INTERMISSION15 金色の瞳
「マリアンヌ、少し魔法を見てくれるかい?」
授業を終えた放課後。
席から立ち上がり教室を後にしようとしたところ、ロイに声をかけられた。
「構いませんが……わたくし、この後先生の研究室にお邪魔する用事がありますわ。あまり時間は取れませんわよ」
「ああ、大丈夫。今すぐ終わるぐらいだ」
「ではどうぞ」
ロイが瞳を閉じる。
「
「やたらと殺意の高い詠唱ですわね……」
三節詠唱か。短縮している感じはない。
槍から始まった以上は五節雷撃魔法『天閃縛槍』の派生だと思うんだが……何だ? 他の改変がいまいち判断しにくい。これ雷撃以外の属性から詠唱引っ張ってきてないか?
戦闘中なら即座に距離を置くところだが、見て欲しいとのことだったので流星ガードを張って備えておく。
「
「……ッ!?」
ロイの足下でバチバチと紫電が散り、一直線に床を伝ってわたくしのローファーに殺到した。
そのまま身体全体へ電撃が駆け上がってくる。
咄嗟に腕を振るって弾こうとし、愕然とした。腕が動かない。
「こういう感じで……えーと……電撃を、流し込んで麻痺させるイメージか」
違う。動かないんじゃない。動こうとはしているのだが追いつかない。
脳から伝達される神経の速度が馬鹿みたいに制限されている。言うなれば、めちゃくちゃラグってる!
なんだこのクソ回線!? グラブルだったらマルチ終わってるぞ!?
「というわけで──これが僕の新魔法、
名前を告げながら、ロイが微妙な表情でわたくしの元へ歩み寄ってきた。
トンと肩に手が置かれると同時、速度制限が解除される。
異世界に来てんのにWiMAXの気分になるとは思わなかったぜ。
「相手の身体内部に雷撃を流し込み、攻撃ではなく行動を制限するっていう技なんだけど……どうかな」
「……まず言わせてもらうと、これはどういうシチュエーションを想定して構築したのです? 直接内部に雷撃を流し込むのなら、それを攻撃にすれば早いと思うのですが」
「ん? マリアンヌなら分かってくれると思ったんだけど」
「ああいえ、分かっていますわよ。これは対格上用の代物でしょう」
コンセプトは伝わってくる。
要は力押しの勝負が通じない相手に、まずデバフをかけるべきだと思い至ったのだろう。
「そうだね。ただ……問題は通じるかどうかっていうか。大前提の質問として、君ならどうする?」
問いを受けて腕を組んだ。
んー……隣で様子を見守っていたユイさんに投げてみるか。
「アナタならどうします?」
「えっ? あ、わ、私です? 私なら……詠唱させないとか、詠唱中に退くとか……ですかね。」
「でしょうね。エフェクトがやはり雷撃魔法のそれなので、回避を選ぶのが賢明だと思います」
分かっていた欠点らしく、ロイは難しい表情で唸る。
とはいってもな。
「まあ、はっきりいって、これを近接戦闘の最中に差し込まれたら回避は難しいでしょうね」
「そうか……問題点として認識してはいたけど、やっぱり剣戟の最中に打てるようにするべきか」
「短所を克服するよりも、この魔法の長所を伸ばしていく方がいいでしょう」
わたくしはピンと指を立てた。
「何か勘違いしているかもしれませんが。この魔法、恐らくアナタが考えているよりもずっと有効ですわよ」
「……ッ? それはどういう意味だい?」
「根本的に……雷撃をぶつけて麻痺させるイメージがよろしくありませんわね。人間の身体はどれも、脳から伝わる電気信号によって動いています。この魔法はその動きを阻害するもの。なかなか見所のある魔法ですわね」
実際、ちょっとこれをマトモに食らった後だと、どうしたらいいのか分からん。
ツッパリフォームを先に展開しておいて出力で弾くぐらいしかパッと出てこない。
いやちょっとマジで三節にしては強技過ぎん? 雷撃属性最低だな……
「そうか。ありがとう」
「あっ、ロイ君ロイ君! 私ならこの後空いてるから、練習に付き合えますよ!」
「本当かい? ならよろしく頼むよ」
原作主人公と原作メイン攻略キャラがわいわいと笑顔で話し始めた。
ふーん。イイ感じじゃん。
では、後は若いお二人でごゆっくりどうぞ。
……にしてもさっきのどうすっかなあ。回避、回避か。電撃なんだしデコイに誘導して本体に一撃入れに行くのが有効か? いや、流星バフで神経伝達速度を跳ね上げさせれば真っ向から対抗できるか……?
「私も色々練習したくって……あの時みたいなの、もう嫌だから」
「……ああ。その通りだ」
対抗策を考えながら、背中を向けて立ち去っているわたくしは。
その、地獄の業火をドロドロに煮込んだようなおぞましい声色には、結局気づかなかった。
「失礼します」
「ピースラウンド嬢か。時間通りだな」
火属性魔法の研究室に入ると、奥のソファーに腰掛けていた先生が立ち上がって迎えてくれた。
以前ユートがイキって炎龍を出した、実践講義の担当教師だ。
黒いシャツの上に黒いローブを着込んだ陰気な先生だ。常に目の下にクマがあり不健康そうなイメージを抱く。
ただ、こと火属性魔法に関しては、王国指折りの使い手である。ていうかこの人以上の使い手とか知らんし、想像もできない。
「あら? 先生、お部屋の模様替えをしましたの?」
「うむ。今までは効率良く仕事ができることばかり考えていたが、それではいかんと知り合いに注意されてな。少し遊び心を出してみた。どうだね?」
部屋を見渡せば、以前はなかったはずの観葉植物や、幾何学的に組み合わされた木片──何らかの魔導具だろうか──があちこちに配置されている。
「いいと思いますわ。あいにく、インテリアには明るくありませんが……とても風情が出ていると……ッ!?」
適当なコメントを言いながら部屋に歩み寄る。
途端、ビリビリと首筋が痺れた。
思わず周囲を見渡す。配置が変わっているだけで、いつも通りの研究室だ。
「どうした?」
「あ、いえ、何も……」
促され、彼の対面のソファーに腰掛ける。
ティーポットから紅茶を注ぎながら、彼は背後の黒板に視線を向けた。
「先ほどまで十二節詠唱の戦略魔法を短縮する研究をしていたが。どうも頭打ちが見えてきてな」
「十二節ですか……本質を損なわないように気を遣っていますわね。ですがその、姿形まで変えてしまうのはどうなのでしょうか」
ざっと板書内容を見てから指摘すると、先生は口元をつり上げる。
「言わんとすることは分かっているし、我が輩も気にはなっている。戦略魔法は文字通りに戦場を一変させる代物。それは威力の及ばない範囲すら震え上がらせる効果を持つ。敵を脅かす外見は重要だ」
机の上に置かれた紅茶を、一礼してからいただく。
うまい。流石だな。一流の人間は茶を淹れるのが得意な傾向がある。
先生も紅茶をすすり、口内を湿らせてから話し始めた。
「だが今回の研究は、実は今までにないコンセプトを採用しているのだよ」
「……と、いいますと」
「威力や効果をそぎ落としてでも、この魔法の本質に迫るのだ」
「……」
なるほど、と頷ける内容だった。
ただ……紅茶を一口いただいてから、疲れからかクソデカイ眠気に衝突してしまっている。
ちょっと瞼が重い。
「戦略級魔法はピースラウンド家とて深く掘り下げてはいないだろう。そしてまた、兆しこそあれど積極的武力衝突のない現在、専門研究も余り進んでいない。進めることは忌避されている」
「そう……です、わね……」
嘘だろ、このお茶会滅茶苦茶楽しみだったのにマジで眠い。
え、こんな眠いことある? びっくりするぐらい眠いんだけど。
どうしよう、こんなんで先生……アモン先生の講義を逃したくねえのに……!
「だがな、ピースラウンド嬢。セーヴァリスの組んだ禁呪よりも、こちらの戦略級魔法の方が、より人類の本質に近しいと我が輩は睨んでいるのだ。我々が普段アクセスしている『根源』を探るための近道といっていい」
死ぬほど興味のある話なのにうまくリアクションが出てこない。
こくりこくりと船をこぐのを止められない。
やがて視界が段々狭まっていき、意識が、深い闇に落ちていき────
「そもそも魔法とは、既存の現象を再現する一つの方法に過ぎない。だが既存の現象が何故そこにあるのか、何故発生するのかは、『根源』ありきとしか言われていない。そこが実に歯がゆいのだよ。ならば世界の成り立ちに迫ることこそが、魔法研究の最大の目標となるのは自然だ。我が輩はそう考えている」
「……くみゅう」
気づけばマリアンヌは椅子に座ったまま寝ていた。
かくん、かくんと首を縦に揺らし、そして顔を伏せる。
教師──アモンは黙って紅茶をすすり、彼女のつむじを眺めていた。
「──で、今回の依代はどうだ? ルシファー」
「……上々だ」
ゆっくりとマリアンヌが顔を上げた。
ルビーを煮詰めたような深紅眼は、その鮮やかな赤色を──金色に変えていた。
お読みくださりありがとうございます。
よろしければブックマーク等お願いします。
また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。