有利に立ち回っているように見えた。


「今更ですが、ユートもかなり格闘術に精通していますわね」

「ああ。なんでもハインツァラトス王国の王族に伝わる秘伝の技巧だとか聞いたぞ」

「……そういえばあちらの国王も武闘派でしたわね」


 何? 強くなけりゃ国王になれないのか?

 この世界の野蛮さに震えていると、戦況が動いた。


「────三重祝福ブレッシング・トリプル瞬息集中(ザ・モーメント)


 ユイさんの視線がユートを捉える。

 神速の踏み込みと同時、灼熱の鎧に優しく手が伸びた。

 めまぐるしい攻防の間隙を縫い差し挟まれたその一手。ユートが咄嗟に身をよじろうとするも、遅い。



「無刀流──絶・破」



 幼子の頭を撫でるような挙動とは裏腹に、激しい破砕音が響いた。


「ぐ、ぶっ……!?」


 身体内部を貫く衝撃に、ユートが呼吸を詰まらせたたらを踏む。

 目を剥いた。今のは、寸頸に近しい技術だろう。


「……やはり。近接戦闘において、彼女の技術は驚異的だな」

「ええ。まさか禁呪の鎧を貫通するとは」


 ジークフリートさんとロイが戦慄した様子で言葉を交わす。

 同意見だ。さらに言えば、加護の使い方が本当に上手くなっている。

 わたくしでは身体の一部分に集中させる方向性で伸ばしそうだが、ユイさんは今、全身に三重祝福を一瞬だけかけたのだ。成程、負担を最小限にする工夫としては適切だ。


「本当に強いのね、あいつ……」


 リンディがぼそりと呟く。


「そうですわね。ユイさんの驚嘆すべき強さは、恐るべき格闘技巧が根底にありますわ」


 腕を組み、我が師……ルーガーさんと社交界が終わった後にした会話を思い出す。


『ルーガーさん。無刀流という流派に聞き覚えは?』

『あ? 随分とマイナー所の名前を出してきたもんだな。いわゆる古武術ってやつだ、武器を使わず精神を鍛錬するぜーってやつ』

『……実用性はないと』

『俺が道場を見学した時は、じーさんばーさんたちが並んで健康体操やってる感じだったぜ。やらせてもらったが確かにアレはキクわ、肩が軽くなったしな』

『なるほど。で、実のところは?』

『……随分と使い込まれた胴着だったよ。相当な実戦稽古を積んでる証拠だ。まああの道場なくなっちまったけど、表には見せない、裏の型があったんだろうな。実際体操一つとっても見事なもんだった。あんだけ人間の身体を熟知して、効率良くコリをほぐせるなら、そりゃ楽勝だろうよ』

『人体破壊の技巧、ですわね』

『そーゆーこった』


 流石は世界中の格闘術に精通し、悉くを吸収し自分のものにした傑物。

 問えば百科事典の如くすらすらと答えてくれた。


「やるじゃねえか、ユイッ!」

「そちらこそ──!」


 勢いを衰えさせず、ユートが再び踏み込む。

 ユイさんも両眼から焔を噴き上げ、それを迎撃した。


「あの二人……すっかり仲良しですわね?」

「選抜試合からあの調子よ。なんか響き合う関係になったんじゃないの」


 ふーん。

 知らないところでフラグ建ってたのかな。流石は原作主人公、その調子だ!


「ミリオンアーク君としては、ああいった実戦訓練の方が性に合うんじゃないか?」

「気持ちとしてはそうですが……しばらくは、型稽古に専念しようかと」


 一方でロイとジークフリートさんは、二人並んでゆっくりと木剣を振るっていた。

 実戦を想定するなら弛緩しきった動きだが、こういった型稽古を大切にできない奴から死んでいるのは自明の理。既に剣士としてある程度の高みにいる彼らだからこそ、型の練習にも一際身が入っている。


「ジークフリート殿は、しばらく学校に?」

「ああ。中隊長としての職務は、王都の内勤か辺境の警備と相場が決まっているが……オレの場合はユートの警護になっている。願ってもない幸運だな」

「成程。当面は実戦の予定もなさそうですかね」

「そうなるな。自分を見つめ直す良い機会だと思っているよ。それと……実のところ、身体の不調もあってな」

「そうですか……実は僕も霊山で訓練して以来、少々感覚のズレを感じているんですよ。雷撃操作が今までとは違う感じになっていて、少々手こずっています」


 ゆっくりと稽古用の木刀を振るいながら、ロイが渋い表情を浮かべる。


「魔法となると、オレはアドバイスできないな……マリアンヌ嬢はどう思う?」

「え、わたくしですか? 雷が思い通りに動かないって……まあ、電気って伝導するモノですし」

「伝導……?」

「電気伝導率の高い物質であれば問題なく伝導するとは思いますが、流石にそのあたりは詳しくありませんわ。ただ、絶縁体でも挟まない限りは自然と流れるはず──あっ」


 ロイが信じられないものを見る目でわたくしを見ていて、口を閉ざした。

 やっべこれもしかして前世知識か? この世界、ナーロッパよろしく半端に文明が進歩してるから、どこからどこまでが常識なのかいまいち判断しにくいんだよな。


「前から思ってたけど、君って変なところで博識だよね」

「変なところとは何ですか変なところとは。まあ、自然と流れるものという意識が丁度良いのではないでしょうか」


 適当にアドバイスを切り上げると、丁度その時、ユイさんたちが組み手を止めてこちらに歩いてきた。


「いやあ、最高だったぜユイ!」

「はい! 私もかなり勉強になりました!」


 なんか部活の先輩後輩みたいだなこいつら。

 ジュージューいってる溶岩の鎧を身に纏ったまま、ユートはわたくしに軽く手を挙げる。


「そっちはどうだよ流星使い。工夫っつーか、応用力に関してはお前から見習うべきことが多いからな。進歩があれば教えて欲しいんだが」

「ここ最近は頭打ちを感じていますわ。何かしらのブレイクスルーが欲しいところですわね」

「へえ……まあ禁呪によってその辺は違うよな」

「と、いいますと?」

「いや、最近思ったんだわ。俺の『灼焔(イグニス)』とお前の『流星(メテオ)』って、同じ禁呪でも、なんか根本的に違う気がするっつーか」


 おいおいマウントか?


「その喧嘩、買いましたわ。表に出なさい! 前歯全部へし折りますわ!」

「なんで!?」


 疲れがさっぱり吹き飛んだ。

 わたくしは立ち上がり、ユートの対面に腕を組んで佇む。


「そこまで言うのなら見せてもらいましょう! 『灼焔(イグニス)』がどこまで発展しているのかを!」

「喧嘩売ったつもりはねえんだが!? ……あー、いやまあ、ちょうどいい機会か。じゃあ見てくれ!」


 刹那だった。

 ユートが指を鳴らすと同時、地面が震える。局地的な大地震。立っていることすら難しく、倒れそうになるリンディをユイさんが支える。


「これ、は……!?」


 大地そのものが隆起していく。

 土砂が形を与えられ、真っ赤に発熱し、巨大なヒトガタを象っていった。


「──ゴーレム・タイプの召喚魔法!? いいや、詠唱はなかったはずだ!」

「そうだとも! こいつは『灼焔』のちょっとした応用なんだからな!」


 ジークフリートさんの叫びに、ユートは意気揚々と答えた。

 ついに形成が終わり、アリーナの天井にも届かんとする、全長五十メートル近い巨体が各部から煙を吐き出した。

 人間で言う頭部に、グリーン・ツインアイの眼光が宿り。

 ユートは巨躯の肩に乗っかり、こちらを見下ろしながら叫ぶ。



「こいつが俺の新たなる切り札ッ! 名付けて『超弩級(ギガント)灼焔巨人(マグマゴーレム)』だァァァァァッ!!」



 で、でっけ~~~~~~~!!




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