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INTERMISSION16 悪魔たちのララバイ

 魔法学園の、火属性担当講師に割り当てられた研究室。

 そこでアモンは、マリアンヌの身体にルシファーの意識を降ろせたことを確認し、数度頷いていた。


「お前の因子が刻まれている以上、睡眠薬は通じないだろうと思ってな。召喚陣の一部を紅茶に付与し、ピースラウンド嬢そのものを召喚陣に組み込んで部屋を構築した。即席にしては、我ながら見事な出来だな。本体の意識を顕現させることすら可能とは」


 アモンは部屋を見渡し、満足げに笑みを浮かべた。

 すげ替えられた配置や新たに置かれたマジックアイテムは、全てルシファーを召喚する召喚陣としてのはたらきを持っていた。


「それで、情報交換といこうか。何故ピースラウンド嬢の身体に……」


 正面に向き直り、アモンは話を始めようとして、そこで絶句した。

 マリアンヌが真顔で、自分の大きなおっぱいを揉みしだいていたのだ。


「おっぱいがある」

「やめないか! お前の身体じゃないんだぞ!」


 ティーカップをテーブルに叩きつけ、アモンは絶叫した。

 だがマリアンヌは……正確には、彼女の身体に降臨したルシファーはソファーから立ち上がり、ぐるぐると部屋を歩く。

 それから、がに股に足を開いて身体をくの字に折り、スカート越しに自らの下腹部を凝視する。


「アレが、ない……!」

「やめろやめろやめろ!」


 アモンはデカイ声で自らの君主を怒鳴り、席に座らせた。


「ピースラウンド嬢は思春期の乙女だ。そういった行為は慎め」

「とはいってもすごいぞ女の身体は。柔らかさが違うな」

「……嫌われるぞ」

「やめておく」


 一発で行動を制限することに成功し、ただこんなんで大悪魔が言うことを聞くのか、とアモンは渋い表情になった。

 ルシファーはマリアンヌの身体で周囲を見渡しながら、無表情のまま口を開く。


「驚いたぞアモン。お前が人間に紛れ、あろうことか教鞭を取っていたとは」

「我が輩の方が驚愕は強かったと思うがね。ピースラウンド嬢に貴様の因子を感じ取った時は仰天したものだ」


 アモンはマリアンヌの身体を指さして言った。

 特級選抜試合から帰ってきた彼女を見た瞬間から気づいていた。その驚きは計り知れない。


「おれは部下にはのびのびと活動してもらいたい。だから行動を報告する義務は定めていないが……お前のように、長年人間界に降りたままのやつは他にいるのか?」

「我が輩の他にも、召喚された後現世に留まり活動してる者はいると聞く。召喚主と共に行動している奴までいるそうだ」

「ほう。お前も誰かに召喚されたのか」


 アモンは黙って、服の袖をまくり自分の右腕を見せた。

 そこには夥しい数の呪文が刻まれている。


「これが召喚主の身体だ。我が輩を召喚したのは、特異体質である自分を幽閉し、餓死寸前まで追い込んだ家を滅ぼすため。契約の対価として命を差し出した」

「…………」

「契約は果たされた。我が輩はこの身体を用いて、召喚主の家系を根絶した。表向きは原因不明の出火だがな。そして……確かに命はいただいた。だが身体はこうして、我が輩のものになった」

「なるほど。悪魔らしいことをしたな」


 魂と身体を別に切り分けて考えるのは、悪魔特有の思考だ。

 原則として悪魔は現世では実体を持たないからだ。中には実体を顕現させるほど強力な個体も居るが、基本的には精神体での顕現となる。


「他の悪魔について、アモンは何か知っているのか」

「中級悪魔が一体、王国を制圧寸前まで追い詰めたが、最後にはピースラウンド嬢に敗れた」

「ほう! おれの知らない間に、既に悪魔を撃破していたか。流石はマリアンヌだ」


 自らの部下と言える存在が敗北した知らせ。

 だがルシファーは嬉しそうに笑みを浮かべている。


「いいのか? 中級とはいえ魂まで滅殺された。ピースラウンド嬢はとっくに、我が輩たちへの対抗神聖権能を有しているぞ」

「そうでなくては意味がない。おれは飛べない鳥を籠に閉じ込めるタイプの男ではないということだ」

「突然何を言い出しているんだお前は」

「同棲相手の彼女をDVで心理的に屈服させるような男ではない、むしろ軽蔑しているということだ。マリアンヌのためならゲームハードの抽選だって申し込むぞ」

「何語だ?」


 嬉々として訳の分からない言葉を並べる大悪魔相手に、アモンは眉間を指で揉んだ。

 因子を人間相手に刻むとは、まさか、とは思っていたが。


「……どうやらかなり入れ込んでいるようだな」

「無論だ。マリアンヌこそ、終末の日を乗り越えるともがらに相応しいと考えている。無論、我が子であるお前たちも同様だ」

「正直に言えば、そのような存在は現れないと思っていたよ、ルシファー。お前は永遠に、我々悪魔を統べ続けるものだと……だが良かったな。相手が見つかったのに越したことはない」


 悪魔には相応しくない、祝福の言葉。

 それを告げるアモンに対して、ルシファーはマリアンヌの顔できょとんとし。



「何を言っているんだアモン────入れ込んでいるのはお前だろう」



 ぞわりと、アモンの全身が粟立った。


「お前、相手がおれであることを忘れたか? おれは地獄を統べ、悪魔の頂点に立つ存在。お前の考えなど見ようとせずとも見える。楽しいのだろう? 生徒を導き、教えを授けることに歓びを見出しているのだろう?」

「……何を、馬鹿な」

「おれの因子が刻まれる前から、随分とマリアンヌを気に入っていたな。特段に可愛がっていただろう。教え子が伸びるのを見守るのが至上の幸福だったのだろう────」


 足を組み、ルシファーは冷徹な瞳をアモンに向けた。


「勘違いするな、大いなる侯爵アモンよ。いずれおれたちは全てを滅ぼすぞ」

「……ッ」


 全身がブルブルと震えていた。

 実力差は明白。何せ相手は世界そのものだ。同じ、世界そのものと言える規模の存在でなければ、打ち勝つ方法が根本的にない。

 マリアンヌが立ち上がり、テーブル越しにアモンの顎を指で掴む。

 至近距離で瞳を覗き込まれる。自分の全てを見透かすような、絶対的超越者の瞳。

 そこに映し込まれた自分の表情が、怯えているくせに、なけなしの勇気を振り絞っていて、アモンは笑いそうになった。

 そしてルシファーが、地獄を統べる者が告げる。



「だから──アモン。退職する一ヶ月前には退職届を出せ」

「は?」



 思わずぽかんと口を開けた。

 真面目くさった表情で、ルシファーは淡々と告げる。


「勿論何度か面談を行うし、おれにとってお前は無二の存在だ、引き留めもする。だが最終的な決定権を持つのはお前だ。その決断を尊重する」

「……え? は? 何?」

「もし退職するなら退職金は満額出そう。そして出戻りも可能だ。ポストは用意できる。試しに休職してもいい」

「お前……何を……?」

「これがいわゆる、チート知識だ。おれは今も、上位次元を介して様々な情報を取得し続けている。リーダーに必要なスキルも熟知したぞ。様々にサブスクに登録して色々読みふけっている」

「???????」


 呆然とするアモンの眼前で。

 マリアンヌの身体で、ルシファーはテーブルを踏み台にし、左手で天井を指さした。



「彼女にあやかるならば──おれはバッファを重要視しつつベネフィットにつなげ、フレキシブルなスキームによってコンセンサスを得る者! おれの名はルシファー!! 如何なるビックイシューであろうとも、ソリューションはこの頭の中にあるッ!!」

「なんて??」



 アモンは自分の上司の意識がアホみたいに高くなっているのを見て、失神しそうになった。


「……あー……つまり……そうだな。我が輩は実際、立場を決めかねている」

「プライオリティは大事だからな」

「ならば見守らせてもらうとしよう。ルシファー、お前とピースラウンド嬢のどちらが、終末の日に勝つのかを。それまでは一時的に、侯爵の座を返上する」

「アグリーだ」

「そのめちゃくちゃ腹の立つ口調はなんとかならないか? 手が出そうになる」


 嘆息して、アモンは召喚陣を見渡した。


「そろそろ効力も切れるな。身体を返上してやれ」

「分かった……ん? むっ、これは……」


 ルシファーが突然冷や汗を浮かべ、うなり始めた。

 嫌な予感にアモンが頬を引きつらせる。


「すまないアモン。失敗した」

「……おい、お前、まさか」

「マリアンヌの魂が休眠活動に入っていない。今も『早く出しやがれですわこの変態TS大悪魔太郎! わたくしの胸をよくも……よくもッ! 誰にも揉ませたことなかったのに! わたくしだけのおっぱいだったのに! このセクシャルシファー・ハラスメント! 取り巻きの幹部面ごとぶん殴ってやりますわ!!』と騒いでいる」

「……………………」

「ハラスメントをしてしまうとは……おれは……経営者失格だ……」

「そこか!? そこなのか問題点は!? 我が輩の正体がバレにバレたことじゃないのか!?」


 そこはかとなく失意に満ちた表情で、ルシファーがガクンと突っ伏した。

 こいつマジでケア放り投げて帰りやがった、とアモンは愕然とした。

 数秒の沈黙を挟み、ゆっくりと彼女が身体を起こす。


「……やあ、ピースラウンド嬢」

「………………」


 深紅眼に滅茶苦茶ブチギレ散らかした怒りの炎を宿して。

 マリアンヌが、アモンを見つめて微笑んだ。

 つられてアモンも笑みを──浮かべようとして、頬が引きつっていたので失敗した。


「……怒ってるか?」

「怒っていませんわ」

「そうか、それは良かった。ははは……」

「ふふふ……空の果てより(vengeance)来たれ極光(is mine)

「怒ってる怒ってる怒ってる!」

「ああああああああああああああもう悪魔だったことはどうでもいいのです! アナタを撃破したところで特に意味ないですしぃ! そうではなく、わたくしの身体を! 身体を! おおおおおおおおん!!」

「おっ、落ち着け。ここで流星はやめろ。やめ……やめ、やめろォッ!! 本気で十三節展開しようとするな! ちょっ、せめて論文原稿だけは避難させてくれ! あああああああああああ!!」


 その日、校舎の一角から突如閃光が溢れ、火属性魔法研究室を粉砕した。

 アモン講師は取り調べに対し、渋面を作って──原因不明の出火だ、とだけ答えた。



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