INTERMISSION19 遥か彼方の影
マリアンヌは時々夢を見る。
地面に這いつくばる自分。手を取り合い、厳しい表情でこちらを睨む、
貴公子は抜剣し、切っ先をマリアンヌの首に突き付けていた。
『僕たちの前に、二度と現れるな』
いつか訪れるであろう結末。
現状、まあ、かなり遠い未来になってしまってはいるが……それでも最後に目指すべき光景。
共に日常を過ごす少女に糾弾され。
自分を慕ってくれる人々にも裏切り者と石を投げられ。
そして、あの日共に流星を見た少年に、断罪される。
マリアンヌはその結末を既に受け入れている。
だから問題は、終わりへ至る過程だ。
別段、自分が走者だからこだわっているわけではない。
人間はいつか死ぬ。
どんなに優れた存在であろうと、死は避けられない。
だからこそ──生きている間に少しでも輝くこと、それが人間の生きる意味なのだと。
夜空を切り裂く一筋の閃光を目にしたあの日から。
マリアンヌ・ピースラウンドはそう信じている。
「というわけで、プリントは各自ちゃんとおうちに届けてくださいね~」
合法ロリ先生がそう言って、教壇を降りて教室を出て行く。
一日の授業を終えた帰りのHRにて、クラス全員に配られたプリント。
それは保護者参観のお知らせだった。
「保護者参観かあ……ウチはどーせ来ないと思うけど。ていうか、知り合いの中だと来そうなのってミリオンアークのトコぐらいじゃないの?」
リンディが羊皮紙をうっとうしそうにまるめながら言う。
「確かにそうですわね。ユートの保護者がいらっしゃったら政治会談になりますし」
「私たちはまあダメダメじゃない? 誰に渡せっていうのよ」
ダメダメ──両隣のユイさんもリンディも、なんだかんだ、羊皮紙を物欲しげな目で見ていた。
わたくし、微妙に状況が違うんだよなあ。前世だとここまでひどい家庭崩壊はしてなかったし。
「マリアンヌさんは、ご両親はどちらに?」
「全然分かりませんわね」
家帰っても大体いないし。どこに行ってるのかも知らん。
ていうか最後に帰ってきたの何時なんだろう。たまに他国で目撃情報があったりするらしいけど、もう両親っていうかUMAなんだよな。
「それはまあ……なんといいますか」
「変わってる、で片付けていいのかは微妙なラインよねえ」
二人揃ってそこはかとなく同情するような視線を向けてきやがった。
わたくしは腕を組み、二人の顔を睥睨する。
「その気色悪い目は止めなさい。哀れまれる筋合いはありません」
「あ……ごめんなさい」
「……悪かったわ」
両親に育児された覚えはない。ひっきりなしにあちこち飛び回り、資料を集め、家に帰ってきても魔法研究に没頭していた。雇われた家政婦に育てられていたが、一人で歩けるようになるとそれすら打ち切られ、研究の手伝いを始めた。やがて一通りの基礎研究を終えると、後は自分でやれと放任された。
だからこそ今の自分がある。
放任で良かった、とまでは思わないが、その家庭を軽んじることは今のわたくしに対する侮辱でもあるのだ。
「……不愉快にさせてしまったのなら申し訳ありません。ですがわたくしも、アナタたちを良い友人だと思っています。それはきっと、どんな家柄であっても変わりませんわ」
気まずくなったので適当にフォローしてから席を立った。
教室を出るときに──今の、良い友人というフレーズが勝手に口から出てきたのは、ちょっとよくねえなと思った。
悪役令嬢としてたるんでる気がしてきたな……
「あら、アモン先生」
廊下を歩いていると、ルシファーの部下が向かいから歩いてきた。
相変わらず不健康そうな見た目してるな。
「ピースラウンド嬢か。先日のレポートは非常によくできていたぞ」
「それは何よりです」
優雅に一礼する。
アモン先生は周囲を見渡し、人気のないことを確認するとそっと数歩距離を詰めて声を落とした。
「体調はどうだ」
「上々ですわ。ルシファーの意識は感じませんが……」
「当然だ。本体がこちらの世界にやって来るのは、終末の日を除けばイレギュラー中のイレギュラー。そうポンポンと来てたまるか」
苦々しい表情でアモン先生──大いなる侯爵、悪魔アモンはわたくしの身体を瞬時にスキャンする。
「因子は魂に埋め込まれているな」
「身体ではなく、ですか」
「全ての存在を物質的に捉えるのは人類の癖か。身体とは切り分けられる、物質的に存在しない別のレイヤー……そこに魂は確かに存在する。心臓に刻むよりよっぽど根深く、解除のしようがないものだ」
ルシファーの意識を下ろされた後。
わたくしの中に、ルシファーの因子が刻まれているとアモン先生は教えてくれた。
コワ~……みたいな感想しか出てこなかったが、要はわたくしの闇落ちが世界滅亡のトリガーになりかねないのだとか。
「心身共に健全な状態を保つことが一番だ。そのあたりは気をつけておけ」
「心得てますわ。寝る前にASMRとか聞けたらいいのですが」
「……お前とルシファーはたまに似ているな。その、訳の分からん言葉を突然話すあたりが実に顕著だ」
そういやアイツ、サブスクで啓発書読みあさってたな……
「あっ、そういえば一つ質問が」
「何だね?」
ふと気になっていたことを尋ねようと、咳払いした。
「先生は、わたくしが禁呪保有者だと……いつから知っていたのですか? やはりルシファーから聞いたのでしょうか」
「いや。ルシファーはもちろん禁呪を習得した瞬間に把握していただろうが、それは手下の悪魔たちに伝えられてはいない。元より、地獄にてルシファーと謁見することはそうないからな」
「余り姿を見せないと?」
「地獄にいる状態でやつの存在を認識するのは至難の業だ。数万年に一度ぐらいなら、人の形を取って現れることもあるが……まあともかく……我が輩は君が禁呪『
直接? ルシファーじゃなくて?
え、誰だよ。
「……知らないのか」
「え、ええと。何の話かすら分かっていないのですが……わたくし、アモン先生に話した覚えはありませんわよ」
なんのことかと眉根を寄せていると、アモン先生は驚いたように目を見開く。
それから逡巡するように視線をさまよわせ、彼はわたくしの目を遠慮がちに覗き込み。
「君の父親だ」
「──────」
息を呑んだ。言葉を失った。
「君の父親……マクラーレン・ピースラウンドに。我が輩は一度地獄で叩きのめされ、そして『
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