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INTERMISSION17 いつかまた、夕焼けを見て思い出す(前編)

 その日、わたくしはウッキウキだった。

 とある貴族が主催する魔法使いの競技会に出場するべく、ユイさんとリンディを連れ添って歩いていたのだ。


「ユイさん、モンティ、わたくしの勝利をとくと目に焼き付けなさいな!」

「はい! 優勝目指して、頑張ってください!」

「モンティって誰よ!?」


 個人主催の競技会としては比較的規模も大きく、わたくしの名をより知らしめるにはうってつけと言える。

 ユイさんは隣を歩きながら、招待状を読み返していた。


「凄いですね……ロイ君じゃない雷撃魔法の使い手も参加するそうですよ」

「雷撃魔法ですか。なんと卑劣な属性なんでしょう。たった三節でキッツいデバフかけてくるし絶対に許せませんわ!」

「ミリオンアークが新技開発してから、あんた雷撃属性のこと目の敵にしすぎじゃない?」


 こっちが必死こいて十三節詠唱を威力保持したまま短縮してた横で、あの野郎訳の分からない魔法を開発してやがった。開幕でぱなし安定じゃねえか。ふざけるな。

 思い出すだけでムカついてきた。こうなるともう競技会で全員ボコって憂さ晴らしをするしかねえ……


「やーいやーい!」


 ちょうどその時、いかにもなクソガキの声が聞こえてきた。


「う、うぅ……やめてよぉ……」

「やめねえよバーカ!」

「お前の父ちゃん負け犬の残飯食ーらい!」


 ちょっとクソガキにしては煽りがエグいな。

 そこまで言う必要はないだろ、と流石に両隣のユイさんとリンディも厳しい表情をしている。

 見れば数人のガキが、一人の少年を囲んで罵詈雑言を浴びせていた。


「見るに堪えませんわね」

「同感。流石に止めましょうか」


 幸いにも競技会まではいくばくかの時間がある。

 浦島太郎になれってことだろ。上等だ。わたくしは全てにおいて頂点に立つ令嬢。浦島太郎令嬢ごとき造作もない。


「そこのクソガ……キッズ……少年たち! そこまでになさい!」

「はあ?」


 クソガキたちがわたくしを訝しげに見る。



〇適切な蟻地獄 こいつ今クソガキとかキッズとかろくでもない呼び方しか思いつかなかったな……

〇第三の性別 おねショタの気配を察知(シュバババッ

〇日本代表 うわキモ



「いかなる理由があろうとも、煽りは法的責任を負えるようになってから! 他人に尻拭いしてもらえる環境で煽るなんて気持ちよさが半分以下でしてよ!」

「他に言うことなかった?」

「殺人の現行犯に武器のレクチャーしちゃ駄目ですよ」


 両サイドから冷たい視線が突き刺さる。

 クソガキたちはわたくしと、蹲って震えている少年を何度か交互に見て、馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「知らねーよ!」

「こいつの父ちゃん魔法ヘタクソだし! 的にも当たんないもんねー!」


 な……ッ!? このクソガキ、よりにもよってエイム煽りしやがった!


「なんと無礼な! お父様のエイムが良くて見事命中したからアナタもわたくしもここにいましてよ!」

「子供相手になんてこと言ってんの!?」


 ……せねえ。許せねえよ。

 死体撃ちや煽りイカレベルで許せねえ。



〇無敵 お前は嬉々として死体撃ちやってただろ



 前世の話を持ち出すな。それなりの黒歴史だぞ。


「てか誰だよ! 俺の父さんは今日の競技会で優勝するんだぞ!」

「あらあら。優勝者を前にしてなんと猛々しい……早くお父様に告げた方が良いですわよ、今日は辞退しなければみっともなく地面を舐める羽目になると」

「言ったなブス!」

「は? わたくしはれっきとした美少女──」

「ブス!?!?!?!?!?」


 わたくしの隣で突然ユイさんがブチギレた。


「今君、マリアンヌさんのことをブスって言いました? この宝石みたいな目を見て、ブスって言いました?」

「な、なんだよ。うるせえよブース!」

「……無刀流」

「ちょっとユイさん!?」


 腰を落として静かに息を吐くユイさんを慌てて羽交い締めにする。

 わたくしを引きずって少しずつ少年たちへ近づく彼女は、いつでも手刀を繰り出せる姿勢だ。


「はなしてください! あんな讒言を許すくらいなら、次期聖女の立場なんて捨てます!」

「早まるのはおよしなさい! 殺意漏れてますわよ!」


 だめだ全然止まらねえ。

 このままだと、片方が死ぬタイプのおねショタが始まってしまう。


「おい、もしかしてやべー女とやべー女なんじゃないのあれ……」

「い、行こうぜ。やべー女とやべー女が取っ組み合ってるのなんて怖すぎだろ」

「ちょっと待って。ヤバイ女に惹かれるヤバイ女の百合をもう少し見させて」

「お前何言ってんの?」


 引き気味に何事か会話しつつ、クソガキ共が撤退していく。

 全身から殺意を放出していたユイさんも背中を追い討つ気にはなれなかったらしく、構えをやっと解除した。


「あ、ありがとうお姉さん……」

「どういたしまして」


 震えていた少年にお礼を言われる。

 十歳と少し、ぐらいだろう。ランドセルの似合いそうな、短パンのショタだった。


「アナタ、名前は?」

「……カルファス」

「ではカルファス。アナタいじめられていますの?」

「……うん。今日の競技会でも、パパがボコボコにされるんだ」

「あら、その点はご心配なく。参加者全員、わたくしの前では一様に無力ですわ」


 暗にこちらも参加者であることを伝えると、少年ことカルファスは目を見開いてわたくしを見た。


「えっ、競技会に出るの?」

「勿論ですわ。わたくしこそが最強であると証明する為に、さっきの子のお父様も、アナタのお父様も平等に半殺しにします」

「もうちょっと言葉選びなさいよアンタ」

「でもお姉さん、美人だけど弱そう……」

「あらあら。この指はいらないようですわね」

「いたたたたた! ごめ、ごめんなさいお姉さん!」


 カルファスの右手を掴んで指を反対側に曲げてあげると、半泣きで謝ってきた。

 ごめんなさいのできる良い子だな。



〇red moon 子供相手に何やってんだコイツ……

〇第三の性別 これは実質おねショタでは?

〇101日目のワニ まだ言ってんのか

〇第三の性別 多分おねショタだと思うんだよ。おねショタだろ? おねショタになれ!

〇日本代表 さっきからお前キモすぎんか



 尋常じゃないぐらいおねショタを推してくるやつがおるな。

 凄いプレッシャーを感じ、思わず冷や汗を浮かべる。


「あっ……」

「カルファスくん、どうかしたの?」


 コメント欄を見て頬を引きつらせている間に、カルファスが顔を青ざめさせて服のあちこちをまさぐっていた。

 ユイさんがしゃがみこんで視線を合わせて、優しく問いかける。

 今にも泣き出しそうな表情でカルファスは言う。


「お父さんに、渡さなきゃいけなかった手紙がない……!」


 おいおいおい。

 これ、もしかして……そういうことなのか?



〇苦行むり サブクエの話の時間だコラァ!






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【サブクエ】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【第二弾】

『924,221 柱が待機中』


【次の配信は一時間後を予定しています。】


〇鷲アンチ    そういやこんなサブクエあったな(2回目)

〇みろっく    浦島太郎イベ原作にもあったんだ

〇red moon     原作ユイちゃんはもっと大人しくなだめてたんだけどな……

〇適切な蟻地獄  英才教育のたまものだな

〇トンボハンター 隣の蛮族が悪いよ

〇太郎      まあよくあるおつかいイベントだよね

〇日本代表    でもこの女、RTAの才能があったりなかったりするからな

〇第三の性別   で、おねショタはまだ?

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 手紙は家に忘れたわけではなく、しっかり服のポケットには入れていたらしい。

 父親は朝早く競技会用の調整をするため出発してしまい、仕方なく会場で手渡そうとしていたのだとか。


「落としちゃったんだとしたら、家からの道を探すしかないわよねー」


 カルファスの家へ向かう道を四人で歩く。

 道ばたに落ちていないかを注意深く観察しつつ、詰め所があれば適宜そこで落とし物がなかったかを確認。

 空振りが続く。太陽が天頂を過ぎて傾いていた。


「お手紙、お父さんに渡したいよね」

「うん……」


 ユイさんに手を引かれているカルファスは、少し恥ずかしそうだった。

 ははーん……流石は乙女ゲーの主人公。見事に初恋を奪っていくやつだなこれ。


「いいですわね、若いって」

「アンタ何言ってんの? うら若き乙女がそんなこと言わないの」


 隣のリンディが肘で小突いてくる。


「ふふっ。リンディさんがお姉ちゃんみたいですね」

「うっさいわね」


 思えばこの二人、決闘までしたのになんだかんだで仲良くなっている。

 リンディの面倒見の良さが伝わったのだろう。悪の組織に入れたいと思う面白さはないが、その辺はしっかりしてるしな。

 ……前世の感覚で行くと、まあ付き合いたいって思うのは彼女なんだよな。



【これ乙女ゲーですけど、リンディルートってあるんですの?】



〇無敵 あるけどリンディは死ぬ



【は? ……えーと……リンディのバッドエンドの話ですか?】



〇外から来ました いや、リンディグッドエンドでリンディは死ぬ



【グッドエンドとは!?】



 なんだかんだ、わたくしは各キャラクターの現在こそ知っていても、過去の人格形成やらは全然知らない。

 ロイなんて小さい頃一緒に遊びまくってたけど、気づいたらマゾ入っててびびったし。

 リンディは遊ぶという感じではなかったな。つーか気楽に会話するようになったのは、なんだかんだで最近だ。

 ユイさんやジークフリートさん、ユートのあたりなんてもう数年前の顔すら知らないのだ。


「……まあ、だからなんだという話ではありますが」

「? どうかしたの、真剣に考え込んでたみたいだけど」

「いえ、なんでも」


 ちょっとブルー入ってた。リンディに心配され、首を横に振る。

 というか──ちゃんと、考えを改める必要がある。

 これゲームじゃないんだよな。

 ゲームであるというメタ視点を持ち込んでうまいこと生きていくだけで、れっきとしたセカンドライフなのだ。なら、もうちょい他人に興味を持った方がいいのかもしれない。


「お姉ちゃんたちも競技会に?」

「ううん、出るのはあのお姉ちゃんだけだよ」


 ユイさんがカルファス君に、わたくしを手で指し示して説明する。


「マリアンヌさんはすっごく強いから、お父さんも勝てないかもね」

「……別に。勝ってるの見たことないし」


 そういや言ってたな。


「そんなに弱いのですか」

「……うん」


 冷静な諦めだった。

 かつてはヒーローだったのかもしれないと思った。期待の残骸が声色に宿っていた。

 手紙は見つからない。競技会開始時刻が迫っている。


 ────潮時だな。


「……アンタは会場行った方が良いわよ」


 時刻を確認して、リンディが小さく囁く。

 やっぱりいいやつだなと思った。


「そうですわね。ではわたくし、辞退しますわ」

「は?」


 時間になっても会場にいなければ自動で失格になる。

 このまま手紙探しを続行するだけだ。


「マリアンヌさん、私たちは助かるけど、いいんですか……?」

「優先順位は大事ですわ。競技会で勝ったとしても、ここで彼を見捨てたのなら、それは栄光ある勝利ではありません」


 ぽかんとしているカルファスに対して、わたくしは微笑みを向ける。


「手紙、大事でしょう?」

「……ッ。だけど、お父さんどうせ勝てないし……」

「ええ。ずっと言ってますわね。勝てるはずがないと……では、手紙には何を書いたのです」

「…………」


 おかしな話だ。

 もう何も期待しないのなら、手紙なんて書かない。


「良い子ですわね、カルファス。アナタが諦めなければ、きっとお父様も諦めませんわ」

「……そんなことないよ」


 子供らしからぬ、自嘲するような響きだった。


「僕が諦めないから、お父さんも諦められないんだ」


 国王アーサーの下、他国と比べても、我が国は異常なまでに実力主義の思想が強い。

 口先だけのカスに生きる価値はないし、弁えていたとしても弱者の立場は弱い。

 わたくしにとっては理想郷に近いレベルの環境だったが──まあ、光があれば闇もあるか。


「諦められないのだとしても……実際に諦めない以上、アナタのお父さんは強いですわね」


 ユイさんとリンディが、静かに頷く。

 カルファスは釈然としない様子だったが……大丈夫。

 いつかきっと、分かるときが来る。

 そう信じている。



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