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INTERMISSION14 祭りの後

 第三王子主催のパーティーの帰り道。

 母であるジェシーを馬車に乗せて見送った後、アキトは一人で夜道を歩いていた。

 風が心地よかった。今まで見えなかったものが、見える気がした。


(……そうは言っても。形見のリングを返してもらわなきゃいけねえんじゃねえか)


 腕を組んで唸りながら道を歩いていた、その時。

 ぽすん、と道路に布の落ちる音がした。

 アキトは眼前に落下してきた布片を拾い上げると、そっと解いた。そこには金色のリングが優しく包まれていた。


「これは……!?」


 母の形見だった。見間違えようもない。

 アキトは慌てて顔を上げる。


「あら、落としてしまいましたわ」


 そこに、月を背負って彼女は佇んでいた。

 2階建ての宿屋屋上に、怪しげな仮面をつけて、女怪盗が風に黒髪をなびかせていた。

 そう──ピースラウンド仮面こと、わたくしである。


「わたくしとしたことがなんておっちょこちょいなんでしょうか。見つかってしまいましたし、通報されると面倒ですので、今宵はここで退散させてもらいますわ」

「ま、待ってくれピースラウンド……仮面!」


 背を向けて颯爽と退散しようとしたとき。

 あろうことかアキトがわたくしを呼び止めた。


「……あんたには感謝しなきゃいけねえんじゃねえかと思ってる」

「あら。わたくしはアナタの大切なものを奪った盗人ですわよ」

「そうかもな。だが……俺がそうするべきなんじゃねえか、と思ったんだよ。社交界でぶっ放すとは思わなかったがな」


 ぐえーバレてる!

 頬が引きつっているのが自分でも分かる。えっやばい、なんで?


「なんとなく……考えてたんだよ。なんで形見を奪ったのか」

「戦利品ですが」

「母の証明は、モノに宿るわけじゃないって。心こそが本質なんだって、教えてくれようとしたんじゃねえか?」

「いえ、戦利品ですが」

「……ふっ、じゃあ、そういうことにしとくか」

「いや本当にそういうことなんですわよ!? 何その『俺は分かってるぜ?』みたいな表情!」


 ドッと脂汗が噴き出た。

 なんかいい人みたいにされようとしている。冗談じゃねえ、こちとら生半可な覚悟で悪役令嬢張ってねえんだよ!

 そりゃまあ、リングない状態でジェシーの奮起を見せれば、心境の変化を期待できるんじゃないかとは思ってたけどさあ……!


「ああ、心配すんな。誰にも言わねーよ。だけど、工房に来るときは声をかけてくれ。お前相手なら惜しみなく最高の装備を用意するぜ。とはいっても必要ないんじゃねえかと思うけどさ」


 そこまで言ってから、しかしアキトはパチンと指を鳴らす。


「ああそうだ! 丁度あるじゃねえか!」

「?」

「そのクソダサい仮面の替えを作った方が良いんじゃねえか?」

「アナタ本当に殺しますわよ!」


 バチギレて流星(メテオ)を展開する。

 アキトは怖い怖いと肩をすくめると、リングを懐に入れて、こちらに背を向けた。


「は~……」


 三男坊の背を見送りながら、風に黒髪をなびかせて息を吐く。

 なんとかまあ、思い浮かべていたゴールにはたどり着けたかな。


「……これで奉仕活動は終わりですわ」

「そうですか」


 振り向いて声をかける。

 ローブの男が後ろにいるのは分かっていた。


「ですがピースラウンドさん。第三王子殿下からの伝令は……」

「成功か失敗かは判断を委ねます、第三王子殿下」


 そう呼ぶと、ローブの男は動きを止めた。

 ゆっくりとフードを外せば、月光にメガネを光らせ、グレン王子の顔が露わになる。


「……いつから気づいていたのですか」

「最初から。と言えれば良いのですが……今フードを取ってもらった時ですわ」

「はい?」

「いえ、なんとなくアナタ、肝心な箇所は自分の目で確認しないと気が済まなさそうだなと思いまして。適当に言ってみただけです」

「私、カマかけられて引っかかったんですか……!?」


 愕然とした様子でグレン王子が肩を震わせる。


「伝令はこうでしたわよね。『工房の稼働率を下げ、王国の威信に傷をつけかねないのなら、アキト・レーベルバイトの存在価値はマイナスです。始末してください』──前提条件を排除しました。アキト・レーベルバイトの存在価値はまだマイナスでしょうか?」



〇日本代表 ああ、なるほどね

〇第三の性別 マイナス評価のアキトは確かに片付けたもんな、とんちかよ



「──文句なしです。社会奉仕活動として満点を差し上げますよ」

「……感謝致しますわ」

「おやおや。随分と疑わしげですね。最高評価だというのに、私は悲しいです」


 よよよ、とグレン王子が泣き真似をする。

 こいつもしかしてドSじゃなくて面白キャラなのか……?


「率直に申し上げると……意外ですわ。不正は嫌いだったのでは?」

「私の忌む不正とは、悪人が善人の皮をかぶることですよ」


 日常的な会話の一部だった。

 しかし彼の声には──隠しようのない、煮えたぎるような憎悪が渦巻いていた。


「そんな顔をしていては、アナタも同じ穴の狢ですわよ」

「どうでしょう。ただ、この世界から不正を根絶できるのなら、私はそうなっても構わないと思っています」

「はぁ……まったく、なるほど。血筋ですわね、お馬鹿さん……あっ」


 ヤベーッ口が滑った! モノホンの王子相手に馬鹿とか言っちゃった!

 なんとかリカバリーを……いや……もうめんどくせえな。メガネなら大体何しても許してくれるっしょ。

 ちょっとムッとしているグレン王子に対して、咳払いをしてから声をかける。


「化粧ってご存じですか?」

「馬鹿にされてますかねこれ。式典の際などは私も化粧をしますよ」

「成程。では、化粧をする意味とは?」


 王子殿下は顎に親指を当てて、数秒考え込んだ。


「それは……様々な意味があります。美しく飾るため、最低限の礼節のため、自己表現のため……」

「ええ。ですがそれだけでなく……険しい色を取り除き、自らが修羅道に墜ちないよう歯止めをかけるものでもありますわ」


 わたくしは王子のすぐ傍まで歩み寄ると、その頬をむにゅとつまんだ。


「……!?」

「少しは気楽になりなさいな。わたくしの見立てでは、アナタはもっとのびのびと動けるはず。意図的に自分を律するのは重要ですが、肝心なのは力の抜き方ですわ。それは戦闘も変わりません」

「……いや、全ての話を戦闘に持っていくのはどうかと思いますね」

「うっさいですわね! 人が珍しく真剣にアドバイスしているのに!」


 地団駄を踏みながらキーッと怒りを表現する。

 わたくしの様子を眺め、グレン王子はふっと頬を綻ばせ、それから耐えられないと言わんばかりに笑い始めた。


「ふふっ……なるほど。力の抜き方、ですか……」

「ええ。わたくしのように立派な人間になれるといいですわね!」

「ぐにゃぐにゃにはなりたくないです」


 だーれが無脊椎動物じゃい!



〇無敵 まったくだな、お前レベルで脊髄でもの言ってる生き物なかなかいないし。



 テメェ本当に強めにどつくぞ!








 王城、食事の間。

 朝早くに親子揃って朝食を食べるのが、アーサーが決めた唯一の決まりだった。

 第一~第三王子とアーサーが机に並んで座って朝食を食べている。


「それで、どうだったかのう」


 アーサーがグレンに声をかけた。

 マリアンヌ・ピースラウンドの審問結果が昨晩出た、というのだけは報告されていた。


「100点満点中の、120点といったところですね」

「ほう。珍しいな。グレンがそこまで高評価を出したか」


 面白そうに第二王子が声を上げる。

 第一王子は興味なさげに食事を進めていた。


「手はずにやや乱暴な面はありましたが、効率を突き詰めるための工夫としてはきちんと作動していました。また、関係者の誰にも要らぬ被害を与えなかったのは大きいですね」

「先日の選抜試合の際にはなんと乱暴な女かと思ったが……そういうスマートな面もあったのだな」

「いえ、乱暴な女だとは思います」

「そうか……」


 どっちだよと第二王子は困惑した。

 そこはかとなく嬉々として語っているグレンに対し、アーサーは眉根を寄せる。


「ふむ。貴族間の問題にまで発展させず、レーベルバイト家の問題を収拾したのは見事じゃろう。ならば100点というのは頷けるが……追加分の20点は如何に?」

「ああ、あとの20点は私の贔屓ですね」

「は?」


 生真面目なグレンのものとは思えない言葉に、アーサーと第二王子は口を開けたままポカンとした。


「面白い人ですよ、ピースラウンドさんは。実に面白い」


 テキパキと食事を終えて、最後に口元をナプキンで拭ってからグレンは立ち上がる。


「そういうわけで、父上。いくつか縁談の話を進めてもらっていましたが、全て白紙にさせてください。今は正直、ピースラウンドさんしか眼中にないので」

「えっ? え? 何? え? ……はああああ!?」


 アーサーは机をぶっ叩いて立ち上がった。


「すみません、父上……私は自分の人生を進みます」

「待てい! いや本当に待ていっ! まさか息子がそのセリフを言ったのに全力で反対することがあるとは思わんかったぞ!」


 穏やかな表情すら浮かべる三男に、たまらずアーサーは絶叫する。

 同時、第二王子もまた顔色を変えていた。


「ま、待ってくれグレン! 流石に兄として見過ごせない! お前、あんな蛮族という概念を煮詰めた女のどこがいいんだ!?」

「どこって、そういうところですよ」

「蛮族という概念を煮詰めた女フェチ!?」


 朝食の間はめちゃくちゃになった。

 控えていたメイドたちも顔をバキバキに引きつらせている。


「では、仕事がありますので」

「あっちょっ……」


 颯爽とその場を後にするグレンの背を見て。

 アーサーは力なくうなだれた。


「……わし、ちゃんと女を見る目も教育するべきだったかのう」

「グレンのやつだけですよ……兄上はどう思います?」


 第二王子が顔を向けると。

 第一王子は朝食を食べる姿勢のまま、鼻ちょうちんを膨らませていた。


 もうこの国は終わりなんじゃないか、とメイドたちは不安になるのだった。





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