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INTERMISSION13 苛烈であるが故に(後編)

 さーて、切れるカードは全部切った。

 わたくしの目の前で、ジェシーは顔を伏せて肩を震わせている。

 これで奮起しなけりゃ残念だがここまで。アキトには階段を一人で上れない身体になってもらうしかない。

 賽は投げた。出目はどうだ?


「……上等じゃない」


 ジェシーが顔を上げ、正面から視線が重なる。心臓がドクンと跳ねた。ちょっと後ずさりそうになった。

 ああそうだ。その顔だよジェシー。わたくしをかつて打ち負かした女の顔だ。

 しょぼくれてるお前を倒しても意味がない。


「ええ。ええ、ええ、ええ! そうでなくては! そうこなくては意味がありませんわ、ジェシー・レーベルバイトッ! さあグレン王子早くレールを!!」

「もうできてますよ」

「流石! メガネのくせに仕事できますわね!」


 グレン王子はにっこりと微笑んだ。


「テンション上がってるみたいですけど、今の君の言葉遣いは完全にアウトですね。ギロチンいきますか?」

「……知性を感じさせる上品なお顔に違わぬ、素晴らしい仕事ぶりですわ」


 よろしい、と王子が頷く。

 メガネが……!! なんか完全に主導権握られてるじゃねえか、気に入らねえ……ッ!


「いくわよ、ピースラウンド」

「かかってきなさい、ジェシーさん」


 互いに背を向ける。

 王子のスリーカウントが刻まれると同時。


焔矢(blaze)

堕ちろ(fall)


 激突の火花が散る。

 魔法陣に刻まれた衝突痕は、互いを結ぶレールのちょうど真ん中。完全なる互角。

 ……ッ。え、嘘? さっきと別人過ぎない?

 手を抜いたつもりはなかった。普通に初撃で勝負を決めようとした。


「そうよ、ピースラウンド、貴女の言うとおり。私は確かに落ちぶれたわ。だけど! 不平や不満はあっても! 誤りではなかったと確信しているわ! ああもう本当にさっきまでの自分が恥ずかしいわね!」

「あ、いやその……そこまで劇的に覚醒しなくてもいいというか……えーとですね……」

「過去の私に、胸を張れる自分でありたいわよ。だけどそんなことよりも、何よりも! よりにもよって早撃ちで、息子が見ているのに負けられるわけないじゃない!」


 背後でアキトが息を呑む音。

 うん。良かった。考えられる限りでもベストなセリフを吐いてくれた。

 でもそれはそれ、これはこれ──負けたくはないんだけどなあ! 完全に覚醒しちゃってるんだよなあこれ!



〇太郎 自業自得過ぎる……

〇トンボハンター 今日は敗北令嬢が見られるんですか!? ヤッター!



 グレン王子が次のレールを設置する。

 わたくしの直感が囁いていた。

 先ほど通りならば、負けると。

 ここで勝つためには、わたくしもまた殻を一つ破らなくてはならないと。


「それでは準備してください」


 背を向け合う。見なくても分かる。今のジェシーは限りなく全盛期に近い……否。今こそが全盛期だ。

 後ろを見るとアキトが信じられないものを見る目で、義理の母の背中を見ていた。ここはOKっぽい。だが、ロイとルーガーさんがあ~あみたいな顔をしている。


「マリアンヌ。分かってんだろ? お前勝てねーぜ」


 からかうようなセリフを投げてくる師匠。

 クソが。一番わたくしが分かってんだよ。


「……マリアンヌ。良いお灸になるかもね」


 ロイもまた、場の流れというものを鋭敏に感知しているようだった。

 今、女神が微笑んでいるのはジェシー・レーベルバイトだと、誰もが分かっているのだ。



「1」



 時間が遅く感じる。

 極限まで集中を深める。



「2」



 息を深く吸った。

 嫌だ。感動シーンだろうと負けたくない。どう考えてもジェシーが勝って、息子の前で誇りを取り戻して一件落着の流れになっている。

 だが嫌だ。嫌だ! どんな相手でも! 絶対にわたくしは、負けたくない!



「3」



 振り向く。

 カッと光が視界を灼く。遅すぎる。速度が違いすぎる。

 既にジェシーの右手から魔法が吐き出されつつあった。立ち上がりの差は決定的だ。

 クソが。

 スローモーションの世界の中。



 明確に、扉が見えた──扉?



(……ッ! これは……!?)


 わたくしとジェシーの間に立ち塞がる、鎖で雁字搦めに縛られた扉。

 巨大な扉だった。青銅色のそれはわたくしの背丈を三倍しても足りないだろう。

 唖然としている間に、声が響く。

 加速した意識がその存在を感じ取る。



『────おれの力が必要じゃないか? マリアンヌ……』



 すぐ傍に、いる。

 背中から静かに囁く存在。



『おれは鏡だ。力が欲しいという無意識下の叫びを、代弁している鏡だ……マリアンヌ。絶対に負けない力が欲しいんだろう?』



 ……ざけんな。

 ……邪魔を、するなよ。



『どうした。怯えているのか? 恐れずともいい。お前は闇の力に最も近き人間だぞ』



 背後から伸びた白い手が、わたくしの唇をつうと撫でてから、頬に添えられた。

 知っている。わたくしはこの声を知っている。




『マリアンヌ。闇の力は素晴らしい……お前も気に入るはずだ──』






(──たかが大悪魔如きが! 弁えなさい、ルシファー!)






 振り向くことなく。

 通じるだろうという確信を持って、わたくしは胸の内で叫んだ。


(これはわたくしの戦い! 勝手に手出ししようものなら粉砕しますわよ!)

『……嗚呼。それでこそだ、マリアンヌ。やはりお前は……お前こそが──』


 声が一気に遠くなる。

 全身を循環する魔力、その全てを右手に集約。

 停滞していた時が加速する。


焔矢(blaze)──!」

堕ちろ(fall)ッッ!」


 渾身の流星(メテオ)が、目の前の扉を鎖ごと粉砕した。

 そして────








 わたくしもジェシーも、魔法を放った残心の体勢のまま。

 痛いほどの静寂。

 誰も、一言も発することのできない静寂。


「…………」


 グレン王子がレールに歩み寄り、結果を確認する。

 敷かれたレールの、微かに半分からズレた地点が砕けている。

 中心点からほんの僅かに、少しだけ──ジェシー側に寄ったポイントだった。


「マリアンヌ・ピースラウンドの勝利です」


 グレン王子が告げると同時。

 迎賓館が歓声に震えた。健闘をたたえる声があふれかえった。

 喧噪の中、わたくしはジェシーに歩み寄り、手を差し出す。


「GG」

「えっ何語?」

「やべっ間違えましたわ。良い決闘でしたわ」


 誤魔化しながら握手を交わす。

 負けた、というのに、ジェシーの表情には晴れやかさすらあった。


「取り戻せましたか?」

「……フン」

「まあそれはそれ、これはこれ。わたくしの勝ちですわね」

「悔しいけどそうね。文句なしよ……だが」

「次はない、ですわね。言われずとも分かっています。そして」

「次も勝つ、でしょう?」


 不敵な笑みを浮かべて、互いに頷き合う。

 まるでつきものが落ちたような変貌ぶりだな、と思った。

 さてもう片方はどんなもんかと振り返ろうとしたとき、わたくしの横に、男が並んだ。

 アキトだ。


「あ……その」

「……アキト。私は──」

「…………カッコ、よかった、んじゃねえか。その……」


 ……あ~やだやだ。思春期かよ。二十歳超えてそんなまごつくことあんのか。

 わたくしは肩をすくめ、親子の時間を邪魔しないよう、その場を後にするのだった。








「勝つんだ……」


 ロイ・ミリオンアークはドン引きしていた。

 人一倍勝負にこだわる気質は知っているが、このタイミングでも勝つんだ。


「いやあ、痛快だねえ。なんか壁を一つ越えたって感じがしてるじゃねえか。あいつこれからもドンドン伸びるぜ」


 近くのテーブルからグラスを一つ取り、未成年用のジュースを呷るマリアンヌを見ながら。

 ルーガーは隣のロイに向かってからかうような声色を投げる。


「婚約者さんも大変だな。あれは確かに美しい女だがよ。そうはいっても、とにかく苛烈なんだよなあ」

「ああ……逆ですよ。彼女は、苛烈であるが故に美しいんです」


 ロイの即答に、ルーガーは苦笑を浮かべた。


「親の決めた婚約者って聞いてたが……随分と入れ込んでるみてーだな」

「もちろんです」


 若さっていいねえ、とルーガーはボトルを傾けた。

 だけどボトルはもう空っぽで、彼は苦笑した──そういや何もなかったな、と。



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